第2話 現実は非常で、夢は儚げで
久しぶりに帰ってきた。
排気ガスの臭さ、アスファルトの暑さ、セミのうるさいほどの鳴き声。
「セミの鳴き声なんて久しぶりに聞いたな」
昔はうるさくて嫌いだったが、二年もの間が空くとどこか懐かしく感じる。
空気の悪さも俺が元の世界に戻ってきたと理解する要因になって、嫌いに離れなかった。
「それで、お主の拠点はどこなのだ?」
そういえば、魔王を連れてきたんだった。
なるべく、悪いことをしないように釘を刺しておかな、いと。
「ま、おう。なのか?」
「そうだが」
俺が戦った魔王は向こうの世界でもそこそこ大きかった俺の伸長を優に超え。
肩幅は俺が両手を伸ばしても届かないくらい広かった。
声だって野太い男の声だったのに。
「お前って、女だったのか?」
そこにいたのはとても同一人物だと思えないほど奇麗な女性だった。
顔質としては北欧の鼻が高くて、堀の深い。
肌は雪のように白く、大きな瞳は吸い込まれそうなほど濃い朱色だった。
神は絹のように細かく美しい。
「そんなに褒められると照れるぞ」
「え!? さ、さては、俺の思考を呼んだな!!」
「普通に口にしていたぞ」
なんだと!
どうやら、動揺のあまり口にしてしまったようだ。
「クソ! 俺の好みのドストライクじゃないか! こんな手を使ってくるなんて。まずいぞ、このまま迫られれば、誘惑に勝てる気がしない!!」
「おい、また口にしてるぞ」
まさか、魔王の呪いに!
「かけてないから」
「今のは口にしてなかったぞ! やっぱり、思考を呼んでいたな! やはり、悪の権化、どんなに美しく、可憐で、嫁にしたい程であっても、魔王は魔王なのだな!」
「お前、賢者とか言われてたけど、愚者、いや馬鹿だろ? 顔で丸わかりだ」
なん、だと。
俺のポーカーフェイスを見破る。
侮れん。
「それと、この姿がもともとの姿だ。魔王としての威厳を保つために大きな姿に変えていただけだ」
「めっちゃ、(容姿が)好きだ!!」
「は? 急に何を」
「(お前が魔王じゃなければ)一生そばにいてほしい」
「私はそんな言葉で落ちるほど私はちょろくないぞ」
この魔王は何を言っているのだろうか?
まあ、でも送還魔法で魔王も魔力が尽きている。
早々に悪いことはできないだろう。
「それよりも、お前の拠点はどこだ? 疲れたぞ」
そういえばそうだった。
力を貸してもらう代わりにご飯を上げないといけないんだったな
「とりあえず、(家に泊めてもらえるように)親に紹介したい」
「は!? 何その気になってる!!」
「なんのことだ? これから、(俺の実家で)一緒に住むんだ。必要だろう」
「そういうことも混みということか。なんと、卑劣な」
「何が卑劣だ! ちゃんと(お前との契約の)責任は取るつもりだ! 俺は一度言ったことは曲げない!!」
「それだけの覚悟が……」
「あるに決まってる。そうでなければ(魔王の)お前を連れてこなかった」
「そうか、だが、すべてを許すと思うなよ」
何をだ?
とりあえず、話も一区切りついたので家に戻ろう。
二年もの間、家に帰らなかったのだ。
両親に怒られると思うと胃が痛くなったが、それも仕方ないことだろう。
ちゃんと謝ろう。
「あれ?」
俺たちが送還された公園から十分も歩かないところに俺の家はある。
一軒家ながらもこじんまりとした、洋風づくりの家だ。
確かに家はそこにあった。
だが、表札が【今田】になっていたのだ。
「ここが拠点なのか?」
「ああ、ここが俺の実家のはずなのだが。ちょっと待ってくれ」
俺はインターホンを鳴らすと、「はい」と女性の声が聞こええ来た。
だが、この声に聞き覚えはなかった。
「すみませんが、ここは大野木さんの家でしょうか?」
「いえ、違いますが」
もしかして、この二年で引っ越しでもしたのだろうか?
