今から始まる仲良し幼馴染

月之影心

今から始まる仲良し幼馴染

『ごめんね……』


『あ……うん……あはは……こ、こっちこそいきなり……ごめん……』


『ううん……本当に嬉しいんだけど……龍成りゅうせい君とは……今までと変わらない関係の方がいいと思……って……』


『う、うんうん……その方がいい……かな……』


『私とは……今まで通り仲良くして欲しい……な……』


『勿論だよ……僕が愛依めいと仲良くしないわけ……ない……だろ……』


『良かった……じゃあ私……帰るね……』


『あ……あぁ……気を……付けて……』




 高校1年の冬。

 僕は幼馴染の愛依に告白をして、そして、振られた。




**********




 高校2年の夏。

 暑い。

 そりゃそうだ。

 外は優に35℃を超える猛暑日というやつで、こんな日はエアコンの効いた部屋でのんびり過ごすに限る。


「で……折角の夏休みに毎日毎日部屋で涼んでるだけ?」


 ベッドに寝転んで漫画を読んでいた僕に話し掛けて来るのは、愛依と同じく幼馴染の花奈はな

 赤いタンクトップにデニム地のミニスカートで床にぺたっと座ってアイスクリームを美味そうに食べていた。

 愛依が物心付いた頃から一緒に過ごして来た幼馴染なら、花奈は小学校に入る前くらいに近所に越して来て以来一緒の時間が長い幼馴染だ。

 勿論、愛依と花奈も幼馴染として仲良くやっていた。


「いいだろ別に。てか何で花奈が僕の部屋に居てアイス食ってんだよ?」

「来ちゃいけないの?」

「誰もそんな事言ってないだろ。」


 花奈は僕の言葉なんか聞こうともせず、棒に残ったアイスを横にして一口でかぶりついた。


「来年は受験勉強で遊べなくなるんだから、今年が最後の夏休みだよ?何処か遊びに行こうとか思わない?」

「思わないね。何処行ったって暑いし。」


 花奈は食べ終わったアイスの棒を口に咥えたまま、つまらなさそうに溜息を吐いていた。


「花奈こそ折角の夏休みなのに何処か行かないのかよ?」


 花奈の方へ顔を向ける。

 花奈は両腕を上に挙げて座ったまま伸びをしていた。

 と、赤いタンクトップの脇から色はほぼ同じだが明らかにタンクトップとは違う生地が見えた。

 意図して見ていたわけでは無しに何となくその部分を凝視してしまっていたが、ふと花奈を見ると何とも言えない笑顔で僕を見ていた。


「見たでしょ?」

「何を?」

「赤いやつ。」

「赤いやつ?タンクトップ?」

「その中。」

「タンクトップの中?」


 首を傾げると同時に、突然花奈がタンクトップの前をたくし上げ、真っ赤なブラに包まれた豊かな膨らみを僕の目の前に露わにした。


「ちょっ!?何やってんだよ!?」

「えへへ。どう?高校生になってカップ1つ大きくなったんだよ?」

「え?大きく……じゃなくていいから仕舞えって!」

「あらぁ?龍成、派手なブラは苦手?」

「ばっ馬鹿ヤロウ!そういうんじゃなくて……とにかく仕舞えよ!」


 花奈はニコニコしながらタンクトップの裾を元に戻した。

 ただでさえ暑いのに体温が上がって余計に暑くなった気がする。


「何考えてんだよ?」

「龍成、何か元気無いし……ちょっと刺激が足りないのかなぁ……とか思って。」

「そんな刺激要らないよ。」




 花奈は僕が愛依に告白して振られた事を知っている。

 振られたその日の晩、いつものノリで部屋に来た花奈が僕の落ち込みを見て何となく察したらしく、最終的には愛依本人に確かめたと言っていた。


『苦しい時に手を差し伸べるのが親友でしょ?』


 当時、花奈はそう言って僕の頭を優しく抱いてくれた。

 僕は花奈の胸で声を押し殺して泣いた。

 花奈は僕が落ち着くまでずっとそうしてくれていた。

 その時以来、花奈は僕が一番心許せる相手になっていた。




「あ、そうだ。ねぇねぇ、今年の夏祭りはどうするの?」

「夏祭り?」

「うん!新しい浴衣買う予定なんだ。」

「ふぅん。」

「ふぅん……って、もう少し興味持ってくれてもいいんじゃない?」

「興味?浴衣に興味は無いよ。」

「じゃあ龍成が興味あるのはの方か。」

