3年付き合った彼女と別れてズタボロになった俺を「お悩み相談アプリ」で励ましてくれた女の子が、クラスメイトの隠れ美少女だった件

青季 ふゆ@『美少女とぶらり旅』1巻発売

第1話 3年付き合った彼女と別れた夜

「くそがああああああああああああああああああああああ!!」


 夜の10時。

 裏山の頂上。

 俺、久山 秀人(ひさやま ひでと)は叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。


「いくらなんでも!! 唐突すぎるだろ!!」


 ゲシゲシとベンチを蹴る。痛い。

 靴の中で爪が割れたかもしれない。

 でも、蹴り続ける。


 行き場のない感情を発散させないと、おかしくなりそうだった。


「……クソッ」


 ベンチにドスンと腰掛ける。

 怒りのエネルギーが収まった後に到来したのは、闇底に落ちんばかりの虚無感。

 そして、心が締め付けられるような寂寥感だった。


「……なんでなんだよ……恵美……」

 

 空乃恵美(そらの えみ)

 学園一の美少女と評判の誰もが認める少女。

 容貌だけでなく、成績も優秀でスポーツも万能。

 非の打ち所がないという言葉を体現したような美少女だ。


 そんな恵美は、俺の彼女だった。

 だった。

 そう、”だった”んだよ!

 別れたんじゃボケ! 


 3年前。忘れもしない中学2年の夏。

 俺は恵美に告白して、付き合った。


 当時はお互いにもっさりした陰キャアベック代表だったが、人間は好きな人ができると変わるものである。

 俺も、恵美も、お互いに垢抜けた。

 自惚じゃない、ガチだ。


 清潔感はもちろん、ファッションにも気を使うようになったし。

 万年猫背だった背筋もしゃんとして、立ち振る舞いも変わった。


 親友情報によると、クラスでは『久山くんと空乃さん、お似合いのカップルだよねー』『彼女いなかったら私、久山くんにアタックしてたのにな〜』とか囁かれていたらしい。


 これが Real Beast (リア獣)か!!


 彼女がいるパワーってすげ〜〜〜!! 

 俺って世界一の幸せ者じゃね〜〜〜!?

 とか思った矢先のことだった。


「ああ、クソ……」


 思い出して、胃酸が逆流しそうになる。

 目から熱いものが溢れ出そうになって、両手で顔を覆う。


 なんでなんだよ、恵美。

 なんで、こんな……。


 恵美が俺に告げた、最後の言葉を思い出す。


『──────』


 頭の中でリピートされた言葉が、俺の中で腑が煮え繰り返るような怒りを生じさせた。


「……こんな終わり方って、ないだろ」


 ぽつりと、呟く。


「死にてえ……」


 自然と漏れ出た言葉は夜闇に溶けて消える。

 俺も一緒に消えて無くなりたいと思った。


 ここは街が一望できる裏山。

 立ち上がって、5歩ほど進めば崖である。

 柵があるとはいえ、高さは胸のあたりまでしかないから乗り越えることは容易。


 乗り越えて、フライアウェーイして、現世からも、ふらいあうぇーい……。

 

「ダメだ! 思考があかんな方向にいってる!」

 

 ぶんぶんと頭を振る。


 身を投げれば、この苦しみからは逃れる事はできるだろう。

 だけど、死ぬのは絶対にダメだ。

 それだけは、ぐちゃぐちゃになった思考の中でもわかった。


 気がつくと、俺はスマホを取り出していた。

 無性に寂しかった。

 誰かと話したかった。


 かといって学校の友達に愚痴りたい気分ではない。


 自分を知らない誰かに、話を聞いてほしい。

 そんな気分だった。


 とはいえその欲求を満たせる手段を都合よく持っているはずもなく……。


「そうだ……確か広告で流れてたアプリで……」


 持ってはいなかったが、アテはあった。

 

 検索ワードをかけてアプリをインストールする。

 

 お悩み相談アプリ──”KOKORONE-心音-”


