13話「初心に帰って日銭を稼ぐことにするみたい」
翌日、新たな街リムへとやって来た姫が起きたのは、昼過ぎだった。
前日宿の人に“旅の疲れがあるので、食事の支度ができたことを教えに来なくてよい”と言っていたため、こんな時間に目が覚めたのだ。
「あー、これは旅の疲れからくるだるさじゃなくて、寝過ぎからくるだるさだわー。身に覚えがある」
しばらく、微睡んでいた姫の口から出た第一声がそれだった。
寝るという行為は、適度な時間であれば疲れを癒してくれる重要なアクションだが、本来起きなければならない時間になっても起きずに寝過ぎてしまうと、逆に倦怠感を催してしまうこともある。
姫の場合も、睡眠時間の取り過ぎによる寝疲れという状態を引き起こしていたのだ。
起きたての形容しがたい気分を満喫しながらも、名残惜しそうにむくりと上体を起こす。そこから、さらに次の行動に移るのに十数分の時を要し、完全に意識が覚醒した姫はベッドから抜け出して体を大きく伸ばす。
「さて、新たな拠点での生活が幕を開ける。姫は、このあと一体どうするのだろうか? 次回『二十五歳のオタク女子は異世界でスローライフを送りたい』乞うご期待!!」
姫の妙な言動が炸裂するも、その場に居合わせている人間がいない以上、この状況に突っ込みを入れる者は皆無だ。
傍から見れば奇行以外の何物でもない出来事があったが、身を整え生活魔法のクリーンを掛けた後、少し遅めの昼食を食べるため、姫は食堂へと足を運んだ。
ちなみに今回リムの街で泊まることにした宿も、アラリスの街の宿と同じく一階が食堂で二階が宿泊部屋という内装だった。
昼食を済ませ鍵を受付に預けると、姫は街へと繰り出した。
「とりあえず、今日は街の散策だけにしとこうかなー。……迷子になったら恥ずいし」
と言いつつ、姫は新たに拠点として活動することになる街の散策をすることにした。街の造りはアラリスの街と比べても遜色はなく、寧ろ規模としてはリムの方が少し大きい印象だ。
中世ヨーロッパ風の街並みと、それに準ずる服を身に纏った人々が街の通りを往来する。その光景はまさに異世界ファンタジーのそれだ。
もっとも、それは姫の目線から見た場合であり、街の住人にとっては見慣れた光景であるため、それが当たり前のものとして受け入れられているようだ。
その日一日、姫はリムの街を見て回り、商業ギルドや冒険者ギルドといった今後の活動で立ち寄るであろう施設の場所を把握しつつ、街の散策を楽しんだ。
その翌日、姫は街の外へと出掛けることにした。目的は薬草採集による日銭稼ぎだ。
前の街であるアラリスで自作のポーションを売ったのだが、それがもとで貴族に目を付けられてしまった。だからこそ、今回は同じ轍を踏まないようにしなければならない。
そこで姫は、薬草から作ったポーションは売らずに、ポーションの素材として使用する薬草を商業ギルドで買い取ってもらうことにしたのだ。
以前のポーション売りと比べると稼ぎは悪くなってしまうが、それでいらぬ厄介事を回避できるのであれば、仕方のないことだと姫は妥協することにした。
リムの街から数十分程の距離にある雑木林にやって来た姫は、そこで薬草採集に勤しんだ。鑑定スキルを使いピンポイントで薬草各種を採集していき、かなりの数を集めることができた。
すべて摘み取ってしまわないよう、一部を残しながらの採集だったのでそこら一帯の薬草が無くなるということはないだろう。
「まあ、今日の所はこんくらいで勘弁してやるか」
まったく別の意味に聞こえるような台詞を吐きつつ、姫が街へと戻ってきたのは昼を過ぎてからだった。
商業ギルドに向かう道中、歩きながら食べられる軽食を売っていた店があったので、いろいろと試しながら昼食を済ませた。
ギルドに到着すると、すぐに受付カウンターで薬草買い取りの旨を伝え、担当の受付嬢に査定を依頼した。
今回の採集でゲットできた薬草はメディク草四十八本、ベノム草三十六本、ライズ草二十七本の採取したことのあるものに加え、疲労回復に効果のあるペレーラ草十九本と、頭痛に効くアレリア草二十二本という大収穫だった。
摘んできたのが今日ということもあり、品質は申し分なかったようで少し色を付けて買い取ってもらえた。ちなみに買い取り金額は3295ゼノで内訳は以下の通りとなる。
