第7話 エーヴァス公国

 

「えーと……」


 どうしよう?

 思ってたより深刻だった……俺の状況が。


「…………」


 でも、もう夫婦になってしまった。

 エーヴァス公国はシーヴェスター王国と違い側室の制度はない。

 世継ぎがいなければシーヴェスター王国から公爵位か、それに連なる者が来るので必要ないのだ。

 まあ、あとはちょっと異類混血種特有のつがい本能。

 一人と決めると、その相手以外と添い遂げたいと思わないようになる。

 エーヴァス家はドワーフ種の混血種だが、他にも獣人やら有翼人も入っているのでその気が強いらしい。

 ちょっと頭を抱えつつ、どう話せばこの獣人気の強いお嬢さんに伝わるかなぁ、と考えを巡らせる。

 大公妃らしい振る舞い……を、彼女に求めるべきか?

 それは——。


「…………。……うん、よし、わかった」

「?」

「フォリア、ひとまず城の方に行く。そこで今後の話をもう少ししよう。君の生活に関しての希望を、君の世話役に伝えたい」

「世話役……」

「うん。でも心配しなくていい」


 フォリアに付ける世話役は決まっている。

 俺たちと俺の両親、そして俺が三年間過ごした学生寮とフォリアの実家からの荷物を載せた、三台の馬車がエーヴァス公国城に無事到着。

 その後すぐに両親は着替えのために一言挨拶を交わして離れる。

 俺はフォリアを連れて、二階の廊下を進んだ。

 ジードにはフォリア専属の世話役としてクーリーをあてがう。

 客間に通して、長い馬車旅の中で話せなかった今後のフォリアの生活について話をしようと思ったが、その前に俺が帰ってきたことを聞きつけて弟が客間を訪ねてきた。

 ちょうどいい、これクーリーと同じくらい、まずはフォリアに紹介しておきたかったから。


「兄様、おかえりなさい」

「ただいまハルス。フォリア、紹介するよ。ハルスだ、俺の弟!」

「弟! おお、君がそうなのか! 私はフォリア・グランデだ! あ、今はリットと結婚したからフォリア……えーと」

「エーヴァスの家名を名乗って大丈夫だよ」

「フォリア・エーヴァスだ! よろしく頼む!」

「あ、は、初めまして、ハルスです。えっと……」


 ハルスが伺うように俺を見上げる。

 うん、多分もう城にも連絡が来ていると思うが、その通りだぞ。


「ああ、フォリア嬢だ。ミリーとその、交換になってうちに嫁いできた」

「ほ、本当にそんなことが……。兄様はそれでよかったのですか?」

「いいんだよ、俺は。それよりも、フォリア嬢に見てもらいたいものがある」

「む?」


 ジードが持ってきてくれたのは布に包まれた魔石。

 ハルスの負担になるのであまりやりたくはないが、見せた方が早い。

 目で合図をすると、ハルスはその石の上に手をかざす。


「光よ。かの者に祝福を授け給え」


 両の手のひらから溢れた光が魔石を浄化する。

 すると、黒く澱んだ色だった魔石は、鮮やかな青の色に輝く。

 これが『祝福』による魔石浄化。


「すごい……綺麗だ……!」

「まず、知っていてほしいのだが、魔物は時にこの魔石を持つ個体がいる。魔石は我が国で様々な道具に加工されるのだが、穢れやすくて定期的にハルスのような『祝福師』により浄化を行わなければならない」

「浄化? 祝福というのは、あれか? 魔法か?」

「そうだ。光魔法の一種だが、いささか特殊で光魔法適性があっても習得できる者は限られている」

「私には使えないのだろうか? とても綺麗だった! 使ってみたい!」


 話聞いてた?


「……まずフォリアに光魔法適性がないと——」

「あるぞ!」


 あるんかい。


「うーん……それならまあ、とりあえず……話の途中だけど……うん、ハルス、フォリアに『祝福』を教えてあげてくれるか?」

「あー、なるほど……はい、兄様」


 察してくれた模様だ。

 まったく俺の弟はできたやつだぜ……。

 そこからは俺は専門外。

 他の魔石にハルスが呪文と力の使い方、魔法陣の構築の仕方などを教えながらフォリアに浄化を試してもらう。

 ま、そんな簡単に使えるはずはないのだが……。


「光よ。かの者に祝福を授け給え!」


 ほれ見たことか、元気のよい呪文。

 魔石を光の魔法陣が包み、フォリアの手のひらから溢れる光の粒。

 え? 粒?

 いや待って待って待って!


「ばかな!」

「わあ! すごいよ、フォリアさん! 初めてなのにもう『祝福』が使えるなんて!」

「わーい! 綺麗なのが出たぞー!」

「…………」


 ミリーにも習得できなかった『祝福』を、こんなあっさりと……?

 確かにハルスも簡単に習得したが、基準がわからな過ぎる。

 いや、これは喜ぶべきことだ。

『祝福師』が一人増えたのだから!


「…………」


 でもこの人絶対大人しく部屋の中で魔石の浄化だけやっててくれるタイプの人種ではない。……よなぁ……。

 だが、逆に考えると——。


「フォリアは剣を嗜んでいるんだったよな?」

「む? おう!」

「では、魔石を使った『魔剣』に興味はないか?」

「魔剣!?」


 お、好感触。

 やはりこの人はこういう方がいいらしいな。


「さっきの話の続きだが、この国では魔物の討伐を定期的に行なっている。それ以外にも、冒険者ギルドが邪樹の森の付近の村や町に点在していて、冒険者が魔物討伐で生計を立てていたりするんだ。そしてそこで集まった魔石は武器や防具にも用いられる。『祝福師』はそれらの魔石武具に必須だが、現在『祝福師』の慢性的な不足で困っていたんだ」

「じゃあ、私がたくさん『祝福』して魔石を浄化したら、私も魔石武具をもらえるのか!?」

「自分で作るのはどうだ? 魔物の討伐に興味あるんだろう?」

「! いいのか!?」


 ものすごーい、いい笑顔で。

 ぱあ、と花が開いたように、キラキラと輝いている。

 なんだか力が抜ける人だな。

 でも、ようやく扱い方が少しわかってきた気がする。

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