バースデーイヴ

水無 月

第1話

 俺は今、親友を組みいている。

 俺の下で彼の顔が強張こわばっていくのを見ていると、時期じき尚早しょうそうだったと理解した。


 高校一年生を終える春休み。

 今日は彼の十七歳の誕生日の前日。

 彼を俺の家に呼び込んだのは、純粋に彼の誕生日を祝うためだった。

 なぜ『前日』なのかというと、誕生日当日の彼は『付き合っている彼女と二人きりで祝うだろう』という俺なりの配慮はいりょと、恋焦がれる彼の誕生日を『俺は覚えている』という彼への意志表示。


 俺の下にいる彼が顔をそむけた。

 明かりのいていない部屋の窓の外、落ちていく夕焼け空がカーテンの隙間すきまから広がる。

 彼の左耳だけに一つ付いたピアスに、夕日が反射した。

 今日はつやのある朱色しゅいろの小さな石が付いた銀色のピアス。数は持っていないようで、これの他には金色の小さな球のピアスぐらいだろうか。

 俺の目線の先には、緑がかった水色の小振りの紙袋。

 俺から彼への誕生日プレゼント。

 ひそかに始めたアルバイトの給料三ヶ月分で購入した。

 我ながら健気けなげというか、みついだなという自覚はある。

「それだけ俺は彼を想っている」と言えば聞こえはよいけれど、実際のところは自己満足の賜物たまもの

 紙袋の中は、白の太い大振りリボンを掛けた緑がかった水色の小箱。その中にはピアスが片方だけ。銀色の小振りのフープピアス。

 ピアスは片耳用ではない。もう片方は俺が持っている。

『俺と彼のそろいのもの』という訳。

 もちろん、彼に言うつもりはない。


 彼は誕生日には家族と過ごすことが多かった。

 今年こそ、俺は「彼と二人でいたい」と前から考えていた。

 ケーキもホールではないけれど用意しているし、それに立てるキャンドルも準備した。誕生日の歌だって、恥ずかしいけれど歌う。何より、俺の心を込めた(若干じゃっかん邪念じゃねんもある)誕生日プレゼント。

 俺は今日、本当に彼の誕生日を祝うつもりだった。

 けれど彼にプレゼントを渡す前に、俺は彼を押し倒した。


 家が隣同士で、幼稚園から今も一緒の彼と俺。幼馴染おさななじみの俺たちが、互いに親友と呼べる仲になるのは必然だった。

 俺たちが中学生だったある日の放課後。誰もいない教室で、彼が一人で泣いていた。

 今日と同じく、夕日が窓からし込んでいた。暖色の光をまとった彼はとてもはかなく、美しかった。

 彼を見つめながら「なぜ泣いている?」「誰がお前を泣かせた?」「なぜ、今、俺の胸の中にいないのか」「俺ならお前を泣かせたりはしない」と感情があふれ出した。

 この時、俺は同性で親友である彼に恋をしていることを思い知る。

 窓の外で沈んでいく夕日は、俺には彼が放つ光彩こうさいに見えた。

 女神のような、天使のような。この時から、彼が俺にとって『親友』ではなく、『特別でとおと唯一ゆいいつの存在』になったことは間違いない。

 彼を見ているだけで鼓動こどうは速く、体中からだじゅうへと熱がびていく。

 初めての体験だった。

 その時の俺は、目の前にいる彼に触れたくてたまらない衝動をおさえることに尽力じんりょくした。

 俺の存在に気付いた彼は、涙をぬぐい隠してさびしげに笑った。

 教室を出てからも、彼は何ごともなかったかのように振る舞うから、俺は何も聞けなかった。

 あの日から、俺は彼の涙を見ていない。

 彼が泣いていた理由は、今も分からないまま。


 高校に入学する春になった時、彼は綺麗きれいだった黒髪を茶色に染めた。

 彼の心境に変化があったことは考えるまでもなく、俺は指通りのよい彼の黒髪にもう触れることもできないと、一人、手の平をにぎった。

 夏を迎えた頃には、彼には『彼女』という存在がいた。

 長続きはせず、彼は次々と違う女の子と交際、別れを繰り返す。

 いつ頃からだろうか、彼も俺も『彼の彼女』についての話をしなくなった。……今は十人目あたりか。

 彼の行動には、正直、疑問をいだいている。

 俺の知る限りの彼とは、随分と違っているから。

 昔から肌が白く、今も俺より小さい彼は、幼い時には人見知りが激しかった。初めて会った頃の彼は、いつも母親の後ろに隠れていた。互いに親しくなった後も、彼は彼の二つ下の弟と俺以外の人の前では内気なところがあって、この頃から俺にとってそれが『特権』のようになった。

 近所に住む二つ下の男の子が彼の弟と仲よくなって、俺たちは四人で遊ぶようになる。それでも、俺たちにとって弟のようなその子たちを除いても、彼にはまだ俺だけだった。

 けれどそれも、中学へ上がる頃には薄れていく。

 彼はいつしか積極的に俺以外の友人と親しくなり始めて、次第しだいに俺とは距離ができ始めていた。

 俺は必然的に彼以外の友人と過ごすことが増えた。

 今思えば、彼が教室で一人泣いていたのは、その頃だった。


 そして去年、冬が来た頃。彼は突然、左耳にピアスを一つ開けた。

 俺が「開けたんだな」とさり気なく話題を振ると、彼はなぜか頬をあからめてうなずいた。

 俺には衝撃以外の何ものでもなかった。彼の耳元で光るピアスを目にする度に、目の前にいる彼が知らない人に思えて、今も心臓は締めつけられるように痛む。

 それでも、彼はいつもと変わらない笑顔で俺を見るから、俺は彼に微笑み返すしかない。

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