第33話 交わって
両軍のスタンドにいた選手がトンボを持ってグラウンド整備に向かう。彼らが整備をしている間、選手達は気持ちを切らさぬよう体を動かしたり、後半に向けた作戦会議を行ったりする。
相手のベンチはミーティングをしているが、僕らはというと──
「あと2回か、最悪次の回だな」
誰ともなく、終わりを意識した声が聞こえてきた。そのぼそっとした声が耳に入るほど、こちらのベンチは静まりかえっていた。
試合前にはぼんやりしていた圧倒的な力の差を目の当たりにして勝利はおろか、巻き返しを信じることさえ出来ないでいる。
どうすればいい。
自分に問いかける。
どうすればいい。
やってきたこと、やれること、やるべきこと、様々な思考が頭を駆け巡る。
どうすればいい。
現状を打開するアイデアが浮かんでは消えていく。それら全てが荒唐無稽な夢物語であると分かっているからだ。
どうすればいい。
「一人で野球するな」
声が聞こえた。自身の内側、からではなく外からだ。誰かが語りかけてきた。
「シンプルに考えろ。守備であれば目の前のアウトを、攻撃であれば一つでも先の塁へ。それだけでいい。そのために自分が出来ることを考えろ。無理そうなら他のやつに任せろ」
織田監督だった。そうして、一人一人の肩にそっと触れていく。言葉が頭の中に響いて、そしてそれは、体の奥底へと沈んでいくように感じた。
野球は9人でやるスポーツだ。個人競技としての側面も強く持つが、団体競技であることに間違いはない。何故か。それは一人で出来ることに限りがあるからだ。
「9人でアウト取ろう」
監督の言葉に真っ先に反応したのは森先輩だった。
「いやいや、そんなに人数いらないでしょ。全部俺のとこに打たせてよ、きっちり捌くからさ」
「エラーの可能性もありますから、三遊間は俺が前に出ます」
上杉先輩、前田がそれに呼応した。
「球足が速いので焦らずに、ガッチリ捕球してから送球しましょう」
「外野、返球は低くだぞ」
「暴投大魔神が何を偉そうに」
「だから気をつけるように言ってんだろ!悪い見本が言うんだから説得力あるっしょ」
皆が声を上げ始めた。一つにまとまろうとしている。あと一人、いや二人か。全員の視線が、自然と僕らに集まった。
そう、野球はピッチャーが投げなければ始まらない。だから試合を作ることも壊すことも出来る。でも、壊れそうなものを崩れないよう支えるのは野手の仕事。
そして──
「ピッチャーの責任を分け合うのがキャッチャーの仕事。一人で抱えるな」
羽柴瑞穂が本当のキャッチャーになる覚悟を決めた。
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