第26話 決戦前夜―森光雄の場合―
チーム内分裂が起きるまで、まさか自分が重要な立ち位置にいることになるとは思ってもみなかった。いや、戦力的にというわけではなくて、人間関係が荒れていく中でのキャプテンっていうポジションは大事でしょ?……相談こそあんまりなかったけど、皆、言いたいことは色々あったと思う。一年生は特に不安そうにしてたよ。でも、段々と落ち着いてきて、今はギスギスした感じはほとんどないかな。練習でそれどころじゃないっていうのはあるけど。そうだね、ホント良かった。あと少しでこの大役ともお別れだなぁって思うと、身軽なような、寂しいような。別に負けると決まったわけじゃないよ!……あ〜、うん、凄く強い。試合の録画を見たけど、正直ちょっと心が折れそう。キャプテンなのにこんなに弱気じゃいけないのは分かってるけど……そうかな、強い方が良くない?強ければ、もっと楽しい気持ちが湧いてくるだろうし、それこそチームを引っ張っていけたりするし。って、ガラじゃないよね。言ってみただけだよ。それは俺の役割じゃない。引っ張れる人が引っ張ればいいの。出来る人は自然と出来ちゃうからね。武田はそういうタイプかな。不器用だけど、背中で語って、みんながそれについて行くタイプ。キャプテンには向いてると思う。タイミングかな?あいつは言葉数少ないから、あの状況だと苦しくなったよきっと。あと黙ってるとちょっと怖いし。その点、俺は周りに助けてもらえたし、笑顔には自信あるからね。だから、監督が俺をキャプテンに選んだのは多分人柄の部分だと思う。
森光雄はチームの精神的支柱になる。紅白戦や、その前の練習風景を見て、織田は確信していた。特別目立った何かがあるわけではない。ハッキリ言って、技術や身体能力においては平凡で、そこだけ見れば控えレベルでしかない。
けれど、本人がそれを自覚しそこから何をすべきかを判断する客観的視点と冷静さを持ち合わせていた。
個として優れていても、それがバラバラではチームとしては強くならない。必要なのは役割意識だ。状況に合わせた最善を選択する、あるいはしようとするのは中々に難しい。
思い描く理想像と、積み上げてきた自信、自己顕示欲、そういったものが目を曇らせる。森自身にもそれらはあるが、それさえも自覚しているように思えた。加えて、森の人柄である。本人の予想した通り、織田の人選のポイントはそこにあった。
嫌味がなく、角が立たないこと。これは関係性を構築する上では非常に重要である。特に、組織内の人間関係が荒れているタイミングでは、上の立場の者の立ち回りが肝となる。
立て直すも、逆に崩壊させるもその人物が大きく影響する。
本来その役割を担うのは監督やコーチなのだが、むしろ騒動を起こした張本人が監督なのだから、部員の中から選ぶしかなかった。
だが、既に相応しい人物が部内に居たのは織田にとって幸運だった。
さらに、森の細やかな気配りは、チームメイトの不安や憤りを中和するのに有用であると考えていた。
その狙い通り、彼がキャプテンに就任してからは不穏な空気は和らぎ、各人のコミュニケーションは一旦の落ち着きを取り戻した。
試合においても、ミスしたものや自分のプレーに納得がいかないものに積極的に声をかけメンタル面のケアに努めていたり、プレーでは淡白に終わっていく攻撃に粘りを生み出したりと目立たない部分での貢献度が高かった。
こういう選手はチームとしての機能が格段に向上させ、同時に相手からすれば厄介な存在となる。
「それに俺一人が活躍出来たとしても、それで勝てるわけではないから」
自嘲気味に語る森に
「まぁね。でも、目立った活躍じゃなくても、ミッツには皆助けられてると思うよ〜」
と、同じ3年生の上杉悠太は、電話越しにやんわりと話す。
「俺が見た中で、カバーリングが一番ちゃんとしてんのミッツだもん。ぶっちゃけ、皆適当過ぎ。自分の所にボールが飛んでこなきゃオッケーって思ってる」
「でも、皆一生懸命やってるよ」
上杉の言葉に棘があるのを感じた森がすかさずフォローを入れた。
「防げる点が防げなきゃ意味がないよ」
森の頭には不満げに話す上杉の顔が容易に浮かんだ。
守備に対する意識はチームの中で最も高く、そして安定感があるその守備力は比肩するものが無いほどだ。
そのグローブ捌きは、自由とも、適当とも言われている。しかし、それは型にはまらない動きである証であり、先輩や監督コーチからはキチンとした形で捕るよう何度も指導されてきた。
だが、上杉は自身に最適な形を選択しているに過ぎず、それがアウトを取れる確率が高いことを理解し、そして体現してきた。
口を出されることは多いものの、それを正面からねじ伏せにいくので、徐々にその指摘の数は減っていく。詰まるところ、勝てば官軍なのだ。
少数派はいつだって批判の的にされる。
だが、それで結果を出せば文句の言いようがない。反面、結果が出なければほれ見たことかとより一層の非難が待ち受けている。
だから、たとえ何と言われようと自分の意思を貫こうとする上杉の姿勢を、森は尊敬していた。
上杉の目にも、誰よりも周りを見て献身的になれる森の姿が眩しく映っていた。
互いが互いを認め、相手を尊重しながら同じ目標に進んでいくその在り方こそが協調であり、チームスポーツの根幹である。
明日、彼らは知ることになる。
洗練されたチーム、その集団の恐ろしさというものを。
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