第29話 戦場のダイヤモンド
「遅いぞ、何してた!」
控室に到着するなり、怒声を浴びせられた。
すみませんと謝罪をしながら、僕らは輪の中に入った。
「全員いるな。……俺は、勝負において絶対はないと思ってる。だからこそ、まさかというのが起こる。だが、それは勝手に起きるものじゃない。行動してこその結果だ」
静かな空間に、織田監督の声は小さく、集中していないと聞き漏らしてしまいそうになる。
それなのに、体が内側から震わされるような感覚に襲われる。
この熱に、僕たちは突き動かされてきた。2ヶ月やそこらではあるが、変化の途上にいるのは間違いない。
だが、歩き始めたばかりの雑兵に対するは、長い時間をかけて築き上げられた確かな土壌と確固たる自信を携えた将軍達だ。どう足掻いても勝ち目はない。
それでも、と思う。その牙は届かずとも、相手の目の色を少しでも変えることが出来たのなら、今よりもっと何かが変わっていくだろう。
前の試合が終わり、涙を流す選手達を尻目に僕達は準備を始めた。素早く体を動かし、自分の肉体とグラウンドの状態を確認していく。
案の定、皆どこか動きに硬さがあった。狂わせるのは、観客の多さ、球場の広さ、戦う相手、あるいはその全てか。
数え上げればキリが無いが、仮に実力を100%出せたとしてもまるで勝ち目がないことを、まざまざと見せつけられてしまった。
同じ高校生とは思えない動きだった。打球に対する一歩目、グラブ捌き、スローイングの正確さに肩の強さ……その全てが当たり前に行われていた。
これが強豪なのだ。頭では理解していても、いざ目の前にしてみると言葉を失ってしまう。
「おい」
と、野暮ったい声とともに白球が投げ込まれた。ギリギリでミットを出すことが出来たので怪我をすることはなかった。
取り損ねたボールを広い上げ、軽く文句を言おうかと前を向くと、織田がムスッとしていた。あぁ、これは怒ってるな。
「見惚れてんなよ」
そう告げると、あとは黙々と肩を作っていくだけだった。時折グラウンドに目を向けていたが、その視線はブレることなく敵を真っ直ぐ睨んでいた。
試合前ノックが終わり、プレイボールが間近に迫っていた。その間を沈黙が埋める。まるでこちら側のベンチだけが真空の中に閉じ込められているようだった。
「あの、さ」
躊躇いがちに森先輩が声をあげた。
言葉を探すように天を仰ぐ。皆が、その続きを聞こうと先輩を見つめていた。
「この試合は、答え合わせだって思うんだ」
ある者は怪訝そうに眉をひそめ、ある者はポカンとし、またある者はしばしの沈黙の後、小さな笑い声をもらした。
「んっ、と、つまりさ、なんか春に色々あって、結構変わったじゃん。こう、空気っていうか雰囲気かな?でも変わってから時間経ってないから──」
辿々しく紡がれていく言葉に、チームメイトの頭が追いついていく。
「時間経ってないけど、ちょっとは変わってきてるわけで、だから」
「どれくらい変わったのか、強豪を相手にすればハッキリ分かるってことっしょ?ていうか硬いよ」
上杉先輩が言葉を引き取った。森先輩の様子が面白かったようで、笑いながら肩を揉んだ。
「キャプテンが言いたかったこと理解出来た?……つまり、当たって砕けろってこと!」
「ちょっと違う気がする」
武田先輩が冷静にツッコミを入れた。
三人の軽快なやり取りが、空気を取り込んでくれた。重く張り詰めた雰囲気が、いつの間にか緩和されていた。
「とにかく、俺達に出来ることは全力を出すだけ!」
「ぶん投げたな」
「それな」
慣れないことをしたなと赤い顔を手で覆う森先輩。この空気が作れるのは、先輩の魅力だ。
「そういうことだ。後先のことはあまり考えず、その時々で自分が最善だと思うことを目一杯やり遂げてこい!」
監督が最後の檄を飛ばした。
審判団がホーム付近に集まっていき、集合の号令をかける。それを合図にして、両ベンチから選手が飛び出し、ホームベースを境界線にして整列した。
間近で見れば、体つきが違うことがユニフォーム越しでもハッキリと分かった。
しかし、呑まれている場合ではない。これから、目の前の相手とぶつかっていかなければならないからだ。
ダメで元々、ありったけの力を込めて──
「お願いします!」
グラウンドに響く両軍の声。
さぁ、プレイボールだ!
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