第5話 両国会談 2

 

「ひいては、フォリア嬢とグランデ辺境伯にはその旨了承願いたい。無論、フォリア嬢が望むものがあれば、いかなるものであってもシーヴェスター王家の威信にかけて叶える用意はある。このようなことになったのは、息子の未熟さゆえのことであろう。しかしどうか、ミリー嬢とエーヴァス大公には咎はないものとしてもらいたい」


 あ、その代わりめっちゃ庇ってくれた。

 一応むちゃくちゃ言ってるとは思ってんのか。

 それに——相手は辺境伯。

 うち……エーヴァス公国としてもできれば仲良くしたい相手だ。

 だからまあ……。


「その、フォリア嬢さえ、構わないのであれば……我が国の——エーヴァス大公の次期大公妃になっていただけないかと、思うのだが……」

「む? リット殿、それはプロポーズか?」

「プ、プロポーズの前の意思確認ですかね……」


 みなまで言わさないでくれと思うが、やはりフォリア嬢は王侯貴族の駆け引きや腹の探り合いが苦手な様子。

 しかもなんで普通にお茶飲んでクッキー食べ始めてるの?

 え、すごいなその神経と胃腸。

 俺はなにも喉に通らなさそうだぜ?


「魔物が出ると聞くのだが?」

「——そうですね、その辺りはきちんと説明しておかねばならないでしょう。……出ます」


 めちゃくちゃ出ます。

 日に朝晩関係なく、半端ない頻度で魔物が出るのでなんなら魔物を食肉加工までしている。

 シーヴェスター王国に比べて土地も狭く、家畜は育てても魔物に襲われるので正直安定的な供給が不可能。

 なのでよく出る魔物を捌いて食肉として食ってるのだが、最近は植物系の魔物もサラダみたいにして食べている。

 魔物からは時折魔石が採取できるので、それをコンロや冷蔵庫など、古の聖女の世界にあったという道具にして活用しているのが我が国だ。

 他国——主にここシーヴェスターに輸出もしているが、魔石は使い続けると『穢れ』が溜まってすぐ使えなくなる。

 それを払う力を持つ光魔法『祝福』が使えるのは、今のところ俺の弟、ハルスのみ。

 なので、実質魔石道具の類はエーヴァス国内でしか使えない。

 その上ハルスは体が弱くて長時間祝福を使うことができないため、最近は魔石道具の生産もストップ状態。

 自国国内のみならば溢れる魔物を討伐して、自給自足も可能なのだが……対帝国の備えとして魔石兵器の開発までストップしているのは痛い。

 とはいえ、魔石の浄化を行う『祝福』は光魔法適性があっても習得できるものではないらしく、適性のあるミリーには習得できなかった。

 あ、ちなみに俺の婚約者にミリーが決まったのはその光魔法適性があったことが大きい。

 ミリーが覚えられずとも、ミリーが産んだ子には覚えられるかもしれない、という希望があったからだ。

 と、まあ長々説明してみたが、フォリア嬢は「なるほど! 魔物討伐は楽しそうだな!」と「どこ聞いてたの?」ってところに反応した。

 楽しくはないよ、うん。


「それに魔物の肉は美味と聞く!」

「ああ、まあ、他の家畜の肉と違って霜降りの範囲が多くて確かに美味なのだけれど、腐るのが早くてね……シーヴェスターには流通させられないんだ」

「加工しても長持ちしないのか?」

「ダメだね。色々試したけど……」


 エーヴァスはそんな感じで自給自足が主軸になりつつある。

 それはいわゆる孤立に近い。

 シーヴェスターになにか輸出しようにも、売るものがないのだ。

 自給自足で物資はそこそこ足りるが、国はそれで成り立つものではない。

 なにより我が国は対帝国の意味合いで作られた国。

 武器や防具をシーヴェスター王国、その西にある西側諸国から輸入したくても金がない。

 物々交換できる特産物もない。

 問題だらけで胃が痛いですね、はい。

 ……それに、個人的な理想を言うなら俺は自国の特産物で帝国と国交を行えたらと思っている。

 それで戦争なんてせずに、仲良くやっていければいいな、って。

 帝国は複数の民族を支配しているから、うちと同じく邪樹の森に隣接していてもうちほどの問題にはなってないのだろう。

『祝福』使いも多そうだし……まあ、つまり魔石関係のものは向こうにもあるってことなんだよな〜。

 じゃあうちが出せるものってなによ?

 なーんにもないんだよなー。

 理想は理想に過ぎないってことだ、ははは。……はぁ…………。

 ってそうじゃないよ。


「ええと、ですので正直フォリア嬢が我が国の次期大公妃となることに、利があるかどうかは……」

「いいや、楽しそうだ!」

「…………」


 立ち上がって満面の笑み。

 この子なに言ってるのかね?

 チラリとフォリア嬢のご両親を見るとなんか頷いてるよ?

 おーーーーん?

 もしや早まったのは俺の方か〜〜〜〜?


「リット卿、娘へのご配慮ありがたく存ずる。しかし、我がグランデ家は獣人族の血を引く一族の末裔——この意味はおわかりになりますかな?」

「!」


 獣人族——かつて世界には六の種族存在したといわれている。

 人間、獣人、エルフ、ドワーフ、有翼人、地底人。

 もっとも短命な人間族が繁栄を繰り返し、他の種族は長寿ゆえに次代をもうけず滅びた。

 しかし、その種の血を受け継ぐ人の一族は今もいる。


「……なるほど。そうでしたか……」


 獣人種の血を引く一族は、本能的で好戦的と聞く。

 先祖返りを起こす者も中にはおり、現在では異端——畏怖の対象にもなりかねない。

 大国シーヴェスターでは特にその気が強かろう。

 帝国は主にエルフや有翼人、地底人の血を引く種族を従えている。

 逆に言うと、シーヴェスター王国が獣人の血を引くグランデ家を辺境伯に任じたのも、フォリア嬢を王家の血筋に加えようとしたのも対帝国を念頭に置いた“強化”と、グランデ家を筆頭とした、そういった異種混血族への差別偏見抑制の意味が大きかった、ということなのかもしれない。

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