「何でそうなる。」


 花奈は何だか嬉しそうな顔をしている。

 何が嬉しいんだか。


 夏祭りは毎年僕と愛依と花奈の三人で行っていた。

 屋台を回り、盆踊りを見て、最後に花火を見て、終わったら三人の誰かの家へ行って夜遅くまで話をしていた。

 夏祭りと聞くと、どうしてもその楽しかった一晩が頭に浮かぶのだが、今年はそれも叶わない……と言うか、あれ以来三人で行動する事は一度も無かった。


「で、今年はどうするの?」


 花奈の誘いに僕は目を閉じて溜息を吐く。


「今年は……まだ何も考えてないよ。」


 花奈の気配が近付いた事が目を閉じていても感じられた。

 目を開けると、花奈はベッドの縁まで近付いていて、いつもの笑顔で僕を見ていた。


「じゃあさ。その日は空けといて。」

「え?何でまた……」

「何も考えてないって事は何の用事も無いんでしょ?だったらその日は私が先約を入れておくよ。いい?約束は先約優先だからね。」


 いつになく圧を感じる花奈の勢いに押されて了承したが、一体何があると言うのだろうか。

 いずれにしても、気の乗らない夏祭りに連れて行かれるのは御免被りたいが。




**********




 高校2年の夏祭りの日。

 夏本番は相変わらず、陽は陰りつつもアスファルトすら溶かしそうな勢いで陽が射している。

 幸い僕はエアコンの効いた部屋でのんびりしているので快適だが。

 そこへ階段をパタパタと上がって来る花奈の足音が聞こえてきた。

 子供の頃から毎日のように聞いた足音だ。

 それだけで花奈が来た事くらいは分かる。


『龍成、居る?』


「あぁ居るよ。どうぞ。」


 部屋のドアが開かれると、ドアの向こうには紺色地に向日葵の柄が入った浴衣を着た花奈が立っていた。


「お邪魔します。」

「あ……あぁ……」

「これ、言ってた新しい浴衣だよ。どうかな?」


 花奈は部屋に入るとそう言ってゆっくり一周回った。

 僕はいつもの花奈とは違う色気を感じ、思わず言葉が詰まってしまった。

 肩までのショートヘアは後ろでまとめて団子にしてあり、普段あまり見る事の無い項が妙に色っぽかった。


「龍成?」

「え?あ、あぁ……うん……凄い似合ってる……よ……」

「ホントに?」

「う、うん……正直驚いてる……」

「やった!もう今日は龍成のその言葉だけで満足だわ。」


 本当に嬉しそうな笑顔を見せる花奈は、僕を躱して部屋の奥へと入り、ベッドの縁に腰を下ろすと、そのままベッドに寝転がった。


「おいおい。折角綺麗に着付けてるのに崩れるぞ?」

「いいの。言ったでしょ?今日は龍成の言葉だけで満足したの。」

「え?それで夏祭り行かないのか?」

「何?行くって言ったら一緒に行ってくれるの?」

「あ~……それは……」


 むくっと起き上がる花奈。


「でしょ?でも……」

「でも?」

「夏祭りじゃなくて他の所に行くってのはどうかな?」

「へ?他の所って?」


 花奈はにこっと笑うとベッドから降り、再び僕の傍へと寄って来た。

 僕の顔を少し見上げるようにしている花奈は、浴衣と上げた髪も相まっていつになく可愛らしく思えた。


「公園。」

「え?」

「昔よく遊んだあの公園行こうよ。」


 小さい頃、僕と愛依と花奈は家から少し歩いた所にある割と大きな公園でよく遊んでいた。

 ブランコや滑り台、ジャングルジムに砂場、凡そ子供が思い付く遊びはその公園に来れば大体出来る。

 公園の真ん中には子供が登るのにちょうど良い高さの丘があった。

 子供の頃はその丘を誰が一番最初に登れるかと競争をしたこともある。


「そうだな。久し振りに行こうか。」

「うん!」


 外は少しずつ影が伸び、東の空が薄暗くなりつつある時刻。

 完全に陽が落ちてから出掛ける事にして、僕は階下から虫除けのスプレーを持ってきて、自分と花奈に吹き掛けておいた。

 そう言えば、小さい頃も公園に行く前はこうして虫除けスプレーをみんなに掛けていたなぁと思い出していた。




**********




 高校2年の夏祭りの日の夕方。

 僕は花奈と公園へと向かった。

