第28話 相見え
もしも試合前に選手同士が乱闘騒ぎを起こしたらどうなるのだろう。やっぱり両校出場停止?でもそうなると、その次の試合は不戦勝になるのか。
仮にそれが決勝戦なら、その前の試合結果からリセットというか、さながら敗者復活戦が行われるか。それが一番丸く収まる気がする。
待て待て、そもそも丸く収まってないからおかしなことになっているわけだから、不幸中の幸いというのが妥当だろうか。
そんな妄想を、この後戦うチームのエース同士が睨み合っているという状況でしてしまうのは、やはり女房失格だろうか。
二回戦は一回戦と同じく9時から始まるが、会場が近くなった分少しだけ余裕があった。
天気が良いため照りつける日差しが容赦なく肌を焼き、地面を熱する。
気温が上がりきる前に試合が行われるのはまだ運が良いと言える。
それでも、朝の早い時間でこの暑さだ。体力の消費は激しくなるだろう。
こういう時、何故キャッチャーというポジションを選んでしまったのかと後悔する。
その時、ふと思った。
織田は、ピッチャーをやっていて後悔をすることは無かったのだろうか。
野球はピッチャー主導の競技だ。ピッチャーがボールを投げなければ試合が始まらない。
つまり、それだけピッチャーへの依存度が高いと言える。
だから、責任を背負いやすくなる。
責任感の強さは性格からくるのか、ピッチャーやってたからそうなったのか。
どっちにしても、たくさんのものを背負っていたことには変わりない。
それだけ苦しい思いをして、辞めたくなったりはしなかったのだろうか。
織田の仏頂面も、実は苦労してきた証なのかもしれない。
「おい」
おっと、心の声が漏れていたかな。身構えていると、バッグを差し出してきた。
「トイレ行ってくる」
荷物を持っていてほしいということだった。 流石に緊張しているのだろう。心なしか、背中に張り付いた1番までもが強張っているように見えた。
「そろそろ移動するぞ」
少し経って監督の声が聞こえてきた。が、まだ織田が戻ってきていなかった。
ひと声かけてから、僕は彼の様子を見にトイレへ向かう。
腹を下したのか、それとも紙が無くて困っているのか、後者だとしたら面白いな…
生憎とそのどちらでもなかった。少し遠巻きに他校の選手と話しているのが見えた。知り合いでもいたのかな?
「おっ、どうやらお迎えがきたみたいだ」
僕のことに気付いたらしく、2人がこちらを見た。
織田くんと話していた人物の胸元には、明神の文字が書かれていた。
移動することを織田に伝え、会釈をしてその場を去ろうとした。
「君もレギュラー?」
明るい調子で話しかけられたので、微妙に引いてしまった。初対面の、しかも相手チームの選手にこの接し方には感心してしまう。
僕が戸惑いながら、はいと答えると一層にこやかになった。しかしその笑みの奥に、並々ならぬ敵意を感じた。
「そっか。まぁ、多分俺が登板することはないだろうけど、よろしく」
登板ということは、この人はピッチャーか。
というか、投げないことを敵に伝えていいのだろうか。余裕の表れか、まさか撹乱させようなんてことはしないだろうけど。
「あぁ、これは甘くみてるとかってことじゃないよ。客観的な判断をしただけだ」
「要は、エースが投げるほどのもんじゃないってことっす」
声の方を見やると、少し小柄だが気の強そうな神明の選手が歩いてきていた。
「だから、別に生駒先輩がアップする必要ないと思うんすけど」
後輩と思しき人物が呆れ気味に言う。生駒?
「猿田さ、この間のこともう忘れた?」
「あれは佐野先輩が悪いっす。格下相手にあんなに力入れることなんかないのに」
どうやら先輩の悪態をついているようだが、それにしてもなんと言うか、態度が悪いというか。
「お前はまだ一年だからな、今は大目に見ておく。でも、自分の発言には責任を持てよ」
彼も先輩として言いたいことがあったのだろう、言葉数は少ないものの厳しい物言いだった。
「甘く見てると噛みつかれる危険があるらしい」
「誰が言ったんすか?俺らに噛みつける奴なんてそうそういないでしょ」
「俺の妹が言ったんだから間違いない」
「シスコンの意見なんで参考になんないっすよ」
「妹を大切にしない兄はいないだろうが!」
「あ〜、はいはい」
適当にあしらわれる先輩とそれが当然のような態度を取る後輩。
強豪がどこも上下関係が厳しいというわけではないのだろうか。
「身内だからっていうのは少しはあるけど、佳穂の人を見る目は確かだぜ」
やっぱり、この人は佳穂ちゃんのお兄さんか。確かに、雰囲気とか目元の辺りは似てるな。
「さっきから好き放題言ってんな」
痺れを切らした織田が口を挟む。
「あれ、まだ居たんだ。そろそろ準備した方がいいと思うけど?体力を温存したいなら別だけど」
笑顔を向けてきたが、先程までとは違い、意地悪さのようなものがハッキリと表れていた。
対照的に織田の表情が険しくなっていく。すぐにでも殴りかかりそうだ。
大きく息を吸い何かを言おうとしたが、少し考えて、溜めた息をはぁっと吐き出した。
「舐めたこと後悔させてやる」
言って、一人控え室のある方へと歩いていく。
「馬鹿だな、それじゃあ俺達には一生かかっても勝てないぜ」
後を追おうとした僕の背後で、生駒兄がつまらなそうに呟いた。
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