第58話 準々決勝仮面剣士スカーレット

 仮面剣士スカーレットはそれまでのソルの試合を熱心に見ていた。対戦相手になるかもしれないという事もあるが、単純に心配だったからである。いくら剣の修行をしていたとはいえ、『レベル0』という外れスキルを授かり、実家を追い出されたソルの事が。


 幼馴染であるクレアとして、怪我をしないかとか、痛い目に合わないかとか、心のどこかで心配している自分に気づいた。


 だが、そのうちにそれがただの杞憂でしかない事に気づかされる。ソルの強さは本物だと感じた。どういうわけかはわからない。だが、その洗練された剣裁きを見る度に、ソルは自身と闘う、準々決勝まで上がってくる事を確信した。


 そしてそれが現実になったのである。


 ◇


 闘技場ステージへと繋がっている通路。そこでソルは仮面剣士スカーレットと鉢合う事になる。


「よくぞここまで来たわね……ソル・ユグドラシル。あなたの快進撃は見せてもらったわ……でもそれもここまで。だって私がいるんですもの。必ず私があなたを止めてみせる」


 ソルが正体に気づいていないと彼女は思っているのだ。あくまで仮面剣士スカーレットとして、面識のない第三者として振舞っている。


 ソルは周囲に誰もいない事を確認した。そして核心に迫る事にした。


「……クレアだろ?」


「なっ!? ……どうして、正体を隠す魔道具(アーティファクト)を身に着けているのに。なんで?」


「気づくに決まってるだろ。雰囲気で何となくわかるんだ。幼馴染としての勘だよ」


「……そう、お父様やお母様は誤魔化せても、ソルは誤魔化せないのね」


「ふむ……なんだ。貴様はあの時の小娘なのか」


 バハムートは王女であるクレアを小娘と呼ぶ。王制というものも彼女は知らない。王族は敬うものだという常識は彼女にはなかった。


「クレア……どうしてこんな真似をしたんだ?」


「そんなの決まっているじゃない。エドワードに剣神武闘会を優勝させない為よ。私自らの手でエドワードに勝利を納めて、その上でお父様に婚約破棄を申し立てるの。もしエドワードが優勝しちゃったら婚約者として認めなきゃになっちゃうから」


「……そうか。その為に影武者まで用立てて、剣神武闘会に出場したのか」


「うん……そうなの。でも、ソル知らない間に凄く強くなったのね。驚いたわ。『レベル0』なんてスキルを授かっているから、あなたが強くなる事はないのかと思ってたのに」


 大抵の人が持つ、ソルに対する共通認識であろう。それは。


「ソルはどうやって強くなったの? どうやってそれだけの強さを手に入れたの?」


「レベルを上げる事だけが強くなる方法じゃないって事に気づいたんだ。レベルが上がらなかったとしても強くなる方法はある。強さを手に入れる手段は一つじゃなかったんだ。強くなる為にレベルを上げるっていうのは一つの手段に過ぎない。絶対的な唯一の方法じゃないんだよ」


 ソルはこの半年間——こちら側の世界の時間軸での話だが、その強さを手に入れる為に裏ダンジョンと呼ばれる『ゲヘナ』で苦闘し続けてきた。そして相応の強さを手にしたのだ。


「それじゃあ、ソルはレベルを上げる以外の手段であれだけの強さを手に入れたのね」


「……まあ、そういう事にはなるな。俺が『レベル0』だっていうのは本当だ。固有スキルっていうのは天性のものだ。一度授けられたら途中でスキルを喪失できたりはできない。だから俺のレベルは0のままだ」


「それでもいいじゃない。レベルなんて強さを示す指標のひとつにすぎないんだから。強くなれたのならそれで。でもソル、私は簡単にあなたに負けるつもりはない。もし、私に勝てたのならあなたにお願いがあるの」


「お願い?」


「私に勝てたって事は当然のように私よりソルの方が強いって事。その場合、あなたの義弟——そして私の婚約者になっているエドワードを絶対に倒して欲しいの」


「エドを倒して欲しい……か」


「お願い。あなたが私に勝てたら約束して」


「約束なんかできない。闘ってみなければわからない事は試合なら沢山あるんだ。だけど全力を尽くす事は誓う。俺は全力でエドと闘うよ」


「うん……そうして。それでもし万が一、ソルがエドに負けちゃったら二人でどこか遠くに逃げよう」


 仮面剣士スカーレット——及びクレアがソルに迫ってくる。


「……遠くに逃げる? な、なんでそんなことに」


 ソルはたじろいだ。ソルとクレアは幼馴染だ。そんな駆け落ちするようなカップルではないというのに。


「こほん」


 バハムートがつまらなそうな表情で咳払いをする。


「闘いを前に発情するのはよせ……小娘。ここには我もいるのだぞ。二人の世界に入るでない」


「そ、そうね……そうだったわね。ごめんなさい」


 クレアはバハムートに詫びる。


「それじゃあ、ソル。行きましょうか。お互いに良い試合にしましょう。私もやるからには全力を尽くすから」


「ああ……そうしよう。クレア。俺もやるからには全力を尽くすよ」


 二人は闘いの舞台へと上がる。


 準々決勝第一試合。ソルVS仮面剣士スカーレット(クレア)との闘いが今、始まるのであった。


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