 簡単に説明をすると、『悩みを聞いてほしい人』と『悩みを聞く人』をマッチングするアプリだ。

 悩み多き10代-20代の層の間で流行していて、最近は結構話題にも上がっている。


 簡単な会員登録を済ませたあと、悩みのカテゴリや簡単な質疑応答を経て”話を聞いてもらう”ボタンを押す。

 そうすると、全国にいる『悩みを聞く人』(アプリでは”ヒーラー”と呼ばれている)に通話が繋がる仕組みだ。


 これで通話の相手がクラスメイトとかだったら……ってラノベの読みすぎだバカ。

 1億2000万分の1の確率だ。

 億が一くらいでしかあり得ない。


 2,3回のコールの後、ヒーラーに電話が繋がる。


『は、はい、もしもし。ヒーラーのユーナです。……今日はよろしくお願いします』


 出たのは若い女性だった。

 心なしか、少し緊張している。


「は、初めまして、久山です。こちらこそ、よろしくお願いします!」 


 俺も人のこと言えなかった。

 恵美のおかげで根深かったコミュ障はある程度解消されたと言えど、初対面の女性対してだと未だに緊張する。


 ぐはっ、自分で恵美のことを思い出して心が痛んだ。

 格好の悪い自爆である。


『久山……』


 一瞬、相手の声が途切れる。


「ユーナさん?」

「あっ、ごめんなさい、なんでもないです!」


 受話器越しにわたわたとが伝わってくる。

 少しだけ、気が楽になった。


『それでは久山さん、今日はどのようなお悩みで?』


 俺はユーナさんに、ことの顛末を話した。

 もちろん恵美の実名は伏せて、彼女との3年間の軌跡と、今日の幕引きを。


「という感じで、俺は独り身になったという……」

『うぅ……ひぐっ……』

「って!? なんでユーナさんが泣いてるの!?」

『だって……だって……』


 嗚咽混じりの声でユーナさんは続ける。


『3年もお付き合いしていた方とお別れして……その時の久山さんの気持ちを考えると、辛かっただろうなって……』


 その言葉に、瞼の奥が熱くなった。

 今日味わった俺の気持ちを、同じようにユーナさんが味わったわけではない。


 それでも……嬉しかったんだ。

 俺の話に共感してくれたことが。

 感情移入して、泣いてくれたことが。


 ……あっ、ダメだ、気を抜いたら、俺まで涙腺がやられてしまう。

 

 グッと堪えた。

 男のプライド的なものが、そうさせた。


『ご、ごめんね、急に泣いちゃって……』

「ううん、全然……むしろ、ありがとう。正直、そんなに親身に聞いてくれるとは、思っていなかった」


 本音だった。

 ぶっちゃけ、このアプリにはさほど期待はしていなかった。

 ぐちゃぐちゃのヘドロになった心を、悩みを聞いてもらう事によって少しだけでも軽くできれば、くらいの気持ちだった。


 それが、予想以上の結果になった。


 ──こんな子の彼氏になれたら、一生幸せ者だろうな。


 ふと浮かんだ思いつきを頭から追い出す。

 フリーになったとはいえ、その日に他の子に絆されるようなのは、なんか嫌だったから。


 それから俺は、自分の中に溜まっていたモヤモヤを全部ユーナさんに吐き出した。


 その度にユーナさんは何度も俺を慰めてくれた。

 勇気づけてくれた。

 

 ”大丈夫だよ”って”きっとまた良い出会いがあるよ”って。


 話しているうちに、俺は確信していた。

 ユーナという女の子は、心の根の部分から優しくて優しくて、どうしようもなく優しい人なんだろうと。


 ほんの数十分程度しか話していない見ず知らずの人に対し、共感をして、涙まで流してくれる。

 俺の凍え切った心にいつの間にか、ほんのりと温かいものが灯っていた。


 KOKORONEのヒーラーになるには、いくつかの適性テストや運営との面接が必要らしい。

 割とハードルは高めだとか。

 そのテストにパスしたのも大いに頷ける。


 ユーナさんがヒーラーで良かったと、心から思った。


 気がつくと、それなりに良い時間が経っていた。

 自然に、そろそろお開きの流れになる。


「今日はありがとう。話、聞いてくれて助かったよ」

『ううん、全然! お話、聞かせてくれてありがとう』


 KOKORONEにおいて、リアルの個人情報の原則として入手は禁止されている。

 悪質な出会い厨などによるゴタゴタが発生しないようにするためだ。


 つまりここで通話を切れば、ユーナさんとの縁はおしまい。

 身を割くような名残惜しさが到来した。


 でも、仕方がない。

 そういうルールなのだから。


「ありがとう、ユーナさんのおかげで、すっごく元気出た」

『どういたしまして……そう言ってくれて、私も嬉しいよ』


 恥じらい混じりの声に、俺の心臓がびくんと跳ねた。

 後ろ髪を引かれるような気持ちを断ち切るように、よしっ、と俺は立ち上がり、片頬を叩く。


「いつまでもウジウジするのは辞めないとな! 恵美のことは忘れて、心機一転すっぱり新しい気持ちで頑張るよ!」

『…………………………えみ?』


 俺の決意表明に対して。

 ユーナさんは、たっぷり溜めを作って、その名を反芻した。

 

『あの、もしかしてだけど』


 今度は俺が、言葉を呑んだ。


『その、”恵美”さんって、苗字が”空乃”だったりしないかな?』

「……………………え?」


 あー。

 えーと。


 うん?

 ……うん。


 おーけい、わかった。


「もしかして……清葉高校だったりする?」

『……うん、だったりする』

「2年3組だったり?」

『する』

「クラスの列で言うと?」

『2列目の、右から3番目だね』


……………………。


「音羽さん?」

『うん、音羽……音羽 優奈(おとは ゆな)』


 ユーナ→ユナ

 頭の中で、きゅぴんと繋がった。


『そういう貴方は……久山 秀人、くん?』

 

 解は明快のはずなのに。

 俺はしばらくの間、二の句を告げることができなかった。


 まさかまさかの引き当てちまった。

 1億2000万分の1の確率を。


 いや、違うな。

 のちの俺は、この時の出来事をこう表現して、優奈に「恥ずかしいからやめてよ〜〜///」って怒られるんだ。


 『1億2000万分の1の奇跡』と。

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