・メディク草 384ゼノ(一本当たり8ゼノ)
・ベノム草 648ゼノ(一本当たり18ゼノ)
・ライズ草 594ゼノ(一本当たり22ゼノ)
・ペレーラ草 855ゼノ(一本当たり45ゼノ)
・アレリア草 814ゼノ(一本当たり37ゼノ)
買い取り金を提示され、特に不満のなかった姫はそのまま買い取りをお願いした。
「では、手数料として15%を差し引いた2801ゼノになりますが、よろしいでしょうか?」
「それでお願い」
商業ギルドで取引した際、取引金額の15%を手数料として徴収するというギルドの規約に従い、手数料が引かれた金額を受け取り、その日はそのまま宿へと戻った。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
薬草採集と商業ギルドを往復する生活が数日続いていた中、いつものように採集した薬草の買い取りをお願いしようとしたところ、別室へと案内された。
そこは応接室になっているようで、必要最低限の家具しか置いていないほとんど何もないと言ってもいい部屋だった。
しばらく部屋で待っていると、ドアがノックされる。やってきたのは口髭を蓄えた中年の男性で、姫にお待たせして申し訳ないと一言告げると、そのまま姫と対面にあるソファーに腰を下ろす。
「初めまして、私はこのリムの街の商業ギルドでギルドマスターをやっているヘンドラーという」
「姫といいます。初めまして」
「それでさっそく本題に移らせてもらいたいのだが、姫殿にポーションを納品していただきたいのだ」
「ちょっと待ってください。いきなり言われても、あたしはポーションなんて作れません」
ヘンドラーの物言いに、姫はそう答えた。当然だが、姫がポーションを作れないというのは真っ赤な嘘である。
姫は、いずれ商業ギルドのお偉いさんにそう言われたときの断り文句として、先の言葉を用意していたのだ。
“ポーションは作れない”という言葉は捉え方としては複数あり、一つはポーションを作ることができないというそのままの意味だ。そして、もう一つの意味としてポーションを作れるが作りたくないという意味も含まれている。
姫がポーションを作れるということをひた隠しにするのは、以前にそれで手痛い思いをしたからに他ならない。しかし、相手もお遊びで来ているわけではないため、姫の言葉ではいそうですかと納得するわけはなかった。
「アラリスの街での出来事は聞き及んでいる。姫殿が貴族に目を付けられたのは、商業ギルドを通さなかったからだ」
「どういうことですか?」
ヘンドラーの話では、商業ギルドを介していない取引は手数料が掛からない分、姫が経験した権力者に目を付けられ易いらしい。
しかし、ギルドを介した取引であれば例え貴族だろと強権を行使できない。そもそも商業ギルドとは国とは関係ない組織体であり、仮に相手が国の王族であろうと権力に屈することはないそうだ。
もしもそのようなことがあれば、商業ギルドはその国から撤退し取引を行わなくなってしまう。そうなれば国にとっては大きな痛手となり、経済的な打撃は必至となる。
「その見返りとして、商業ギルドは取引金額の15%を手数料としてもらっているということなんだよ。だから、姫殿が前回アラリスの街でのような厄介事に巻き込まれることはないと約束しよう」
「でも……」
「ふむ、ではこうしよう。商業ギルドにポーションを納品してくれるのなら、相場の二倍の金額で買い取ろう」
「わかりました。やりましょう」
二倍の買い取りと聞いて、すぐに手のひらを返す姫。そのみがわりの早さにヘンドラーも面を食らってしまい、思わず苦笑いが出てしまう。
姫としても、薬草でちまちま稼ぐというのは嫌いではないが、やはり少ない労力で大金を稼げるに越したことはない。楽して儲けられる方が断然いいに決まっている。
それからヘンドラーと相談した結果、ポーションに必要な素材もギルドで用意してくれるということになり、今回はそれで話が纏まった。
そして、ギルドで薬草を受け取ると、調合のため姫は宿へと戻ることにした。
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