第6話 戸惑いの日々

 二人にとって、なかったことにするにはあまりに強烈な出来事に、旅行の後も気まずい状態は続いた。毎日やり取りしていたメールも次第にその件数が減っていった。

 どうにも納得がいかないあの日の彼女の態度について、きちんと説明を聞きたいという気持ちはあったが、迂闊に会って感情的になり、売り言葉に買い言葉で別れ話になってしまうことが怖かった。

 じりじりとした時間だけが過ぎていった。


 そんな折、約半年ぶりに高校時代の悪友三人で食事をすることになった。

 約束した神楽坂のイタリアンで、先に店についた小幡康彦と僕がグラスビールでアミューズのトリッパをつついていると、長身の御堂翔太が「遅れてすまん」と手を挙げて店に入ってきた。 三人そろったところで、前菜とスプマンテをボトルでオーダーし、久々の再会に乾杯をした。


 御堂と小幡とは、高校一、二年で一緒のクラスだった。

 御堂は三人の中で一番の長身で、運動神経も良かったが、もったいないことに帰宅部だった。端正なルックスに加え股間のものも立派で、とにかく女性にはめっぽう強かった。

 推薦で入学した青山通り沿いの大学でもブイブイ言わせていたようだが、コンサル会社に入社するや、意外にも三人の中で真っ先に年貢を納め、来年早々には第一子誕生予定である。

 小幡はバレー部のチームメートで、都の西北の大学を卒業し、今はいっぱしの銀行員だ。

 大学は別々で、仕事も三人バラバラの業界、それでも高校では一番に気の合う仲間で、今でもこのメンバーで、年に二、三回は、こうしてグラスを傾けている。


 この三人で会うと必ず鉄板で話題になるのが大学一年の夏の伊豆旅行だ。  

 その旅行で僕は童貞を卒業したのだが、これが僕からしてみれば人生最大の屈辱、他の二人にとっては抱腹絶倒の一夜だったわけだ。既に遠い昔の出来事なので、酒の肴になっても、どこかの間抜けな男の笑い話と聞き流すくらいの余裕はあり、話題にしていただいて一向にかまわないのだが、この日は、あえてこの気心の知れた二人に美和とのことを相談してみる気になった。


 お店のおすすめのパスタを二品、メインで肉と魚を一皿ずつ、三人でシェアするようにオーダーし、白ワインを一本追加すると、僕は美和のことを話題にした。

「その美和ちゃんっての、小学校の先生なんだろ。『センセイ、気持ちええのんか、センセイがこないよがってるとこ生徒がみたら、どうなんやろな、センセイ』とか言いながらヤッたら興奮しそうだな」

 いつもの通り品のない御堂に、正直にまだ身体の関係はないことを告げると、案の定容赦ない反応があった。

「お前、付き合い始めてもう一年だろ!お前のような奴がいるから日本は少子化するんだよ」

 僕が先日の伊豆旅行の顛末を打ち明けると、御堂も小幡もしばし絶句した。

「信じられんな。ダメよ、ダメよもいいのうちのダメなんじゃないのか」と御堂。

「俺にだって、それくらいの区別はつくよ」

「処女とかかな」と小幡。

「万一そうだとしても、それを理由に拒否というのは考えられない。もしそうなら、初めてなのって正直に言ってくると思う」

「ちんぽが入らない女性がいるって、何かの本で読んだぜ。誰ともできないんじゃなくって、ちんぽとまんこの相性の問題らしいけど」と御堂。

 隣のテーブルの女性3人組が眉をひそめているのに気が付いた僕は、御堂に向かって唇に一本指をあてながら、小さな声で告げた。

「いや、入らなかったのではない。その前に拒絶されたんだ。説明もなしにいきなりああいう態度って、彼女らしくない」

「セックスすると豪にばれてしまうことで、どうしても知られたくない秘密があるってことかな」と小幡。


「言えない秘密って、まんこが縦じゃなくて横に割れているとか?」

早々に話題に飽きた御堂が下品にまぜっかえしたところで、僕のスマホがなった。噂をすれば影、なんと美和からの電話だった。

 今日この時間に高校時代の友人と食事をすることは事前にメールしておいたのに。あの日からもう一か月以上美和と会っていない。直接電話で話すのすら二週間ぶりくらいだ。


「どうしても会って話したいことがあるの。明日の土曜日、時間取れない?」

 理由を聞かずに了解の返事だけをしてとにかく電話を切った。出会ったばかりの頃を思い出させる美和の猪突で不自然な誘い、でも今回は良い話ではない可能性もかなりある。気もそぞろになった僕は、その後御堂たちとどんな会話をしたのかほとんど記憶がない。

 生返事を繰り返す僕を痛ましくて見ていられなくなったらしい二人の提案で、その日の飲み会は我々にしては珍しく早めのお開きとなった。


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