12話「急展開になったみたい」



 薬屋にポーションを売ったその足で、姫は再び薬草採集へと向かった。今回は二回目ということもあり、薬草の自生する箇所もなんとなく理解していたため、前回よりも大量に手に入れることができた。



 しかし、やはりというべきか発見が困難とされるレア素材マクレラ茸は見つからず、そのほとんどがメディク草やベノム草ばかりであった。



 薬草採集のあとは前回と同じ流れでポーションを作製し、その次の日に薬屋で売るという日々が続いた。



 その結果、六日間で五万ゼノという大金が手に入り、姫の異世界生活はとても充実していると言って間違いはなかったのである。



 ちなみに、ポーションはトルネルコ商会にも販売しており、だからこそこの短期間で大金を稼げていたのだ。



 そして、姫がこの世界へとやってきてから七日目の朝にそれは起こった。



「あたしにお客さんが? それも二人も?」


「はい、一階の受付でお二人ともお待ちになってもらってますが、どうしますか?」


「……ちなみに、誰かわかりますか?」


「そこまではわかりかねますが、一人はローブ姿の老婆で、もう一人は太った商人風のおじさんでしたよ」



 姫のもとに客がやって来たという情報を、いつも朝食ができたことを告げに来る従業員に教えられ、どういった人物か尋ねてみると、心当たりのある人物だった。



 どんな用事があるのだろうと、頭の中でしばらく疑問符を浮かべていたが、そのまま考えたところで何も変わらないことに気付き、客に会うため一階へと下りることにした。



 受付に行くと、やはり姫の心当たりのある人物の薬屋のおばあさんとトルネルコ商会を経営する商人のトルネルコだった。



 姫の姿を見つけると、すぐにこちらにやってきて用件を伝えてきた。



「姫様、今すぐこの街をお出になってください」


「はい? いきなりなんですか?」


「わしもそうした方がいいと思うさね」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。主語が抜けてて何が何だかわかりません。一度詳しく教えてもらえませんか?」



 二人が一体何の話をしているのか、訳の分からなかった姫は、詳しい話を聞くため事情説明を求めた。



 姫が詳しく聞いてみたところ、姫が作ったポーションをとある貴族がいたく気に入り、薬師の居所を聞いてきたとのことだ。なんとかその場では、製作者の居所はわからないと言葉を濁したが、それでも諦めていない貴族の様子から、姫に危険が及ぶと判断したため、二人がこうしてやって来たとのことだった。



(ちぃ、早くもこんな急展開になってしまったのか……想定していたよりもずっと早いじゃないか!)



 二人の言葉を聞き、姫は内心で舌打ちをする。姫自身こういった状況になることは想定内だったが、いかんせんその時期が少々早すぎだと考えていた。



 彼女の予想では、あと二週間ほどはポーション販売で生活資金を調達し、纏まった資金が貯まる頃によく効くポーションがあるという噂が広まり始めると踏んでいた。そして、その噂が広まり始める少し前から余裕を持って準備をし、次の街へ移るつもりだったのだ。



 だが、そうなる前に貴族に見つかってしまい、姫の立てていた予想を大きく裏切られる形となってしまった。



「ともかく、急いでこの街を出る支度をしてすぐに乗り合い馬車に乗んな!」


「で、でもまだなんの準備も……」


「ご心配なく。こちらのアイテム袋に旅に必要な物は粗方ご用意してあります。これを持っていってください」



 そう言いながらトルネルコが取り出したのは、姫が持っているポーチ型のアイテム袋とは異なるショルダーバッグ型のアイテム袋だった。



 どうやらその中に、野営用テントや保存食などの旅に必要な物資が入っているのだろうと姫は思ったが、出会って間もない自分になぜここまでしてくれるのかという疑問が浮かんだ。



「姫様とは短い付き合いでしたが、あなたはこの先何か大きなことを成し遂げる。私はそんな気がしてならないのです。もしまた再会できた時には、是非ともお話を聞きたいものです」


