18話「いわくつきの奴隷は掘り出し物だったみたい」


 扉の先に入ると、先ほどまでとは全く異なる光景が広がっていた。



 いくつもの檻の中に複数人の奴隷たちが押し込められており、見た目から衰弱しているのが窺える。脱走する気力も体力もなく、中には怪我や具合の悪そうな者もいるようだ。



 それだけではなく、目には絶望の色が浮かんでおり、生気がない顔を浮かべている。部屋の雰囲気も全体的に薄暗く、まさに裏の世界といった具合だ。



 一応確認のため檻の中の奴隷一人一人を鑑定で見ていくが、どれも大した能力がなく、そればかりか症状は出ていないが感染症などの重めの病気を患っている者もいた。



「ここは怪我や病気などが理由で、奴隷として商品価値の低い者を置いておく場だけではなく、性奴隷を調教をするための調教場も兼ねておりまして、ちょうどあちらで調教中なのですが見てみますか?」


「……そうだな。後学のため、見せてもらおう」



 性奴隷の調教が一体なんの後学ために役立つのだろうかという疑問を頭の隅に置き、一体どういったことが行われているのかという興味本位から、姫は調教現場を見学することにしたのだが……。



「オラオラオラオラァ!」


「あは、あはっ、も、もっと。もっとやってくださいませぇええええええ!!」



 そこで繰り広げられていた光景は現実とはかけ離れたものだった。スキンヘッドの筋骨隆々の大男が、黒光りする鞭を十代後半くらいの若い女性に振るっていたのだ。



 だが、それだけならただの暴力というだけで片付けられたかもしれないが、その場の空気をさらに異常化させているのが、鞭で打たれている女性が恍惚の表情を浮かべ男にもっと鞭で打ってくれと懇願しているのだ。



 加えて、女性の格好もまた問題があり、おそらく調教とやらで破れてしまったであろう服の残骸が辺りに散らばっており、今の彼女は一糸まとわぬ全裸の状態なのだ。



 服を着た状態であれば、まだ鞭に対する痛みを軽減できたかもしれないが、あの状態では鞭に対してあまりにも無防備すぎるのである。



 一般的に鞭などというもので自身の体を打たれれば、普通の人間なら痛みで顔が歪んでしまうだろう。だが、今目の前にいる女性はそんな素振りは一切見せず、寧ろ性的興奮さえ覚えている始末だ。



 それを見た男が、顔を歪めながら首を左右に振りこう言い放ったのである。



「こりゃだめだ、もうこいつは使いもんになんねぇ」


「兄貴、どうしやすか?」


「どうするもこうするもねぇよ。旦那様に報告するしかねぇだろ」



 男の調教はどうやら失敗に終わってしまったようで、部下の男の問いにぶっきらぼうに答える。調教に失敗したことを店主に報告しなければならないという事実に、険しい顔をさらに歪ませる。



 ちょうどその場に店主がいたこともあり、男がすぐにデュクスのところにやって来て、現状を報告する。



「旦那様、あの奴隷なんですが、もう使いもんになりやせん」


「またですか。今月に入ってもう三人目じゃないですか。もっと真面目に調教していただかなければ、このままでは大損になってしまいます。そのことを理解しているのですか?」


「そうは言いましても、こちらとしても調教に手を抜くことはできないですし、できたとしてもお客様に満足いただける商品に仕上がりませんぜ?」


「まったく、世の中ままならないものですね」



 会話の内容だけ聞けば、よくある日常的なことを話しているように聞こえるのだが、その内容はあまりにもあまりな内容だった。



 そんな二人の会話を姫は内心複雑な思いで聞いていたが、それを察知したかのようにデュクスが部下の男に指示を出す。



「とりあえず、あの奴隷は従業員用として回しておきなさい」


「わかりやした」



 デュクスの指示を受けた男が、自分の部下に先ほどまで自分が調教していた女性をどこかへ連れて行けと命令する。部下はその命令に従い、女性の腕を取りどこかに繋がる扉へと引っ張って行った。



 その間も女性は、ただうわ言のように「もっと、もっと……」と言い続けており、そのまま連れて行かれた。



「姫様、いかがでしたでしょうか?」


「いろいろ衝撃的だったが、少なくとも調教というものがまともじゃないことはわかった」


「左様でございますか。それでは、他の奴隷も見て回りましょう」



 それからその部屋にいた奴隷を見て回るが、デュクスが案内を渋るくらいの部屋だけあって目ぼしい奴隷が見つからない。



 諦めて帰ろうかと姫が思い始めたその時、他とは違う雰囲気を持つ奴隷を見つけた。



 その奴隷は、一つの檻に複数入れられている他の奴隷とは違い、たった一人で一つの檻を占拠している。



 否、占拠というよりも、どちらかといえば隔離に近いのかもしれない。他の奴隷と同じく衰弱しているにも関わらず、その雰囲気には拒絶の意思がありありと伝わってくる。



 そして、何よりもその容貌からして他の奴隷とは大きくかけ離れている点がいくつかある。



 百九十センチはあろうかという筋肉質な巨体と、女性特有のしなやかな体つきと丸みを持ち、出ている所は出ており引っ込んでいる所は引っ込んでいるという理想的な体型だ。



 耳に掛かる程度の赤色の髪で、ちょうどハニーなフラッシュという掛け声で変身するアニメキャラの変身後の髪型によく似ている。



 肌の色は少し赤みを帯びており、種族特有のものなのか頭には二本の角が生えている。



 これだけでも他の奴隷との差異は明らかなのだが、さらに異なる点があるとすれば、逃亡を防ぐためなのか、鎖で雁字搦めにされるように椅子に縛り付けられており、その上見張りの人間もいるという厳重さだ。



