第32話 常勝軍団
野球の試合は通常9イニング制で、その間に勝敗がつかなければ延長に突入する。それも15回までとされており、尚も決着がつかない場合は再試合となる。
実際に、甲子園で引き分け再試合までもつれ込んだ試合はいくつかある。その中でも、試合、再試合の二試合を一人で投げ抜き、およそ300球をかけて勝利を手にした試合は球史に残る名勝負として今も語り継がれている。
しかし、この話は美談とされているが、同時に酷使という危険を孕んだ、いわば歪みとして警鐘を鳴らされている。投げれば投げる程に体にはその負荷が蓄積されていき、その後の成長に影響を及ぼすことも少なくない。体の出来上がっていない時期の体の酷使ほどその影響は大きい。
リトルリーグ肘はその最たる例である。簡単に言えば、投げ過ぎによるスポーツ障害だ。人によっては肘が伸びなくなる場合もある。
時代が進むにつれ、球児達の体を憂いて無理をさせないようルールが改正されるようになっていった。
ただ、競技そのものにおけるリスクはルールではどうしようもない。
野球ボールは大きく分けて三種類ある。軟式、準硬式、硬式というものだ。
高校野球、そしてプロ野球は硬式の野球ボールを使っている。もちろん、軟式ボールを使う高校野球もあるが、そちらは軟式野球として区別される。
違いは、読んで字の如く硬さである。最も硬いのが硬式ボールであり、そして最も危険なボールでもある。
体に当たれば骨折はおろか、当たりどころが悪ければ取り返しのつかないことにもなる。それを防ぐ一環として、5回終了時にはグラウンド整備が行われる。塁と塁の間を塁間と言い、そこを中心に内野の守備位置近辺をトンボという道具で
そのため、試合は一時的に中断となる。中断となれば、流れが切れるためその後の試合展開に変化が訪れやすくなる。
「次の回からも作戦に変更はなし。だが、雑になるなよ。大きくあった点差がひっくり返るなんていうのはよくある話だからな」
明神高校のベンチ前に選手が集まっており、その中心に恰幅の良い男性が話している。明神高校野球部監督、
「児玉。お前、さっきのはイエローカードだからな。もっぺん自分が5番に座ってる意味を考えろよ」
「はい!」
「それから猿田。イエローじゃなくても危険信号が灯りかけてるからな」
「分かりました」
言われて憮然とした表情を浮かべた。監督の指摘を受けてあからさまに態度に出せる胆力を怖いもの知らずと評価されている。
「どうだ。ここまでやって気になることがある奴はいるか?」
ぐるりと見回す。これといって反応はなかった。
「うん。今のところ怖さは感じないわな。相手さんは言っちゃえば烏合の集だ、個であるうちは恐るるに足らず。ただ、もし万が一まとまりを見せ始めたら面倒だから、早めに叩き潰せ」
優れた個であるばかりでなく、統率の取れた集団。それぞれが自らの役割を認識し、勝利というただ一つの目的のためにそれを全うする。ブレない基本理念。これが常勝軍団たる所以。
「今日は変化球を多く投げているから、残りの回はストレートを軸に押し切っていこう」
「オッケー。……何だよ」
恋女房の熱田から向けられる視線を感じ取った佐野が眉を顰める。
「いや、まだ緊張しているようだったからついな。力が入るのは良いが、入り過ぎは駄目だぞ」
まるで親のような物言いだと、笑みをこぼした。
「分かってる。でも、こればっかりはどうしようもないからな。なんとか乗りこなしてみせるさ」
佐野は自分が緊張しいであることを自覚している。克服するために力をつけようとして練習に明け暮れた。それでも、どれだけ練習をしても自信を持つことが出来ない。
自分はピッチャーだ。ゲームを作るも壊すも自分次第。ずっとそれをプレッシャーに感じていた。ましてや、勝つことが当たり前の強豪校なら尚更だ。
しかし、それでも辞めることを、そこから降りることはしたくなかった。乗り越えた先に何かがあると信じているからだ。
より強くより強く。
初戦はその気持ちが空回りして散々な結果になってしまったが、心が萎えることはなかった。むしろ、次こそはと闘志を燃やしていた。
そんな彼と3年間を共にしていた熱田は佐野が満足のいく結果が残せないと、自分のせいでもあると悔しさを滲ませていた。
熱田は今でこそチームの主軸として活躍しているが、初めは今と比べ物にならない程実力に乏しい選手だった。
それが体が出来上がってくるにつれ、徐々に頭角を表していった。弛まぬ努力と恵まれた体躯が彼を名選手へと導いたのだ。
己の才覚に、時間をかけて磨き上げた精神、技術、肉体の全てを乗せ、それを野球というスポーツに捧げてきた。
そんな選手達が集まった明神高校野球部は、弱小校を相手に野球の怖さを改めて知ることとなる。
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