第10話 この国でしたいこと

 

 そして気がつけばジードの淹れてくれたハーブティー、五杯目に突入。

 やばい、時間が経つの早い。

 早すぎる。

 まだ半分しか終わってない……。


「リット様、そろそろ夕飯の——」


 と、ジードが告げた時、執務室の扉がノックされる。

「リット様」という女性の声は、クーリーのものではないか。


「入れ。どうした?」

「失礼いたします。申し訳ございません、執務の最中に……フォリア様がお帰りになられましたが……その……」

「うん?」


 クーリーの少し言いづらそうな空気。

 なんだろう、今日のフォリアはバジリスクを単身撃破と絶好調なのでは?


「! まさかどこか怪我でもしていたのか!?」

「いえ、フォリア様は無傷でおられます」

「あ、そう……」


 バジリスク単身で無傷ってそれはそれでやべーけどなぁ……。

 って、無事ならそれでいいじゃないか。

 じゃあどうしたんだ、と首を傾げると——。


「実はバジリスクと戦って倒した直後、最後の力とばかりに【石化の魔眼】を使われまして」

「怪我はなかったのだろう?」

「はい。お持ちの剣で受け止められまして……。しかし、その際フォリア様が持参された剣が折れてしまいましたの」

「なんと……」


 そして帰ってくる途中、城の近くの『アリスの丘』で「ちょっとだけ一人になりたい」と座り込んでしまったそうだ。

 つまり、フォリアは今一人……ということ。

 仮にも俺の妻なのだが?

 一人にしてくる? 普通。

 なんのためにクーリーをつけたと思ってるの?

 おお、マジか。


「いっ……」

「だ、大丈夫ですか、リット様っ」


 ギリリリリッとキターーーー!

 痛い痛い痛い!

 めちゃくちゃ胃にキたコレ!

 あぅぐぐぐぐぐぐっ!


「も、申し訳ありません! で、ですがあの……」

「い、いや、いい……。ジード、俺は少しばかり散歩してくる。お供は不要だ。そういえば今日、一度も休憩してないからな……」

「あ、は、はい、そ、そうですね」

「夕飯の準備を頼む……今日は隣の部屋で摂るから……一応二人分な」

「! かしこまりました」


 執務室を出る直前、壁にかけてある自分の剣を取り、腰に下げていく。

 ちなみに胃を押さえっぱなしである。


「さて、と」


 城から出て徒歩五分。

 城下町と隣接する丘が『アリスの丘』だ。

 アリスとは、古の聖女が持ってきたぬいぐるみの名前。

 召喚された聖女はぬいぐるみに聖なる力を注ぎ込み、聖獣として使役したと言われている。

 そして、聖女が世界を浄化し尽くしたあと、この場所に埋められた。

 ……死を迎えたのだ。

 ぬいぐるみが、聖なる力で聖獣として命を与えられ、死んだ場所。

 だからここは、墓だ。

『アリス』は巨大な聖樹となり、邪樹の森からこの国を今も守り続けている。

 ただ、その力は決して強いわけではなく、邪樹の森がこれ以上広がらないように、押し留める力。

 だから魔物は平気で国内にも、さらにその先のシーヴェスター王国にも現れる。

 仕方ないことだ。

 邪樹の森がこれ以上広がるよりはずっとマシだからな。


「フォリア」

「!」


 そして、そんな伝承のことなど知らないのだろう、フォリアが聖樹の根本に膝を抱えてうずくまっていた。

 声をかけると、膝から勢いよく顔が上がる。


「あ——」


 息が止まった。

 胃の痛みも奇跡的に、その瞬間気にならなくなる。

 そのくらい衝撃的なものを見た。

 フォリアが泣いていた。

 抱えていたのは膝だけでなく剣も。

 鞘に入ってはいるが、折れた剣とはこれのことだろう。

 昨日使っているのを見たから。


「剣が折れたと聞いた」

「あ、う、お……う、うん」


 問答無用で隣に座る。

 剣を抱き締め直して、涙も拭う。

 ああ、けど……まだ十八の女の子であることに変わりはない。

 来たこともない国に突然来て、不安だったから無理に元気に振る舞っていたのかも。

 剣は——彼女を守る盾でもあったのかもしれないな。

 なるほど、それが折れればそりゃ泣きたくもなる。


「この剣は、お父様がくれたんだ」

「え、そうだったのか? それは大切なものが壊れてしまったな」

「うん、いや……」


 と、歯切れ悪く押し黙る。

 こういう時は根比べ。

 彼女が話し出すのを待つ。


「……リットは、シーヴェスターで会った私の両親のことを覚えているか?」

「え? ああ、まあ……」


 表向きはまともそうな両親だったな、と思う。表向きは。

 母親は美人で優しそうだったが、父親は気が弱そうに見えた。

 あの両親、どちらも優しそうな顔立ちで、フォリアのように獣人の血を引いてるようには思えなかったが。


「実はな、一緒にいたお母様は後妻なんだ。お母様はシーヴェスター王国の侯爵令嬢で、お父様はすっかり言いなりでな。私と私の産みのお母様は馬小屋の横の倉庫に追いやられて、そこで生活していた」

「え? ……は?」


 なんで?

 純粋に疑問が口から出た。

 フォリアの家は辺境伯のはず。

 なぜシーヴェスター王国の侯爵家がそんなことを?


「なんだか難しい話をしてたからよくわからない。でも、あとから来たお母様は子どもが産めないって言ってた。だからもう、跡取りのいる家に来たみたいなこと……」

「フォリアは一人娘ではないのか?」

「ううん、弟がいるんだ。二人。弟二人はお屋敷の方で暮らしていたし、あとから来たお母様は弟たちをとても可愛がってる。だから私も産みのお母様も、まあいいか、って、思ってた。弟たちが幸せならそれでいいかなって」

「ふーん」

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