「トルネルコさん」



 そんな事を言いながら、トルネルコはアイテム袋を差し出してくる。姫の疑問が顔に出ていたらしく、彼女が問い質す前にトルネルコが答えてくれた形となった。



 それからすぐに部屋に戻り、荷物を纏めた姫は再び受付へと戻ってきて宿を引き払う手続きを終える。



「お前さんもいろいろ大変じゃろうが、元気でな」


「おばあさんも、お元気で」


「ささ、いつ貴族が追ってくるとも限らない。姫様、お早く」


「トルネルコさんもありがとうございました。この恩は忘れません」



 それから、すぐに街の入り口に向かい、そこで待機していた乗り合い馬車の御者に乗りたいという旨を伝え、ちょうど規定人数に達したため、そのままの出立となった。



 唐突なアラリスの街からの出立となってしまったが、二人の機転により貴族との厄介事を姫は回避することができたのであった。



 余談だが、姫を狙っているという貴族が、彼女がもうこの街にいないと知ることになるのは、それから二日後になる。






       ( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)






 姫が乗り合い馬車でアラリスの街を出てから三日が経過した。道中は何事もなく順調に進み、次の街まで残りの道程が半分の地点に差し掛かった時、それは起こった。



 いつものように馬を休ませるため、定期的に休憩が取られ馬車の乗客が思い思いの場所で座って休んでいた時、姫たちが今まで進んできた方向から馬に乗った数人の男たちが現れた。



 着ている服の雰囲気から盗賊の類ではないのだが、どこか焦っていることからただ事ではないことが窺える。



「この馬車に薬師は乗っておらぬか?」


「何事でしょうか?」



 馬に乗った一人の男が、馬車を引く御者に問い掛ける。御者としてはなんの脈絡もない質問に、何事かと聞き返した。するとそれは姫にとって顔を顰めたくなるような内容だった。



「我が主がその薬師仕えさせてやろうと探していたら、いつの間にやら姿を眩ませてしまったのだ。栄光ある貴族家に仕えることができるのだ。その薬師もさぞ幸せ者であろう」


「は、はあ、左様でございますか」



 男の言葉に御者は曖昧な返事をする。そして、その話を聞いていた姫は苦虫を噛み潰したような渋い顔を浮かべていた。



(じょ、冗談じゃわよ。誰が好き好んで貴族の家に仕えるもんですか! 貴族なんて有能な人材を飼い殺すアホの集まりでしょうが!!)



 姫は口に出さずにはいたが、その明らかな拒絶の態度は隠しきれていない。それでも、男たちの視界からは死角となっている場所にいたため、その態度に男たちが気付くことはなかった。



 それから、男が乗客に二つ三つ質問を投げかけたあと、この馬車は無関係と判断したのか、しばらくして走り去っていった。



 姫にとって幸いだったのは、貴族とその部下である男たちが、薬師が女性というのを知らなかったことだろう。



 これは、薬屋のおばあさんとトルネルコが、断固として姫の容姿や性別についての一切の情報を開示しなかったからだ。そのため、貴族側の持っている情報は優秀な薬師ということだけであり、それ以外の情報については何も持ち合わせてはいなかったのである。



 そのお陰で、姫は見事貴族から逃げおおせることができ、その後も見つかることはなかったのであった。



 そのことについて、二人には大きな恩ができたと感じた姫は、いつか必ず二人に受けた恩を返そうと心に誓うのであった。




   

        ( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)





 貴族の追っ手をやり過ごしてからさらに二日後、アラリスの街から馬車で五日の距離にあるリムという名の隣街に到着する。



 ようやく街に到着した安心感から、思わず姫の口からため息が出る。



 そのあと、御者と乗客に挨拶をして門の兵士にギルドカードを見せ、おすすめの宿を聞いてから街に入った。



 この数日間気が張っていたこともあって、肉体的にも精神的にも疲労していた姫は、さっそくおすすめの宿屋に向かう。



 宿に到着するとすぐに部屋を取り、ベッドにダイブする姫。宿代はアラリスの街よりも高く、食事付きで90ゼノだった。とりあえず、三日分の宿代270ゼノを支払うことにして、その日はそのまま眠ることにした。



「はあ、今回はなんとか逃げられたけど、もっと慎重に行動すべきだったかもね」



 改めて、目立つ行動を取るとどういうことになるのかはっきりと思い知らされた姫は、意識を手放す直前にもっと慎重に動くべきだと考えを新たにするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る