第13話 聖女の力

 

「母上は?」

「お妃様も様子見に賛成しておられましたね。……というか、アリス様の愛らしい姿に人が変わったようになっておりまして」


 会うのが怖いな。


「ハルスは? 体調に変化は?」


 主に毛的なもので。

 ハルスは気管が弱いから、動物の毛って心配なんだが。


「聖獣アリス様に光魔法を学んでおられます」

「そ、そうか。やはり聖獣ともなると普通の動物とは違うのだな」

「はい。なんでも魔石浄化の話をしたところ、『祝福』を進化させればよい、という話をされたそうでして」

「あ、待ってくれ。ちょっと心の準備をさせてくれ。とりあえず胃薬」

「こちらにご用意してございます」

「ありがとう」


 胃薬を飲む。

 朝食の途中だったが、少しは食べててよかった。

 これ、食後だから。

 よし、現実逃避と胃薬は飲んだ。

 効きはまだだが、あとからくる痛みはこれで軽減するだろう。

 さあこい!


「それで? 『祝福』を進化させるとはいったいどういうことだ?」

「『星祝福ステラ』という聖女の力を用いれば、その先百年は浄化が必要なくなるそうです。さらに、『星祝福』で結界を張り、その中に浄化済みの魔石を置いておくだけで魔石は穢れを溜め込まなくなるとのこと。『星祝福』で張られた結界は、聖樹を中心に拡げることが可能であり、聖女が存命ならば何人も結界を破壊することは叶わない——とのことでした」

「…………」

「リ、リット様!」


 ギリリリリリッ、とキターーーー!

 やばい、今のはかなりやばい。

 今までの胃痛の中でもトップの痛み。

 ごめん、むり。


「い、医者呼んで……」

「すぐに!」


 バタン、と慌ただしくジードが出ていく。

 あー、イダダダダダァ……。

 これはしんどい、マジで胃に穴が空いてたりして、アハハ。


「伝説の力……『星祝福ステラ』……。マジか……」


 信じがたい。

 邪樹の森にて世界が分断されているこの時代、そんな伝説級の力がよりにもよって我が国に舞い降りたというのか?

 いや、まだ目覚めてはいないのだろう、あの口ぶりから。

 だが、目覚める可能性がある。

 聖獣アリスと聖樹はすでに我が国の中心に在るのだ。

 フォリアが……聖獣アリスに認められて『星祝福ステラの聖女』となったなら、帝国とシーヴェスター王国は黙ってなどいないぞ。

 帝国はエーヴァス公国同様、邪樹の森と隣接している上、うちと違って聖樹を持たないから魔物の被害は大きい。

 うちの国は今、魔石浄化のできる『祝福』を持つのがハルスだけで、魔石道具がほぼ使えない状態だがフォリアと聖獣アリスが加わったことでこちらは今後改善していくだろう。

 では、帝国は?

 同じく魔物の被害が大きいということは、魔石道具も豊富であるということ。

 帝国の方でも『祝福師』が不足していて、魔石道具が使えない状況だとしたら最悪、エーヴァス公国はフォリアと聖獣アリスを狙われて——戦争を仕掛けられることも考えられる。

 シーヴェスター王国側としても古の聖女の復活は黙って見過ごせるものではない。

 なぜなら、シーヴェスター王国の前身となる旧ルシエーズ王国は古の聖女を迎えて繁栄した国。

 旧ルシエーズ王国により、人間、獣人、エルフ、ドワーフ、有翼人、地底人の六種族の交配は進み、人類と世界は今の形の基盤を作ったとされる。

 ——と、まあ、旧ルシエーズ王国の話はともかく、その後身であるシーヴェスター王国は当然ながら聖女信仰が根強い。

 我が国を一国の“公国”としたのにも、聖樹があそこにあるから、というのも大きな理由のひとつなのだ。


「はあ……。……いててっ」


 胃が痛い。

 本来は『王国の盾』『国という要塞』の役割しか持たない我が国に、聖獣を蘇らせる乙女が現れた。

 と、なればシーヴェスター王国はエーヴァス公国を取り込みにかかる。

 どちらに転んでも——この国は——……。


「リット様! お医者様です!」

「大丈夫かリット!」

「お医者様は!?」


 ジードが連れてきたのはフォリア。

 なんでも聖獣の力で治癒魔法が使えるようになったそうだ。

 で、最初の被検体を俺にしたいと。

 いや、厚意なのはわかりますが、俺で試そうとしないで?


「いだだだだだだだっ!」


 などと思ったらまた強烈な胃痛。

 いや、ほんと待って?

 フォリアが『聖女』らしい力を開花させればさせるほど、この国の運命が……。


「大丈夫だ、リット! すぐ楽にしてやるからな!」


 フォリアさんよ、言い方ぁ!


「アリス! いくぞ!」

『仕方ないね、いいよ!』

「え、あの、待っ……」


 なんでそんなよくわからないポーズ取るの?

 しかも気合の入り方がちょっと強めすぎない?

 え、怖い。

 俺どうなっちゃうの?


「聖なる輝きよ、かの者を癒せ! 『星祝福』!」

「!?」


 ぽかぽかと、降り注ぐ光。

 あたたかくて、心まで癒えるようだ。

 けれど、今の呪文……。


「『星祝福ステラ』……? まさか、伝説の聖女の力……?」

「どうだ? リット、痛みはなくなったか? アリスに使い方を教えてもらった治癒魔法だぞ!」

「……あ、やっぱりそうなのか……うん……」


 伝承の——聖女の力。

 心配そうに覗き込むフォリアは、本当に、きっと俺のために使えるようになってくれたのだろう。

 だからそれは、それは嬉しいんだけど……。


「ごふ……」

「え」

『え』

「リ、リット様ーーー!?」


 ストレス性には一時的にしか効かんみたいね。

 口からちょっとだけ血ぃ出たわ。

 ちなみにあとから来たお医者様には無事「胃に穴が空いてると思われます」と胃診断を受けた。

 やっぱりな。

 丸一日安静を言い渡された。

 でもそんなこと言ってる場合じゃない。

 フォリアが『聖女の力』を得たなら、やるべきことが増える。

 準備しなくては。

 フォリアとこの国を守れるように……。

 そうして仕事してたら全員に叱られたんだが、なんで?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る