 そして、何よりもその奴隷の一番の特徴としては、本来あるべきはずの右腕がなかった。まるで剣で斬られたかのような傷跡をしており、そのあまりの痛々しさに目を背けたくなる衝動に駆られるほどだ。



 さらに加えて、左足も怪我をしているようで、右足でそれを庇うようにしているのが窺える。



(なるほど、見た目や怪我云々は別にして、能力は今までの奴隷とはダンチみたいね)



 さっそく彼女を鑑定に掛け、能力を見てみる。するとその結果に姫は思わず舌を巻いた。





名前:ミルダ(♀)


年齢:18歳


種族:亜人(オーガ)


体力:720 / 2160


魔力:100 / 180


スキル:【棍棒術Lv7】、【身体強化Lv4】、【闇魔法Lv3】


称号:追放者、濡れ衣を着せられた者、奴隷、一途、剛力


状態:隷属化、衰弱、空腹、右腕欠損、左足粉砕骨折(不十分な治療のため、痛みや機能障害などの後遺症あり)






 まず名前はミルダといい、種族は亜人でオーガらしい。



 能力は今まで見てきた奴隷の中では、圧倒的と言ってもいいほどに隔絶した強さを持っていた。スキルは棍棒術・身体強化・闇魔法というラインナップで、これもかなり強力なものである。



 称号は五つで、追放者と濡れ衣を着せられた者と奴隷の三つは特にこれといった能力付加がないため、彼女の今の状態を表しているものだと推察できる。



 一途は筋肉などの肉体的な成長に補正が掛かり、剛力はオーガの持つ種族的な称号で、筋力に補正が掛かる称号だった。



 そして、鑑定のレベルが上がったことで、性別とその状態を知ることができるようになったのだが、奴隷商の中にいる人間で一番彼女が重症であった。



「店主、彼女は?」


「彼女はミルダという亜人で種族はオーガなのですが、大怪我をして死にかけていたところを助けて連れ帰ったのです。ですが、見ての通り右腕もなく足も悪いということと、本人の気性が荒く誰に対しても反抗的な態度を取り、無理に命令しようとすれば暴れて手が付けられないため、なかなか買い取り手が見つからずほとほと困り果てているのですよ……」


「ふーん」



 デュクスの説明を聞き、姫は再びミルダに視線を向ける。その視線に気づいた彼女が、こちらを射殺すような視線を向け威嚇のような殺気をまき散らす。



 その殺気にあてられた他の奴隷やデュクスたち店の従業員が身を強張らせる中、姫は臆することなく口を開く。



「彼女と話がしたい。中に入ってもいいか?」


「危険でございます。もしまた彼女が暴れたら、店の者では抑えきれないかもしれません」


「しかし、鎖で縛っているし少しくらい近づいても問題ないのではないか?」


「……かしこまりました。ですが、どんな目に遭っても店側は一切の責任を取りませんがよろしいですか?」


「構わん、早く開けろ」



 姫の言葉を受け、デュクスは見張りに目配せをして檻の鍵を開けさせた。



 迷うことなく中に入った姫は、つかつかとミルダに近づき腕を組んで彼女と向き合った。



「人間め、このアタイを奴隷にできると思うなよ」


「そうか。でもこのままじゃ、お前はここで一生過ごすことになるが、それでもいいというのか?」


「人間如きにこき使われるなら、いっそここで死んだ方が100倍マシだ!!」


「嘘だな。お前は死ぬことを恐れている。そしてそれ以上に、人間どうこうではなく、誰かに裏切られることをとかく恐れている」


「っ!?」



 自らの心情を言い当てられたミルダは、突然のことに目を見開く。そして、すぐに睨み返すが先ほどの態度から姫が言ったことが事実であると明るみになってしまったことで、ミルダに焦りが生まれた。その隙を逃すまいと、姫はさらに畳み掛ける。



「お前に残された道は二つに一つ。このままここでただ死を待つだけの哀れな存在と成り下がるか、あたしの奴隷としてあたしのために生きるかのどちらかだ。選択権はお前にある。好きな方を選べ。ただし、あたしの奴隷にならないのなら、今すぐこの場でお前を殺す」


「うっ」



 姫が冷ややかに淡々と内容を告げた瞬間、ミルダに想像を絶するほどの重圧が襲い掛かる。それを発しているのが、目の前にいる自分とほとんど変わらない年齢の女性であるということに言葉にならない驚愕と戦慄を覚える。



 その圧倒的なまでの重圧は、姫が冗談でそんなことを言っているのではないというのを理解するのには十分過ぎた。そして、しばらく彼女の重圧の恐怖を味わったあと、再び姫が口を開く。



「今一度聞く、あたしの奴隷になるか今ここで死ぬか、どっちがいい?」


「……」



 もはや姫の提示している選択肢は、選択肢という意味を成していなかった。最初からミルダに拒否権などはなく、ただ確実に言えることがあるとすれば、目の前の女に逆らえば死あるのみということだけであった。



 そんな理不尽とも取れる選択を迫られたミルダにとって、もはや選択の余地など残されていなかったのである。であるからして、彼女の答えは一つしかない。



「わかった、アンタの奴隷になる」

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