馬鹿と賢者は紙一重

矢石 九九華

第1話 お前が勝ち組で、俺は負け組で

二年前、俺 大野木(おおのぎ) 勉(つとむ) は幼馴染の 足立(あだち) 昭(あきら) と高校の帰りにいつものように下校していた。

その日に違いがあるとすれば、人通りが少なく、異様に静かな帰り道だった。

そして、その日俺たちは初めて異世界転移にあったのだった。


「勇者よ、魔王の討伐を頼みたい。もし、成功すれば勇者には栄誉と莫大な褒章を与えよう。……で、どちらが勇者じゃ?」


王の一言で、その場にいた誰もが浮足立った。

本来ならこの場に呼ばれるのは一人だけだったのだ。

だが、現実に俺とアキラはここにいた。


「すぐに鑑定士を呼べ! 職業を鑑定させるのだ!」


王の命令の後に眼鏡をかけた爺さんが呼ばれた。

その爺さんは目が飛び出るのではないかと心配になるほど目を開き、俺たちを見つめる。

そして、俺。

ではなく、その隣のアキラを指さして言った。


「その者こそ勇者であります!」


「「「おお!!」」」


鑑定士の言葉に誰もが俺を押しのけてアキラを持ち上げていったのだった。

そして、俺は一人その場に取り残されてしまったのだった。


「あの、勇者召喚ってどうなりました?」


遅れてきれいなドレスを着た女の子が部屋に入ってきたのだ。


「助けてください」


「はい?」


彼女は神妙な顔で首を傾げた。

しかし、右も左もわからない異世界に飛ばされ、親友であるアキラは王たちに連れていかれた俺には彼女にすがるしか未来がなかったのだ。


「俺に(この世界のことを)色々教えてください!」


「な、なにを、教えれば?」


「まずは、男(一人で生きていけるよう)にしてください!」


「なに、を!?」


「俺は(急にこの世界に呼ばれて、頼れる人が)あなたしかいない!!」


「まだ、お互いのことを知りませんし、急にそういわれても」


「急な(この世界に呼ばれる)ことは初めてで、(恐怖で)もう胸がずっと、ドキドキしてて」


「で、でも。婚前前交渉は」


「……? こん、ぜん、まえ??」


「??」


なぜか、言葉がかみ合ってないような?


「あの、この世界の生き方をおしえちただききたく」


「え!? ……。あ、あなた。言葉が足らなすぎるのよ!!」


俺は顔を真っ赤にされた彼女にその日、幾度と行われる説教の一回目をされたのだった。

説教をしてくる彼女が第一王女のリシェリア・リージ・カサンドラ王女ということはそれからしばらくしてからだった。

彼女を魔法の師として、この世界で数日が過ぎたころ、リージが勇者の仲間として魔王討伐に参加することが決まったのだ。


「リージ! 行っちゃだめだ!!」


「私はこの国の王族なの。国のために死ぬのは仕方ないことなの」


「お、俺は(師匠として)君が好きだ!」


「え!? え!!??」


「どうしても行くと言うなら、俺は(弟子として)リージを守る。大切な(師匠である)君を隣で守らせてくれ!!」


「そこ、まで、言うのなら。ついてきたら、どうです、か?}


「(この城に一人でいるのは寂しいし、怖いから)もちろんついていくよ」


「もう、そんなに、私のことを。じゃあ、私があなたを守りますね」


「そう言ってもらえると(安心できて)、嬉しいです」


「もうもう、私のこと、好きすぎでしょ!!」


??

内容がかみ合ってないような気がするが、まあいいだろう。

召喚された日から会えていないアキラのことの気になっていた。

もし、魔王討伐の手助けになれば。


「アキラ様。はい、あ~ん」


「あ~ん」


魔王討伐の出征式で久しぶりに会ったアキラは、女剣士の女性とイチャイチャしていたのだった。

しかも、いかにも勇者のための強そうな武器を身にまとい、侍女たちに世話をされ、何不自由ない生活をしていたようだ。

俺の瞳から何かが落ちる。


これは悔し涙なんかじゃない!

アキラが無事で安心した涙だ!

でも、お前に支援魔法も回復魔法は絶対にかけてやらねえ!!