 花奈は藍色の巾着を片手に、僕は冷えたペットボトルのお茶と花奈がどこかで貰ったと言っていた花火のセットを持って。


「何かこうして龍成と歩くの久し振りな気がするね。」

「ん?あぁそうだな。」


 陽は落ちたとは言え、昼間に地面を焼いた熱は僕たちの足元を燻し、またそこからは息苦しい程の湿気が立ち昇っていた。


「どれくらいぶりだろうね?」

「どれくらいかなぁ……」


 住宅街に花奈の下駄が鳴らすカラコロという音が、暑さの中で少しだけ夏の風情を感じさせてくれていた。


「お祭りの音が聞こえるよ。」


 公園に着いた僕は、既に暑さでどうでもよくなってきていたが、呼吸を整えつつ花奈の向いた方向に体を向けて耳を澄ますと、確かに遠くの方から夏祭りの太鼓や人々の喧騒が微かに聞こえてきていた。


「本当だ。」


 言いつつ、公園の水飲み場付近にあるベンチへ行き座り込み、鞄からペットボトルを出して冷えたお茶を一気に飲み干した。


「はぁっ……生き返る……ほら。」


 もう1本のペットボトルを花奈に渡すと、花奈は一口だけ飲んでキャップを付けた。


「ここは変わらないね。」

「そうだな。遊具は少し変わった気もするけど雰囲気は変わってない。」


 昔よく遊んだ公園をぐるりと見渡しながら、僕は花奈と懐かしい話で盛り上がっていた。

 少しずつ暗さを増していく夏の空に合わせて、公園の照明が点灯し、次第に照明の当たっていない所が暗闇に落ちていった。




「ねぇ……龍成……」


 持って来た花火をしていると、隣に座っていた花奈が口を開いた。


「ん?」


 花奈が持っていた線香花火の火種がぽとっと下へ落ちた。

 花奈の目線は落ちた火種……ではなく、いつの間にか僕の方を見ていた。


「どした?」

「龍成はさ……私とずっと変わらない仲良しの幼馴染で居られる?」

「うん?そりゃあ花奈が僕に愛想を尽かさなければ居られるんじゃない?」

「今までと同じように?」

「……と思うよ。」

「何があっても?」

「……どうしたの急に……?」


 花奈は僕から目線を外し、線香花火の火種の落ちた辺りをじっと見ていた。


「ずっと変わらない『仲良し幼馴染』ってそうそうあるモンじゃないんだよ。」


 花奈が『三人組』というワードを発すると同時に、僕の心臓が大きく跳ねた。

 現に、僕と花奈は以前と変わらず仲良くしているが、僕と愛依はあれ以来まともに顔を合わせて話すらしていない。

 花奈の口からも、あれからは愛依の名前は出て来た事が無かった。

 既に『仲良し幼馴染三人組』は破綻している。


「私は……いつかは変わるんじゃないかって思ってた……」

「そう……なのか……?」


 花奈は小さく溜息を吐いて続けた。


「でも……違ったよねぇ。」


 明らかにそうじゃないと分かる明るい口調で。


「いつかは変わるとは思ってたけど……思ってた変わり方とは違ったなぁ……」

「どういう意味?」


 ぱっと僕の方を見た花奈は笑顔ではあるものの、その目、その口はどこか寂しそうだった。


「私ね……龍成が愛依の事を好きなの……ずっと前から気付いてたよ。」

「そっか……」

「愛依もね……愛依も……龍成の事が好きだって分かってた……」

「そうなんだ……」

「だから大親友同士のカップルが誕生して……私がフェードアウトして……『仲良し幼馴染三人組』は解散……って流れだと思ってたんだ……」


 愛依と恋人として付き合う事になっていれば、いくら仲の良い幼馴染と言っても、花奈は三人の中で居心地の悪さを感じるようになるかもしれない。


「それがさ……まさか愛依が龍成の告白を断るなんて思わなかったから、その後の予想が出来なくなっちゃったよね……」

「まぁ仕方ないよ。愛依は僕にそういう関係を望んでいなかったんだから。」


 愛依は『今までと変わらない関係がいい』と言っていた。

 つまり、いつまでも変わらない仲良し幼馴染三人組である事を望んでいたのだ。

 しかし現実は、僕も愛依もお互いの気持ちを知ってからはギクシャクとした関係になってしまい、『今までと変わらない関係』なんてとてもじゃないが言えない間柄になっていた。


