それでは、以下の選択肢の中から一つ選びなさい。

@ShiraYukiF

1問目:友情 / 恋愛 ①

「あっ」


 思わず声が上がってしまう。

 その普段らしからぬ行動に内心驚きつつ、しかしそれ以上に彼女との出会って知った事実に、俺――白柳しらやなぎ比呂ひろは動揺を隠せずにいた。


「えっ……あ、先輩……」


 一方で彼女もまた驚いていたようだった。

 明石あかし友奈ゆうな

 平均よりやや小さい身長によく整った顔立ち。どちらかと言えば童顔で本人は気にしているらしいが、我が校の男子たち曰く「そういうところが可愛らしい」との談。

 いつもは肩まで流しているふわふわとした黒髪をポニーテールに纏められているところを見るに部活動の真っ最中か、もしくは終えたばかりというところだろうか。

 服装もいつもの制服ではなく試合で着るようなテニスウェアで……ってテニスウェア? こんな寒い日にジャージではなく? 寒くないのかな。

 

「よ、よう……こんなところで珍しいな」


 俺が訪れたのは学校の給湯室。


 ちょっとくらいならお菓子を持っていってもいいのではないだろうか。

 前にバレたときは少し高そうなのを持って行ってしまったからで……ほら、あのクッキーなんて地味な見た目だけど美味しそうではないか。いけるのでは?


「まぁその前に明石が頑張らなきゃいけないのは試験勉強だけどな」

「ずいぶんと棘のある言い返しをしてくるじゃないですか。なんて大人気のない」

「あぁ、誰かさんによく言われるよ」

「あれ、気にされてたんですか? それはすみませんでしたね」


 ああだ、こうだと言い合うこの会話が、今は少し懐かしく感じてしまう。

 もう出来ないものだと思ってたやり取りが、俺には……正直少し辛かった。

 そして俺は、そんな感傷に浸っていた自分に、そしていつしか場を繋ぎ止めていた会話が途切れてしまってたことに気が付いた。


「……あ、そういえ」

「……あの、先輩」


 電子ポッドのランプが色変わる。

 だが、一歩遅かったらしい。少なくとも、目の前に立つ彼女には十分すぎる時間を与えてしまったようだった。


「あの……わたし……」


 その先を、今ここで言わせてはいけない。その言葉を聞いてしまえば、もう二度と戻れなくなる。


「あ、お湯が沸いたわ。じゃあ俺はこれで」

「……先輩……!!」


 逃げられない雰囲気を感じ取った俺はなんとか切り抜けようと明石の方へと顔を向け、しかしそこで初めて彼女の感情を知ることとなった。

 それは俺が見たくなかった悩み困った様子の、僅かな衝撃ですぐにでも涙を流しそうな複雑な表情だった。


『……先輩……』


 二度目だった。

 あの日、後悔した俺は決めていたのに……なのにまた明石にこんな表情を――。


「……わたし……わたしは……!!」


「ちょっと、いつまで待たせるんですか先輩?」


 その時、給湯室に一人の女子生徒が静かに顔を覗かせる。

 ガラリと入口のドアを開け、堂々立つ彼女は俺と明石の様子に何かを察したようなそぶりを見せたが、しかし動揺することもなくいつも通りに無表情を浮かべながら要件を口にした。


