第21話 偉業の内訳
スポーツにおいて最も脚光を浴びるのは勝者だ。
歴史に名を残すような名勝負であれば、敗者にもフォーカスされることはあるが、結局のところ、観客の心に刺さったかどうかに依存する。
個人競技であれば、視点は特定の個人に絞られるため印象には残りやすい。
翻って、団体競技はチームが勝ったかどうかが重要であり、個人の働き具合に関心を寄せるのは一部の人のみだ。大抵はその人の関係者か、スカウト、あるいはコアなファンというだけでしかない。初めて観た人の目を釘付けに出来るのは、よっぽど特別な人だけだろう。
ただ、分からない人にも伝わるものというのはある。数字だ。
生涯一度も数字に触れたことがない人はいまい。居たとしたら最早奇跡だ。しかし、そんな奇跡が起こりうる確率は、宝くじの一等を十回連続で当てるくらいのものだろう。
そもそも、宝くじには本当に一等があるのかさえ定かではない。実際に当たっている人はいるようだが、サクラという可能性もある。
いや、当たっていたら身の危険を感じることになるからそもそも大っぴらにはしないのか……
それを、当たっているかどうかの記録を他人に知らせるかどうかを決めることが出来るのは個人単位の出来事だけである。
公式の記録ともなればそうはいかない。
いくら運営に記録を公表しないように頼み込んだところで、訝しげな表情をされ、不毛なやり取りの末に残されてしまうのがオチだ。
とはいえ、公式記録、それも大会で残せる結果を残すことは困難なことである。
記憶に残すことの方がよっぽど楽だ。なぜなら、今やありとあらゆる映像を世に出せる時代だからだ。
中にはデジタルタトゥーを刻み込むことが名誉とばかりに思っている連中もいる。
その点、記録はある意味健全と言える。大会で渡される資料には、胸を張れるような成績しか記載されていないのだ。
野球において評価基準となる数字はいくつも存在する。
打率・打点・本塁打といった打撃部門に、勝率・防御率・奪三振数等の投手部門。その他、守備や走塁部門と、それぞれで一定の数値を上回れば優秀とされる。
そういった数字が歴代でも突出しているものが、綺麗に製本され、数年後の球児たちが目に見える形となって後世まで残されていく。
しかし、まさか――
まさか、身近なところからそんな記録を叩き出せる人間が現れるとは思ってもみなかった。
ノーヒットノーラン。
ヒットを打たせず、そして誰一人ホームを踏ませなかった時に用いる言葉だ。
似ているものでパーフェクトゲームというのがあるが、これは一人のランナーも塁に出さないことが条件だ。
ノーヒットノーランでは、フォアボールやデッドボールでランナーを出してしまっても、結果的にホームを踏ませなければ達成出来る。
六回のグラウンド整備が終わった後のタイミングでフォアボールを与えていなければ、それこそパーフェクトゲームの可能性すらあった。
たらればを考えてもしょうがないこととはいえ、あれほどのピッチングを見たことがない。
あんな投球が出来るのなら、強豪にだって負けないのではないだろうか。
そんな期待でチーム全体に浮ついた空気が流れ始めていたが
「これが勝負だ」
監督の顔はいつもより一層険しかった。
「初戦の相手との戦力差は、正直五分五分か、四対六で少し不利くらいに考えていた。だが、結果は5点差でうちが勝った。それどころか、ノーノ―をかますくらいで、内容的には圧勝と言える」
それなのに、何故そこまで不満そうな顔をするのだろう。
半円に並んでいる顔をぐるりと見渡すと、そんな疑問の声が顔に表れていた。
「何がいけなかったのか分からない、そう言いたげだな」
目が合ったものはぎくりとした様子で、僅かに視線を逸らした。
その他にも、少しだが強張っているのが分かった。心当たりがあるのだろう。
「まず、今回の勝因だが、ぶっちゃけ八割は相手に救われたと言っていい」
え!?という声が漏れ出た。
監督に向けられた視線に、そいつはっとして口を押さえてからそれ以上言葉を紡ぐことはしなかった。
「意外か。まぁ少し大げさにいったかもしれんが、それくらいの差が、あるはずのない差が、この試合において生まれてしまった。それは何故か。何がその差を生んでしまったのか」
問われたのは武田先輩だった。少しむつかしい顔をして、静かにその答えを口にする。
「油断だと思います」
正にと言わんばかりに深く頷いた。それに同調するように、皆がウンウンと首を縦に振る。
「油断大敵というやつだ。高校野球はトーナメントの一発勝負だからな、先を見据えて、出来れば力は温存しておきたい気持ちは分かる。ただ、それは目の前の勝負に勝ってこそだ。勝たなければ次はない。その力の抜きどころを見誤ると、今回のような結果を招く」
確かに、向こうのスタメンは背番号が2ケタの選手ばかりだった。もちろん、番号の大きさと実力がマッチしないこともあるが、1ケタが実力的にレギュラーであることが多い。
「つまり、俺たちはその程度で充分だと思われてたってことだ。何を見て判断したのか分からないが、まぁ分かりやすく実績だろうな。そこまではいい。その後だ、相手にとって致命的となったのは」
致命的という言葉には、背後を取られたようだった。
「実力を見誤った、何とかしないと……そう感じたときには、すぐに修正をして総力戦で挑むべきだった。しかし、そうしなかった」
確かに、彼らは少しずつ番号が変わっていった。もしかしたら、記念に試合に出してあげようとか、そういう配慮があったのかもしれない。
「チーム事情は知らないから何も言えないが、確実なのは、焦っていたということだ。浮足立ったままでまともにプレー出来るわけがない。実際、つまらないミスが多かった」
サインミスや、外野のチャージ、クッションボールの処理、カバーリング……データには表れないエラーというものがある。
「そういう一つ一つが局面を左右することだってある。だから、練習の間にそのミスの可能性を潰しておかないといけない。強豪はその小さな穴を見逃さず、ここぞとばかりに攻め立ててくるぞ。その上、自分たちはその隙を見せない」
どこが穴になるかを知っている。知っているから塞げるし、敵がそこを空けていたら広げにかかる。
「その隙を見せないようにすればするほどそこに意識は割かれ、結局別のところが疎かになる。でも、これは一朝一夕でどうにかならない。その辺りは練習でも口をすっぱくして言ってるが、まぁ、体感するのが一番早いわな」
どこをどう攻めたら苦しくなるのか、それを身をもって味わって、そして学んで来いと、監督は言う。
「もちろん、最初から負ける気でいたら初めから勝負になんねぇからな。そこははき違えるなよ。自分と相手の力量差を正確に測りつつ、その上で、自分たちにやれることをやる。ってわけで具体的な反省は……学校戻ってからかな。帰って、飯食って、ミーティング。いいな」
うちにも攻守でミスがあったし、個人でもチームでも出来るだけのことはしておきたい。そういう意思が全員から感じられた。
ほんの僅かな期待と、大きな不安を胸に帰りのバスに乗り、次の勝負に思いを馳せる。
2回戦の相手は第一シードの明神高校。
甲子園常連の超強豪校だ。
そして僕らは思い知る。
本当の勝負とは、強さとは何かを。
一人で強くなるには限界がある、その言葉の真の意味を。
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