戦場のダイヤモンド

桂亮太

第1話 野球という競技

「確実に殺せ。死ぬ気で生きろ」


これが、我が戦場ヶ原高校野球部のチーム方針である。

物騒な響きではあるが、ちゃんとした理念である。

曰く、野球という競技は戦なのだそうだ。

「アウトにすることを仕留めると表現するし1死と書く。また、1度に2人をアウトにすれば併殺と表記する。ランナーが帰れば生還し点が入る。他にも、盗むとか挟殺とか、球技とは思えない言葉ばかりだよな。つまり、野球は命の取り合いなんだよ。・・・だから、本気でりにいけ」


最初からこうだったわけではない。むしろ、平和という言葉の方がしっくりくるくらいだった。

部活動は、安穏としながら、そこそこ一生懸命に取り組むもの、というのが多くの学生の共通認識であろう。

適度な勉強、適度な部活、適度な人間関係。

それが、入学前に思い描いていた高校生活だった。

でも、生きていれば、思い通りにいくことばかりではない。そんなことは百も承知だ。例えば、勉強。

中学までの勉強量と熱意のままでは、高校の授業についていけず、テストの点数は下がっていく。勉強の難しさや周りのレベルが上がっていくのだから当然だ。だが、勉強に対する意識は勝手に変わるわけでもなく、何もしなくても他の人が手を差し伸べてくれるなんてこともない。

大人になっていくとはそういうことなのだ。自分でやらなければ何も始まらない。今の僕は、それを声を大にして言うことが出来る。

人間関係もそうだ。自然と仲良くなることはある。でも、それはきっかけがあって初めて起こる現象なのだ。そういう機会は徐々に減っていくし、そのチャンスが巡ってきても、やはり行動を起こさなければ人間関係の構築さえままならないだろう。

話してみなければお互いにどうすればいいか分からない。分からないから相手に働きかけることが出来ず、そうして関わらないことが当たり前になっていく。

言葉にしても分からないことは多いが、黙っていれば分かるようになるわけではない。むしろ、言わなければもっと分からないものなのだ。

「聞いてるか?」

僕の相棒が聞いてきた。力強く、まっすぐな目でこちらを見ている。

「しっかりしてくれよ。お前の力が頼りだからな」

その言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。

「何笑ってんだよ」

頼りにするという発言は、いくらか自然になったとはいえ、まだ不慣れな感じがして、妙におかしかったのだ。

「失礼なこと考えてるだろ」

心を読まれたようだった。さすが、1年間バッテリーを組んだだけのことはある。

以心伝心ってやつなのだろうか。

「まぁでも、びびってはいねぇみてぇだな。安心した」

その表情からは充分な気合が感じられた。いや、試合前に気合が入っていない人間は、今のこのチームには誰もいない。

皆、目の前の敵を叩き潰すことを真剣に考えている。

こんなにチームがまとまるなんて、去年の様子をみれば想像も出来ないだろう。

あの時からだ。僕の、いや僕たちの高校生活が変わったのは。

適度な部活なんて言葉が懐かしく響く。

あの時、監督は言っていた。

本気になってみろ、と。

全力だから味わえる楽しさがある。

真剣だから感じる喜びがある。

それを知れたのは、間違いなく、この兄弟のおかげだろう。

でも、まだ感謝の気持ちを口にするのは早い。なぜなら、まだ終わっていないのだから。今の僕たちが考えることはただ1つ。

「勝つよ」

「当たり前だ」

僕と勝義がグローブとミットを合わせると同時に、集合の合図がかかる。


さぁ、戦の始まりだ

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