照明の残光

春嵐

照明の残光

「照明さん」


 呼ばれる。たぶん、後ろから光を適当に当てろという指示。


「はい。ただいま」


 まだ、カーテンを閉めきっていない。完全に暗くしてから、とりあえず仕事が始まる。

 どうでもいい雑誌の、どうでもいい表紙。スタジオですらない。普通の部屋の一室。そのくせ、中二階やら吹き抜けやらで陽当たりがいい。


「こんなんでいいですか?」


 面倒になってきたので、カーテン閉めるのをやめた。太陽光を利用して、うまく写真映えする感じに。


「ねえ。手抜いてない?」


 被写体のおんなのひとから、やじが飛んでくる。


「いやカーテンが閉めきれなくて」


「カーテンぐらい閉めなさいよ」


 おんなのひと。軽やかに登ってくる。あ、その棒みたいなやつって階段の代わりなのね。うわ速い。このひと上がってくるの速い。


「ここを、まずこうして」


 中二階のカーテンが閉まる。


「次にこう」


 吹き抜けの窓が閉まる。


「んで、こう」


 天井が暗くなった。


「ちゃんと仕事してよね」


「へえ。すんません」


 無駄に部屋広いのがわるいでしょ。私はわるくないもん。


「なに自分はわるくないって顔してるのよ」


「おわっ」


 すごい速さで目の前に現れる。おんなのひと。

 突き飛ばされる。後ろに壁。中二階。すごく近くに、おんなのひとの顔。


「いつも来てるじゃないの。ここに」


 小声。


「いや、いつも来るとき閉まってたり開いてたりするじゃないですか」


 こちらも小声で返す。

 そう。

 このおんなのひと。私の恋人。


「わたしが毎回開けたり閉めたりしてんのよ」


「そすか」


「まあ、どうでもいい雑誌のどうでもいい表紙だから。あなたの好きに光を当ててよ。わたしが綺麗にしてあげる」


「あなたの顔だけ暗くできるんですよ。私照明だから。立場はこっちのが上です」


「たしかにそうかもね。光がなかったら私は映らないし」


 外から見たら、これたぶん、女優が照明さんをおどしてるようにしか見えないかも。

 あ。

 やっぱり。

 現場監督さんも記者さんも、ふるえあがってますけど。


「ほら。戻って戻って」


「このあと、この雑誌の打ち合わせがあって、それが終わったら連絡するから」


「はいはい」


「ビールは買ってあるから」


「おつまみは?」


「わすれた」


「そすか。じゃあ買っときますよ」


「ありがと」


 キスしようとするのをぎりぎりで回避した。いや下。下のひとたち見てるから。現場監督さんと記者さん。


「すいませんでした」


 彼女が、するすると素早く下に降りていく。

 現場監督さんと記者さんが、ざわざわしている。頭突きがどうこう言ってる。

 さっきのキス回避が、頭突きに見えたのかもしれない。


「さてと」


 カーテンが閉まったので、仕事をしなければ。照明だから。彼女を、綺麗にしてあげなくちゃ。




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照明の残光 春嵐 @aiot3110

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