「ここに住んでいた、大野木さんはどこに引っ越したとかわかりませんか?」
「え? すみません。そういうのは。それに私はここに五年も住んでますが、そんな名前は聞いたことも」
何かがおかしい。
俺が異世界にいたのは二年だ。
それでは辻褄が合わない。
もしかして、よく似た違う世界に来てしまった。
もしくは。
「最後に、今年は、何年ですか?」
「2052年ですが」
「す、すみません。ありがとうございました」
俺は感情を押し殺して、その場を後にした。
その後を魔王が付いてくる。
「どうしたのだ?」
「その可能性もあった。もっと、早く魔王討伐を。いや、魔王討伐などせずに帰る方法を探すべきだった」
「何を言っている?」
大きく息を吸い込み、落ち着かせる。
だが、ここは一人で抱え込むよりも、一緒に打開策を考えるべきだろう。
吐き出した息とともに彼女に向き合う。
「ここは俺がいた時間よりも二十年も過ぎていた、みたいだ。向こうの世界よりも、こちらのほうが、十倍も、時間が、早く、過ぎ」
「もうよい、いや。もういいよ。分かった。これからどうしようか、考えよう」
「ごめん。ありがとう」
やはり、一人で抱え込むよりも誰かに話した方がよかったようだ。
少し心が軽くなった。
それに、一緒に考えてくれる人がいるとわかると、心強かった。
「でも、この世界を私は知らない。こういった場合はどうするべきなのだ?」
「二十年もいなかったんだ。警察に捜索願が出てるはずだ。とりあえずそれで、親の居場所を聞いてみよう」
「ケイサツ? それはなんだ?」
「向こうでいう、憲兵隊みたいなものだ」
「なるほど」
俺は駅前の警察署に行く。
だが、警察署に行く前に俺は見覚えのあるその姿を目にしたのだった。
「おばさん」
「え? 勉(つとむ)くん?」
そこにいたのは俺が知っているよりも老けてしまっているが、アキラのお母さんであるおばさんだった。
その手にはビラを持っている。
俺とアキラの顔写真が載っているものを。
「ねえ、勉くん。昭(あきら)を、昭を知らない?」
おばさんは痛いほど強く俺の肩を握ってくる。
俺は彼女を見て、思考が止まってしまった。
おばさんはやつれて、生気がなかったのだ。
「ちょっといいですか?」
「あなたは?」
「私は彼を保護したジュンブレルというものです」
「昭は!?」
「落ち着いてください。ここでは、人目が多く詳細を話せません。どこか場所を変えて」
「そう、ですね」
魔王の言葉でおばさんは正気を取り戻し、近くのカフェに入ることになった。
ついでにジュンブレルは魔王の側近の名前だったような。
「それで、昭は?」
「それは、彼に」
魔王が俺に話を振ってくる。
でも、正直に異世界がどうのという話をしても、理解もしてくれないし、納得もしないだろう。
ここは真実を交えながらうまく話を作るべきだろう。
「まず、アキラは生きてます」
その言葉におばさんは涙を流した。
「俺もどうしてこうなったのかわかりませんが、二年前にジュンブレルさんがいる国にいました」
「え? 二年前?」
「はい、先ほど人から聞きましたが、俺たちがいなくなってから二十年もたっていたと」
「その間の十八年は?」
「わかりません。俺も二十年も過ぎていたなんて知らなくて」
おばさんは最初は信じられないような顔をしていたが、俺の顔を見て頷いた。
「確かにあなたが失踪してから二十年がたってる。本来なら三十半ば。なのにあなたの顔は二十歳にも満たないほどに若いわ」
「はい」
「それで、昭は?」
「大切な人と一緒にいますよ」
「え!?」
おばさんは目を大きく見開いた。
お世辞にもかっこいいとは言えないアキラに恋人ができたと聞いて驚いているのだろう。
「それに、記憶が無いんです。俺もある程度思い出したのが半年前ほどで」
「そうだったの。昭は幸せそうだった?」
俺はリシェリアと一緒にいるアキラの笑顔を思い出した。
「はい、すごく幸せそうでしたよ」
「そう」
おばさんは魔王の顔を見る。
「噂ではもうじき結婚なんて話も出ていたぞ」
「そうですか。そう、なのね」
おばさんはポロポロと涙を流して喜んだのだった。
ある程度、泣き止んだところで本題を切り出してみる。
「俺の両親って、どうなりましたか?」
「あ、そう、よね。知らないの、よね」
おばさんは苦しそうな表情をする。
俺はその顔に嫌な予感がする。
「私たちとビラ配りしてる最中に、車に轢かれて」
俺の中の何かが冷え切っていく。
「二人とも亡くなったの」
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