草原に光線

エリー.ファー

草原に光線

 この草原には光線が降り注ぐ。

 その光線は、実に美しく、雨を固定したかのような趣がある。

 空から降り注いで地面へと突き刺さり、そのまま地面の下へと潜っていくかのように消える。

 何か民俗学的な解説があるわけでもなく、そこに存在し続けている。

 僕の知る限り、光線は何の意思もなく、ましてや何かの目的もなくこの草原に現れる。

 九月十三日の夜明け。

 これだけが僕の持っている情報のすべてであり、人類がこの現象について理解している情報のすべてである。

 僕は彼女と一緒にこの草原に来ていた。

 風が気持ちいのは当然で、しかもむやみやたらに広いものだから、地平線まで草原である。

 緑と空。その中の青と白。それのみである。

 僕は彼女のことが好きだ。

 彼女は、僕のことが余り好きではないかもしれない。

 僕が無理やり付き合ったようなものだからだ。

 いつか好きになってくれればそれでいい、というような関係だ。

 僕は。

 もう浮気をしている。

 彼女も浮気をしているかもしれない。けれど、それを表に出してしまうような人ではないだろう。

 鮮やかなのである。

 何か不純な行為をしたとして、それでも綺麗な人なのである。

 九月十三日。

 夜明け前。

 間もなく光線が降り注ぐ。

 待ちきれなくて空を見上げる。

「ねぇ。あたし、思うことがあるの」

「なんだい」

「あなた、浮気してるでしょ」

「うん」

「どうして」

「なんとなく、かな」

「ひどいよ」

「でも、僕のことを心から好きじゃないって前々から言っていたじゃないか」

「それは、別の意味だから」

「別の意味ってどういう意味」

「分かんない」

「僕も分からないよ」

 彼女のお父さんはこの草原で亡くなった。

 降り注ぐ何百、何千、何万、何億、という光線に頭を貫かれたのだ。

 即死であったと思う。

 不思議であったのは、その光線が一本しか体に当たっていなかったこと。そして、何故、そんな危険な時間に来ていたのか、ということ。

 僕と彼女は、同じ日付、同じ時間、同じ場所にいる。

 確かめに来たのだ。

「このまま、ここにいれば死ぬよ。あたしのお父さんみたいに」

「死なないよ」

「なんで、そんなことが言えるの」

「僕は、光線が当たらないんだ」

「なんで、そうやって言い切れるの」

「自分だけは特別だと思って生きてきたんだ。そうじゃなかったら、浮気だってできないよ。そうだろう」

「そうかもね」

 夜明けが少しずつ近づいてくる。

 足音は聞こえてこない。

 しかし、退屈を吹き飛ばす夜明けである。

「ねぇ」

「なんだい」

「あたしは、あなたのこと本当に好きだったよ」

「ありがとう」

「あなたはどうなの」

 僕は空を見上げたまま、両手を広げて目を瞑ると、口角をついつい上げてしまう。

「暇つぶしだった」

 光線が落ちてくるのが瞼の裏に見える光の加減で分かった。

 音は一切しない。

 しかし、光の移動を感じる。

 地面の振動すらない。

 僕は目を開く。

 絶景だった。

 薄暗い空を覆うような力強い光。

 すべては突き刺す槍のようである。

 数えきれないほど降り注ぐ。

 当然、これは映像として脳内で処理されるはずなのだが、僕にはどうしても静止画のようにして刻み込まれる。

 彼女の方を見る。

 彼女もこちらを見ていた。

 彼女の脳天を光線が突き刺す。

 その瞬間。

 彼女の両足が地面から少しばかり離れて、体が少し後ろへと斜めになった。

 服の裾がその振動によって、持ち上がり、すぐに落ち着く。

 僕はもう一度空を見上げる。

 光線は僕を貫かない。

 絶景だった。

 歓喜にむせび泣くほどの絶景だった。

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