第7話 急転

 翌日の土曜日、僕は、西新宿の高層ビルの上層階にあるレストランで美和と会った。

 以前親族の集まりで利用し、顔見知りになったマネージャーが窓際のテーブルに案内してくれた。眼下にはこのレストランの売りの夜景が広がるが、もちろんそれを楽しむ余裕など全くない。食事が目的でもないので、コースではなく、アラカルトでサラダと軽食メニューの中から腹持ちがしそうなものを適当に、グラスビールと一緒にオーダーした。


「久しぶり、元気だった?」

「うん、そちらも変わりない?」

 定番のあいさつから始まり、差しさわりのない話がぎこちなく続いた。

 美和はなかなか核心に触れてこない。話はそのまわりをグルグルと回るばかりだ。僕も、二人の関係が劇的に変化してしまうことが怖くて、あえてそれに口を挟まなかった。

 

 とりとめのないここ一か月分の近況報告に時間だけが無為に過ぎていった。いつも彼女が帰宅に使用する指定席の特急電車の発車時刻が徐々に近づいてきた。どうやら二人のこれからのことについては、結論が先延ばしになったようだ。

 少しほっとしている自分がいた。

「そろそろだろ。駅まで送るよ」と彼女を促し、会計を済ませた。

 

 二人きりになったエレベーターが一階に着いた時だった。

「今夜は帰らない!」

 美和はそう言うなり、通りに出てタクシーを止めた。あわてて彼女の後を追い僕も乗り込んだ。


 彼女は意を決したような風情で運転手さんにこう告げた。

「ラブホテルまで行ってください」

 

 僕と同様に唖然とする運転手さんに、とりあえず僕は新宿駅東口からほど近い大きな病院を行き先に指定した。

 十分後、僕たちはネオンきらめく歌舞伎町の歓楽街にいた。

 訳が分からないまま、僕たちはラブホテルが建ち並ぶ方向へと歩を進めた。とにかくここは彼女の言うとおりにしよう。きらめくネオンサインを見比べながらどこへ入ればよいのか戸惑う彼女を、僕はその辺りで一番きれいそうなホテルにエスコートした。

 土曜日の夜だけあって、空き部屋を示すパネルの灯りはほとんど消えていたが、運よく少し料金が高めでそれなりに良さそうな部屋が一つだけ空いていた。

 鍵を受け取り、案内に従って部屋に入って鍵をロックし、深呼吸を一回。いかにもラブホテル然としたマリンブルーを基調とした室内に、これまたラブホテルっぽいキングサイズのベッドがどんと置かれていて、その側にソファとTVセットが備え付けてあった。


 未だに狐につままれたような気分の僕は、彼女に勧められるまま、部屋とは不釣り合いに大きいバスルームで簡単にシャワーを済ませると、備え付けてあったガウンを羽織って部屋に戻った。入れ替わりで美和がバスルームに消える。僕はソファに座り、見るとはなしにTVを見ながら、彼女の戻りを待った。


 十五分ほどで、美和が僕と同じガウンを羽織ってバスルームから姿を現した。

 彼女はTVを消すと、僕の前で膝立ちになり、僕のガウンの下の腰骨のあたりに手を滑り込ませてきた。

 美和はガウンの下には何も身に着けていなかった。前かがみの姿勢になった彼女の胸元からは、ピンク色の乳首と、その下方には、少し茶色がかかったチャコールグレーの淡い茂みが見えた。

 

 彼女は茫然とソファに座る僕のガウンの下に手を滑り込ませ、下着を一気に引き下ろした。

 ゆっくりと、美和が僕の上に跨がった。太腿に感じる彼女の恥毛や花芯の感触に、僕の身体が思わず固く反応する。

 

 美和は僕の両肩に腕を回し、唇を僕の耳元に寄せると、こうささやいた。

「私たちが初めて会った日のことを覚えている?」

「え、去年の体育館のこと?」

「違うの。私たちは、もっと前に会っているの」

「ええっ、全然気づかなかった。仕事の関係、ってことはないよね?」

「ううん、もっとずっと前」

「幼稚園とか、小学校とか、実は幼馴染だったとか?」

「ううん、そんな前じゃない。会ったのは、十年前の夏」

「・・・」


 僕の脳裏に、飲むたびに御堂と小幡が話題にする、人生最大の屈辱の一夜の記憶がよみがえった。


「もしかして、美和は、あの時の、『牛姫』なの!?」

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