「とりあえず、そのポッドをもらってもいいですか先輩」



 普段は利用する人もほぼおらず、さらには放課後の時間ということもあるため誰かと鉢合わせすること自体が珍しいくらいである。

 しかも今日は雪が降るらしくほとんどの部活動が禁止、早々の下校を通達されているので尚のこと人には会うことがない……はずなのだが。


「……そう、ですね。珍しいかもしれません」

「……今日は部活、休みじゃないのか?」

「……え? あ、あぁ……。その……部活動は休みなんですけど……実は先生に無理を言って少し体育館を使わせてもらってまして」


 その両手で包み込むように抱くコーンスープの缶が目に映る。

 やはり寒かったのだろう。運動を終え、冷え始めた身体を温めるようにホットドリンクを買うのは明石の変わらない昔からの習慣であった。

 特にコーンスープは明石のお気に入りである。拘りがあるのかよく分からないが、自販機のコーンスープが売り切れであるといつも少し不機嫌になるほどである。

 ついでに言うと見つかるまで探し回るというはた迷惑な趣味をお持ちであった。


「……って、そうか。コーンスープか」

「え?」


 そういえば昨日、体育館の自販機の飲み物がほとんど品切れだったような気がする。

 なるほどね。よく分かったな俺。合点がいったよ。

 自分の推理が見事にはまった様は、まるで探偵になったかのような楽しみに、俺は小さな喜びを噛みしめていた。

 ……まぁ一種の現実逃避である。


「先輩? なにを考えてます?」

「……いや、俺もコーンスープ飲もうかな~、と」

「……ふふっ。相変わらず嘘が下手な先輩ですね」


 若干の気まずさは感じるものの、会話の雰囲気などについてはいつも通りの様子に見える。

 俺が気にしすぎなだけか? そうなのかもしれない。――いやどうだろうか。よく分からない。


「……先輩はよく給湯室を利用されるんですか?」

「最近は寒いからね。明石みたいに身体を動かす部活ではないから……ほら、こいつが必要なんだよ」

「あぁ、電子ポッドですね。……え、それって使っていいんですか?」


 俺は机の上に置いてあった電子ポッドを持ち上げる。

 中身を覗き見ると少量しかお湯が残っていない。これはお湯を沸かさないと駄目だな。


「うちのお姫様がうるさくてさ。寒がりなのにこんな時期でも部室にいるもんだからほとんど毎日利用させてもらってるよ。……ほらそこの戸棚、仲良くなった事務員さんからお茶葉までもらってるくらいで」


 電子ポッドに水道からお湯を流し入れつつ、俺は事務員専用の戸棚を指差す。

 鍵はかかっておらず、するりと開くことの出来るその戸棚にはいろいろな種類のお茶葉や、こんなに誰が食べるのかと思わせるような数々のお菓子が目に映る。

 普段は誰も明けないであろう戸棚の中身に、明石は少し驚いているらしかった。


「……なんか、すごい。でもこれって先生たちの私物とかじゃないんですか?」

「一応事務員さんとうちの顧問のお墨付きだから大丈夫」

「えぇ、いいなぁ。うちの部活でも使わせてもらえないかな……」

「まぁ、顧問は同じだから聞いてみればいいのでは?」

「ふふっ、そういえばそうでしたね」


 少しずつ、いつものような自然な会話に近づきつつある。

 僅かばかりの不自然さを感じることはあるけれど……でもまぁ、それだけだ。


「部活はどうなんだよ明石。しばらく大会はないんだろ?」

「はい。一応練習試合も組んでいるんですけど、どちらかといえば部活動としてはお休み期間に近いのかな? 先輩とは違って未来あるわたしたちには年度末の試験勉強がありますからね」

 

 電子ポッドのランプはまだ変わらない。

 部室に一人残っているはずのお姫様・・・が痺れを切らさなければいいのだが。

 

「……ちょっと待った。なんか微妙に棘がある聞こえ方でしたが。俺はこれでもずっと受験勉強を頑張ってきたんだよ? ご存知でない?」

「えぇ、知ってますよ。……そりゃあもう誰よりも」


 ……というかなんで俺が2つも年下の女の子にパシられなけりゃいかんのだ。いくらジャンケンで負けたらからとはいえおかしくはないだろうか? あ、お茶葉忘れないようにしないと。


「そういえば、この前話してた後輩の話はどうなんだよ。優秀な男子が入ったって言ってただろ?」

「うん、あの子はセンスありますね。きっと今に追い付いて来ちゃうよ。わたしも負けないように頑張らないと」


 その少女、ひいらぎ詩乃しのはいつだってマイペースなやつだった。

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