美和が嘘をついた理由(わけ)

廣丸 豪

プロローグ

 ネットを挟み六人ずつの選手たちが目まぐるしく動くコートで、私の目は一人の選手だけを追いかけていた。バレーボールは詳しくないけど、私がその選手を見間違う

ことは決してない。

 彼だけがふぁんとした光の中にいる。


 相手の強烈なスパイクに彼が身体をぶつけると、ボールは高く跳ね上がった。サバンナを駆ける獣のような俊敏さで立ちあがると、彼はすぐさま助走の態勢に入った。  トスを要求する彼の声に、ボールが大きな放物線を描いて彼のもとへ飛ぶ。

 十分な助走からダンッと床を蹴り、彼が宙に舞う。上体を鞭のようにしならせ、強く叩かれたボールは、相手ブロックの手をはじき大きくコートの後方に跳ねた。

 追いすがる相手選手の頭上を越えたボールが床に弾み、ゲームセットの笛が鳴る。 コート上の歓喜の輪の中心に、今しがた試合を決めるスパイクを打った、まだ少しだけ少年のあどけなさが残る彼がいた。


 あのスパイクがしなやかで強靭な肉体の賜物だということを、私は知っている。

 その余計な脂肪の一切ない腹直筋と素肌を触れあわせ、その繊維の一本一本に指を這わせた。逞しい腕に抱かれ、汗まみれで身体を重ねたのは、ほかならぬこの私だ。


 クラブの関係者や選手の父母たち五十人ほどが集う観客席に礼をするために、選手たちが駆け寄ってくる。

 いけない、今見つかるわけにはいかない。私は素早く席を立ち、柱の陰に身を隠した。

 挨拶を終えベンチに戻った彼の元へ、ドリンクのボトルを持った女子マネージャーが駆け寄り、肩を叩いて彼のプレーを祝福した。

 私も駆け寄って彼を祝福したい。彼のそばにいられる存在になりたい。

 そのためには、私は生まれ変わらなければならない。五年?いやもっとかかるかもしれない。でも、私はそうなりたい。いや、そうなる。

 

 ひそやかで強い決意を胸に、私は独り体育館を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る