「結局、仲良し幼馴染って言っても一緒に居た時間が長かっただけで、本音で話し合った事なんか無かったんだよ。」

「本音を言った結果がこれだからな……そういう事か。」

「だから訊いたの。龍成は私の本音を聞いても何があってもずっと変わらない仲良しの幼馴染で居られるか?って。」


 僕は袋から新しい線香花火を取り出し、蝋燭に先端を近付けて火を点けた。

 一通り派手に火花を散らした後、チリチリと小さく輝きだす。


「花奈の本音って?」


 花奈も同じように線香花火に火を点け、小さく落ち着いた火種を見ている。


「それ訊く?」

「訊かないと分からないんだって身をもって経験したから。」

「そうだね……」


 僕の持った線香花火が、音も無くその火種を落とした。


「言ってみなよ。花奈の本音なら受け入れられるから。」

「何それ?」


 少し寂しそうだった花奈の表情が和らいでいる。

 花奈の持つ線香花火も既に火種を落としてこよりだけになっていた。


「分からないけど、何かそんな気がする。」

「なんだか軽い気がするけど、まぁいいか。龍成がそういう感じなら。」

「何でも言ってみ。」


 花奈は僕の横顔をじっと見ていた。

 視線を感じた僕は、花奈の方へ顔を向けた。




「私、龍成が好き。」




 唐突と言えば唐突だが、嫌いなら頻繁に部屋まで遊びに来ないだろうし、こうして二人だけで誰も居ない公園に来たりしないだろうしで、『分かってるけど?』みたいな感じだった。


「あ、うん……ありがとう。」

「うん。」

「え?それだけ?」

「そうだよ。何か足りない?」

「いや……足りないわけじゃないんだけど……改めて言う事かなと思って。」




 花奈が不意に顔を近寄せてきて、僕が身構える隙も無く、花奈の柔らかい唇を僕の唇に触れさせてきた。




「えっ!?」

「こういう『好き』だよ?改めても何も、言うのは初めてでしょ?」

「ちょっ……え……?」


 花奈が僕の事を好きだと?

 想定外の事に僕の頭はパニック状態で、こういう時どう反応すれば良いのかさっぱり頭が働かなかった。

 だが、何となくではあるが全てにおいて『今までと変わらない』という事自体が既に変わってしまっている『仲良し幼馴染』には当てはまらないのでは無いかと思いだしていた。


 僕をじっと見る花奈はニコッと笑うと、すっと立ち上がって目線を遠くに移していた。


「私の本音言ったよ?これでもずっと変わらない仲良しの幼馴染で居られる?」


 少しずつ冷静になる頭が花奈の言葉を反芻していた。


 『何があっても変わらない仲良し幼馴染で居られるか』


 嘗ての『仲良し幼馴染三人組』に戻る事はまず無い。

 戻れないなら進むしか無い。


 僕はその場に立ち上がって花奈の方へ体を向けて言った。




「無理だな。」


「そ……っか……」


「今までと変わらないなんてのは無理。」


「うん……」


「でも『今から始まる仲良し幼馴染』なら、居られるんじゃないか?」




 少し潤んだ瞳で僕を見る花奈。

 僕は、これからどんな『仲良し幼馴染』が始まるのかを考えながら、花奈をそっと抱き締めた。


















「花奈ちゃん良かったね。」

「うん……でも……いいの?何だか愛依に嫌な役を押し付けたみたいで……」

「とんでもない。全然嫌な役だなんて思ってないよ。結果的に龍成君には花奈ちゃんが気心許せる人だって思わせられたんだから大成功じゃない。」

「でも……」

「確かに龍成君は好きだけど付き合うってのはちょっと違うかなぁって。」

「うん……確かに龍成は花奈のタイプじゃないもんね。」

「そう!筋肉こそ正義!針金ボディに用は無い!」


 その晩遅くまで、花奈と愛依は語らい合ったそうな。

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