第18話 遠く、遠く

「運が良かったんです」

何気なくテレビを見ていた時、とあるスポーツ選手が、インタビューに対してそんな風に答えていた。

その人曰く、夢は頑張れば叶うわけではなく、確実に運というのも関係してくるのだそうだ。ただ、その運を引き寄せられるかどうかは、自分が毎日どのように過ごしているか、夢に対してどれくらい真摯でいられるかで変わってくると。

「自分には特別な才能があったわけではないけれど、夢を叶えたいという気持ちは誰にも負けなかった。だから、いい人にも巡り合えたけど、もしその出会いがなければ今の僕はいない。もし、叶えたい夢や達成したい目標があるのなら、諦めないで最後まで頑張ってほしい!」



「皆、ごめん!」

何故そんなことを思い出していたのかというと、こんなメッセージが、森先輩から野球部全体に向けて送られてきたからだ。

そして、続けざまに1枚の画像が送られてきた。

開くと、野球部全体に向けてある写真が添付されており、見るとそれは夏の大会の組み合わせだった。小さい字で細かく枝分かれしたトーナメント表から高校名を見ていくと、左上に我が戦場ヶ原高校を見つけた。

それで、ごめんというメッセージの意味を理解した。

抽選は運だ。それ以外には何もない。つまり、日頃の行いが良ければ運は味方してくれるというスポーツ選手の言葉が必ずしもそうであるとは限らないことを証明したということだ。

僕は森先輩ほど気配りが出来て、相手を尊重できる人を見たことがない。

グラウンド整備はもちろん、ベンチ内の掃除や、学校内の掃除も積極的に行っている。他にも、困っている人がいれば手を貸したり、喧嘩している人たちの間の仲裁をするなど、なかなか真似できないことを簡単にやってのける先輩だ。

加えて、常に相手を尊重し、思いやる人柄のため、人望が極めて厚い。

そんな森先輩が引くのであれば、幸運とはいかないまでも、それなりに良い所にはなるのではないかと考えていた。だが、そう都合よくはいかないらしい。

むしろ、そんな僕らの楽観的な考えを見透かして、神様が嫌がらせをしているようにさえ思ってしまう。

「Aシードの山引いちゃったの!?」

朝倉コーチもこれには驚いたようだった。

シードは、それぞれA,B,C,Dの4つがあり、シード同士は最短でも準々決勝までは当たらないようになっている。各シードとは、3試合のうちのどこか1試合で戦うことになるが、どこで当たるかは運次第。遠くなればなるほど、シードの高校とは当たる確率が下がりやすくなる。

もっとも、シード校が勝ち上がるのは順当と言われるだけあって、そこら辺の無名校に負ける確率は限りなくゼロに近いのだが。

このシードは、春の大会どこまで勝ち上がったかで決まる。つまり、Aシードから強い順になっていくのだ。ただ、これはあくまで春の段階での話なのでそう簡単なものではないが、強いということに変わりはない。

「しかも、AはAでも明神か・・・」

明神めいじん高校は、甲子園常連の強豪校である。正直言って、漠然とというくらいしか分からない。

「確かにすぐ近くにとんでもない強敵はいるが、まずは1回戦を突破しないと話にならないことを忘れないでね!」

「1回戦どこ?」

清風せいふだって」

「知らね~」

「確か偏差値51とかそんくらい」

「野球強い?」

「あそこは男バスが強かった気がする」

「女子の制服はかわいい」

「キモ、なんで知ってんだよ」

「変態」

「でも、制服は大事だよな」

「俺ブレザー派」

「考えたことね~」

「さ、抽選が決まったってことは、それだけ時間がないってことだからね!キビキビやるよ!」

朝倉コーチが言う通り、残された時間は少なく、大会までは1カ月を切っている。

大会に向けて、野手陣の練習メニューも本格的になってきていた。全体練習の目的は、あらゆる状況下でのプレーを想定し、いざ本番になった際に慌てないようにすること。

そして、チームの意志を1つにするためであることが伝えられていた。

大会が近づくにつれ、全体の熱が高まってきている。

にもかかわらず、僕の中の温度にはあまり変化を感じない。胸の奥に、わずかながらくすぶっているものがあるとは思う。だが、それだけだった。

火がついていないことも、それに対して少しも焦っていない自分も、だけでしかない。

彼の中には、きっと炎が燃え盛っているのだろう。いったいいつから燃えている?どんな薪をくべている?

遠くに見えていた背中を見送りながらそんなことを考えていたが、気づけば別の思考が頭を支配していた。

僕の力はきっとこんなものだろう。

彼にはいつまでも追いつけないままなのだろう。

僕の耳には、硬いアスファルトを叩く音だけが聞こえていた。

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