第1話 出会い

 中学、高校、大学とバレーボール部に所属していた僕は、アラサーの今になっても根っからのスポーツ好きだ。

 僕は、勤務先の同僚とバスケットボールのチームを作っていた。とにかく「女子と

バスケがしたいです」と、気の合う男友達がそれぞれ知り合いの女友達に声掛けをした、会社非公認の同好会だ。

 当然、バスケよりも男女間の交流の方によりモチベーションの軸足が置かれている。さすればバスケの技術もさほど重要ではなく、自分も含め半数以上がバスケ未経験者だ。 

 ただし男性メンバー間の不文律として抜け駆けは禁止、個人的な交際を申し込む際は要事前報告としていたので、スポーツを通じた健全な男女交際というルールは保たれていた。


 まだ残暑も厳しい九月のとある週末、僕らは都心のターミナル駅から電車で三十分ほどの駅の市民体育館を借りて、いつものように草バスケットボールを楽しんでいた。

 二時間ほどの練習を終えると、入れ替わりに女性ばかり七名のグループが体育館のフロアに入ってきた。彼女らはバレーボールのネットを張ると、アップもそこそこにパスの練習を始めた。

 僕たちのバスケ同様、あまりレベルは高くない。ずっとバレー部だった僕は、急にバレーボールがやりたくなって、つい声をかけてしまった。


「あの、すみません。コーチ、要りませんか?」


 我らがバスケチームは、その目的の当然の帰結として練習よりもアフター重視、この日も昼飲みのアレンジがされていたのだが、この日に限っては僕のバレーボール愛が勝ってしまった。

「えー、豪さん、来ないんですかー。つまんなーい」という黄色い声に後ろ髪は惹かれたものの、幹事役の後輩に手を合わせ、体育館に居残ることにした。


 僕が大学を卒業したのは東北で大きな地震のあった年、バレー部を引退して七年近くが経過しているが、そこは元体育会、昔取った杵柄だ。

「オーバーパスは、早くボールの落下点に入って、両手をこうやってセットして、ボールが落ちてくるのを待つ。ボールを飛ばそうと思ったら、腕より膝のクッションを使って」

「アンダーパスは、腕を身体から離さずに、体重移動でボールをコントロールして」

 私の的確なコーチングは大いに感謝され、技術を評価されもして、僕は大変気持ちよく約二時間の臨時コーチの役割を全うした。


「これから食事をしようと思うのですけど、ご一緒にいかがですか。いろいろバレーのことも聞かせていただきたいし」

 着替えを済ませた後で、二十代半ばの、眼鏡をかけた女性が少し緊張した様子で声をかけてきた。初心者レベルのメンバーの中でもひときわ素人っぽかった女性だが、どうやら彼女がこのチームの世話役のようだ。

 僕は喜んでお誘いをお受けし、駅へ向かう途中にあるファミレスへ移動した。


 ランチのピークを過ぎた時間帯だったため、少し窮屈だったけどまとまって席を確保することができた。オーダーを済ませ、各自ドリンクバーの飲み物を持って席に戻ると、改めて自己紹介をされた。

「今日はどうもありがとうございました。あの、私、山上美和と言います。ここからもう少し田舎へ行ったところで小学校の先生をしています」

「あ、僕、廣丸豪と言います。大手町でサラリーマンやっています。中学から大学までバレー部でした。こちらこそよろしくお願いします」

「見ての通り、初心者ばかりですけど、もしよかったらこれからも時々コーチをお願いできませんか」

 僕はその申し出を快諾し、連絡先を交換した。


 ランチを終え、駅の改札でさよならのあいさつをしようとしたところで、僕は再び山上美和さんに呼び止められた。

「あの、お願いがあるのですが」

「ん、コーチの件なら了解ですので、今後は先ほどお伝えした番号に連絡していただければいいですよ」

「いえ、そうではなくって、もしよかったら一緒に行っていただきたいところがあるのですが」

「二人で、ですか」

「・・・ええ、二人で、です」


 さすがに、これにはちょっと面食らった。初対面の異性を、しかも一対一で誘う意味って何だろうか。

「それって、もしかして、デートってことですか」

 彼女は、しどろもどろになりながらも、視線は僕から決して逸らさなかった。

「はい、まあ、そん、そんな感じというか、はい、デートのお誘いです」


 僕に対する好意以外の可能性に五秒ほど頭を巡らせたが、印象からして何かの勧誘とかではなさそうだ。僕は、いぶかしい気持ちを感じつつも、彼女の申し出を受け入れることにした。

 どうせ受けるなら気持ちよく受けた方が良い。そんな計算が働いた僕は、あえて明るい声で返事をした。

「はい、喜んで。それで、どこに行きたいのですか」

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