第36話 バハムートとの闘い⑤

 真なる姿となったバハムートは以前よりも強烈な『フレア』を放ってきた。


「くっ!」


 前の『フレア』は魔法剣『アルテマブレイド』で易々と相殺できたにも関わらず、今回の『フレア』は防ぎ切るのがやっとであった。


『はっはっは! なかなかに頑張るではないかっ! ソルよ!』


 バハムートは笑う。以前と違い、霊的な、精神に直接語り掛けてくるような声であった。


「無属性破壊魔法(アルテマ)」


 ソルは先ほど習得した古代魔法を使用しようとした。――だが。


『馬鹿めっ! 遅いわっ! 魔法解除(マジックキャンセラー)!』


 先手を打たれた、バハムートの『魔法無効化(マジックキャンセラー)』に邪魔をされる。『魔法無効化(マジックキャンセラー)』とは文字通り、相手の魔法を無効化するスキルの事である。

 

 流石に何でも無効化できる程便利なスキルではない。『自分より弱い存在の魔法を無効化できる』程度の能力だ。だが、このスキルをLV100にして最強の竜(ドラゴン)であるバハムートが使用すれば『大抵の相手の魔法を無効化できる』という反則級(チート)スキルへと変貌する。


『次はこちらの番だっ!』


 魔法の使用に失敗したソルには隙ができていたバハムートは反撃を仕掛けてくる。


 バハムートの巨大な両翼から、同じような竜の頭がポコポコと増えてきた。まるでヒュドラのようであった。ヒュドラのように増えた頭が総勢七つ。


(まさか……あの頭から『フレア』を放つつもりなのか)


 幾多の苦難を乗り越え、大抵の事には動じなくなったソルの精神力を持ってしても、動揺せざるを得なかった。


 あれだけ大量の頭から本気になったバハムートが『フレア』を放てばこの第100階層が灰燼と化してしまうのではないか。


 自分など、跡形もなくなくなってしまう。ソルに戦慄が走る。だが、当然のように敵であるバハムートが容赦をしてくれるはずもない。


『死ぬがいいっ!』


 バハムートが発するとそれぞれの頭が『フレア』を放ち始めた。


 その様子は地獄絵図だった。強力な破壊光線を遠慮なく連発してくるからだ。七つある砲門が好き勝手に大砲を放っているようなものであった。


「くっ!」


 ソルにはもはや祈るしかなかった。今まで上げてきた『運』のステータスを当てにするだけだ。


 最終的には世の中というもの『運』が左右するのかもしれない。どれだけ強くても結局は『運』がなかったら生き残れない。


 ソルは自身の『運』を信じた。そして嵐が過ぎ去るのを待つ。


 数分後。


 流石に『フレア』にもMP制限があるのだろう。いくらバハムートとはいえ、MPが無限という事もない。それに『フレア』のような攻撃は強力ではあるが、MP消費のコストパフォーマンス自体は良くないものだ。強力である分、MPの消費量は多い。


 連発すれば膨大なMPと言えども底を尽きる。


 ――だが、絶対的な強者を自負するバハムートはその点を過信していた。油断があった。


 煙が晴れてきた。


 煙の中からソルが姿を現す。


「はぁ……はぁ……はぁ」


『ちっ……運のいい奴よの。あの攻撃の中で生き延びるとはな』


 嵐のような攻撃にソルは耐えきった。無論、それは運の良さもある。『運』のステータスを上げてきたこと、防御力を上げてきたこと、HPをあげてきたこと。総合的な理由があり、結果的にソルは首の皮一枚ではあるが、何とかこの場に立っていた。まだ死んではない。生きてはいる。生きている限りは機会(チャンス)はあった。


 ソルにもまだ勝機はあった。油断を仕切っているバハムートが相手ならばいくら強敵と言えども付け入る隙くらいはある。


『だが、虫の息だな……貴様のHPは殆ど空に近い』


 バハムートの言っている事はその通りだ。ソルのHPは100を切っている。いつ倒れても不思議ではない。今たっているのが不思議なくらいだ。バハムートが相手であったのならば撫でるような攻撃ですら、ソルは命を落とすことであろう。


 ソロ攻略では蘇生魔法(リザレクション)など望めるわけもない。HPがなくなる=完全に死ぬという解釈で間違いなかった。


「ですが……竜王バハムート、あなたのMPも空に近いはずです。もう『フレア』は撃てないはずです」


 ソルは告げる。


『だからなんだ? それがどうした? 我にはこの強大な肉体がある。貴様など噛み殺すことも引っ掻き殺すことも容易だ。大体、我の膨大なHPはまだまだ残っている。ほとんど満タンなままだ。この状態で貴様が我のHPを削り取る事など不可能! すなわち、貴様に我を倒すことはできないという事だ!』


 バハムートは自身の勝利を確信し、雄弁に語る。


 ――だが、ソルには勝機が見えていた。その油断がバハムート最大の隙であり、ソルの唯一の勝機であった。


「それは間違いです……竜王バハムート。俺があなたを倒せないという事は」


『ふっ。死にかけの分際でハッタリを。死にかけの貴様に我が怯えるとでも思っているのか! この状態から貴様がどうやって我を倒せるというのだ! 見せてみるがよいっ!』


 バハムートは憤っていた。命乞いでもしてくるかと思ったソルがまさか自分を倒せると言ってきたのだから。


『茶番だったら、今すぐに貴様を食らって、胃の中に入れてやろう!』


「ええ……見せてあげます」


 ソルは魔剣ラグナロクを掲げた。


 ここからがソルの逆転劇の始まりだった。逆転の条件が整った事をバハムートはまだ気づいていなかったのである。そして、それがソルが逆転しうる、唯一の好機(チャンス)であった。


 ――そして、ついに長かったこのダンジョン『ゲヘナ』での戦いが終わろうとしている。







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