銀木犀の花のように
るら
プロローグ――Age12
鏡の前でニィっと笑ってみる。
前に何かの本で人は目より口が先に笑う、って聞いたからそれも意識してみる。
噓くさくないように、心の底から笑っていると思われるように――。
「よし」
そばに置いてあったランドセルを背負って玄関の方に走る。靴を履く。
「行ってきます!」
家の中に向かって大きな声を出した。
少し冷たい秋の風が、耳の横を通り抜けた。
別に笑うことができないとか、そういう訳じゃない。そんな、物語の中でよくあるような設定は私にはない。
むしろ、くだらない友達との会話も、しょうもない下ネタも大好きだ。クラスの中では割と笑っている方だと思う。
だけど一つだけ、どうしてもついていけない話題があるのだ。
「海乃、昨日の夜何見てた~?」
「あー昨日は本読んでた」
「マジメじゃん! あっ藍は何見てた?」
「昨日はアメトークかな~まじあれは神回だった」
「わかる! 最後の方本当に笑い止まらんかった」
七穂と、七穂に話しかけられた藍はそんな会話をしながら二人だけで教室の中へ進んでいく。バラエティの話題に乗れない私は置いてけぼりだ。
もちろん、二人に悪気がないってことは分かってる。
私のことを親友だと言ってくれた七穂だって、テレビの話ができない私よりも藍と話したいはず。中学受験の為に毎日塾で頑張ってる藍だって、学校くらいでは楽しく自分の好きな話をしたいはず。
だから、それを私が寂しいと感じるのは違うことだと、そう頭の中で呟いた。
「んふふ、お前まじ最高」
藍が笑っている。片手に持っていたお椀を机に置いて、腹を抱えて笑っている。そんなに凛の言ったことが面白いらしい。
通路を挟んで藍の隣の席の七穂も、その斜め前の梨沙でさえ、給食を食べることを忘れて笑っている。
だから、私も笑う。
本当は、凛が何を言ったかなんてよく聞こえなかったんだけど。まあ多分、お笑いとかのモノマネだろうから聞いてても分からないんだけど。
だって、浮きたくないから。話の通じないつまらない奴だと思われたくないから。
六年三組は楽しいクラスだから、私もずっと楽しんでたい。七穂も藍も優佳もゆづも皆、仲良くしてくれてるから、こんないい場所を手放したくない。
だから、朝練習をしたみたいに笑うのだ。
体をよじらせて手を叩いて、精一杯の、すごく面白いと思っているような笑顔で、笑っているフリをするのだ。
これが私の毎日だったし、そこに不満なんてなかった。
というか、そうするのが一番だって思ってた。誰かに嫌われることもないし、誰かに気を使わせることもなし、私が笑うことを頑張ればいいだけだから超ハッピーだって、本当に思っていたのだ。
横から、凛の声が聞こえるまでは。
「慰めてくれてるの?」
凛は確かにそう言ったのだった。
息が、止まった気がした。
私は、慰めていたの? 面白さが分からないのに笑うってそういうこと? ていうかなんで七穂も藍も気が付かないのにどうして仲が良い訳でもない凛が気付いているの?
や待て待て待て、凛が私に対してさっきのセリフを言った訳ではないじゃん? 違う人に向けていったのかもしれないじゃん?
恐る恐る、凛の方に首を向ける。これで私の方を向いていたら嫌だなとか思いながら。
「ね、牛さん」
凛太は私の方を向いていなかった。牛乳パックを見ていた。牛乳パックに印刷された牛の絵に話しかけていた。
「…………」
訳が分からない。
でも、なんとなく安心している私がいた。なんとなくショックな私もいた。
訳が、分からない。
私はいつの間にか笑うことを忘れていた。
皆はまだ笑っている。
笑っている最中は、案外他の人が笑っていなくても気にならないのだとその時初めて知った。
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