俺は固い誓いをするがアキラには必要なかった。

それほどにアキラは強かった。

そんな、彼に誰もが惹かれていった。

男も女も関わらず彼を慕っていった。

魔物に襲われそうになっているのを俺が助けた女魔法使いも。

盗賊に捕まっていたのを俺が助けた女僧侶も。

アキラを好きになった。


「リージ、俺は男として魅力がないのだろうか?」


二年間の集大成である魔王討伐が翌日に控えた夜にリージに聞いてみた。

もし、魅力がないのなら。

この世界にいる意味もない。

魔王討伐が終わったら、元の世界に帰ろう。

そう、思っていた。


「え!? そ、そんなことはないと思いますよ」


「だって、みんな勇者アキラを好きになる。俺の功績もあいつのものに」


俺は女魔法使いのように魔法に細かい動きをつけたり、女僧侶みたいになんでも治せるような回復魔法は使えない。

だが、強大で膨大な魔力で数千の魔物の群れを吹き飛ばしたり、大都市一帯に大規模な結界を張ったりした。

いつごろからか俺は賢者と呼ばれるようになっていた。

しかし、魔物の群れも結界もいつの間にかアキラの功績になっていた。


「このパーティのリーダーは彼です。それに勇者の功績になってくれたほうが民は国を支持するようになりますから」


そうかもしれない。

でも。


「俺も一度は女の子に囲まれたい!」


「……。なんですって?」


リージの声が急に低くなった。

そして、何も言わずに立ち上がる。


「明日は魔王討伐の日です。勇者アキラに呼ばれていたので行ってきます。遅くなると思いますので、先に寝ていてください」


「はい」


俺は自分が何を失敗してしまったのかわからない。

もやもやした気持ちを残して魔王討伐の日になったのだった。

魔王との戦いは熾烈を極めた。

全員がボロボロになりながらも魔王に立ち向かった。


「ツトム!」


俺はリージの呼ぶ声に大魔法を展開する。

だが、魔王も馬鹿ではない。

阻止しようと魔剣を俺に振り落とす。

片腕くらいは持っていかれる覚悟だった。


「ダメ!」


俺の前にリージが出て魔王の剣を杖で受け止めた。

だが、彼女は受けきれずに後ろに吹き飛ばされる。

動かなくなった彼女を見て俺は魔王を睨む。


「死ね」


キンッ!!!


まるで鉄と鉄がすれるような甲高い音を放ちながら、消滅魔法が発動したのだった。

次の瞬間には魔王はいなくなっていた。


リージ!!


俺は後ろに振り替える。

そこにはリージに回復魔法をかける勇者アキラがいた。

その光景を見て、分かってしまった。


「だから、アキラはモテるのか」


魔王と戦ってても仲間を思いやる勇者。

魔王を滅ぼす賢者。

どちらが求められるかなど、火を見るよりも明らかだった。

討伐の後のパレードもリージはアキラの隣にいた。

誰もがお似合いの二人だと言っていた。

そういえば、魔王戦の前の夜も二人で会っていたな。


「そうか。俺は」


賢者なんて言われているが、今頃自分の気持ちに気づくなんて馬鹿もいいところだ。


『魔王の力が欲しいか?』


一人落ち込んでいるとどこからか声が聞こえた。

ああ、よくあるパターンのね。


『求めよ! 我が力を!』


いらない。


『なに!?』


「家に帰って、母さんのご飯が食べたい」


家族に会いたかった。

早く帰りたかった。


『帰るのなら、我もついて行ってもいいか?』


「国を滅ぼしそうだからなあ」


『もうしない』


「魔王の言葉を信じるのもな」


『なら、契約をしよう』


「契約?」


『そうだ、我は異世界に行っても何もしない! 何なら魔力も貸してやろう』


「代償は?」


『生きていけるだけのご飯をくれれば』


……。

実際に送還に必要な魔力は俺が全快な時でも少し足らない。

魔王戦であらかた使ってしまい、半分も残っていない。

全快になったうえで、更に修行をするとなると一、二年はさらにかかるだろう。


「じゃあ、魔王の力もらおうかな」


『よし、来た!』


俺の中に魔王の力が流れ込んでくる。

それと同時に黒い感情も。


『愚かな賢者め! これで、その体は我のもの。……にならない?』


「ああ、やっと帰れる」


『ねえ、なんで浸食されないの?』


魔王の声など気にもせずに俺たちが呼ばれた部屋に戻る。

ここに戻ってきたのも二年ぶりだ。

帰ろう。


「さよなら」


床に刻まれた魔方陣を発動する。


『ねえ、この世界で魔王やろうよ! 好きな女でハーレム作って、食べたいものだけ食べて、生きてるやつらをもてあそんで楽しもう!』


「あのな、魔王」


沈んだ気持ちで言葉にする。


「食べたいものばかり食べてると成人病ましぐらだし、いじめなんてしようものなら孤独になる。ハーレムを作っても、守りたいものを守れないような男じゃ、好きな人に好きになってもらえないんじゃ、意味がない」


俺の言葉に魔王はつぶやく。


『浸食されんかったのはお前の闇が深すぎたゆえか』


この日、俺の異世界生活は終わったのだった。





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