封鎖
空木トウマ
第1話
それは中学2年の秋、10月。
午後の数学の授業のことだった。
4限のフォークダンスの授業。
そしてがっつり食べた給食。
この2つのコンボで、僕の眠気はMAXに達していた。
「ふわああ」
うとうとしかけた時。
うん?
背中に感触があった。
僕は振り返った。
笑顔で突っついていたのは、優だった。
小柄でショートヘア。
くりっとした瞳が印象的な女の子だ。
優と僕は小学校からの幼馴染だ。
中学に入ってすぐ、付き合い出した。
今では僕の彼女だ。
それから僕らは一度もケンカすることなく、ずっと仲良くやってきた。
今は同じ高校を目指して、互いに受験勉強に励んでいた。
このままいけば、それもかなうだろう。
優は手に、便箋を持っていた。
どうやら僕に、これを渡したかったらしい。
僕は教師に見つからないよう、素早く受け取った。
そこには大きく。猫のイラストが描かれていた。
なんともヘタウマな。味のある絵だ。
さらに放課後公園を散歩しよう、と便箋に書いてあった。
僕はうなずいて、返事した。
2人とも散歩をするのが好きだった。
帰り道に、 緑の多い池のある大きな公園があった。
歩いていると、受験勉強のストレス解消にもなった。
「はい。じゃあ武田君。この問題解いてみて」
数学担当の老教師が武田を指した。
「はい」
だが。武田は席を立ったまま。
ぼーっとして答えなかった。
その視線は定まっていない。
「どうしました?」と老教師が言った。
「分からない…」と武田が言った。
「まあ。いいでしょう。席に着きなさい」と老教師が言った。
武田は勉強が出来る方だった。
だからこう答えたのは、意外だった。
「 違うんです」
「?何が違うんですか?」
老教師が不思議そうな顔をした。
「何でここにいるかが…分からないんです」
「武田君。君…一体何を言ってるんですか」
老教師は、武田がふざけていると思ったようだ。
僕もそうだ。
だけど。そうじゃなかった。
武田は、本当に分からなくなっていたのだ。
「分からない。僕は何でこんなところにいるんだ?ここはどこなんだ?あなたは…誰だ?」
武田が机をガタガタと揺らした。
そして武田は、その場でダンスを踊りだした。
どこかで見たことがある。
そうだ。
これはコロブチカだ。
フォークダンスの授業で習っているものだ。
「武田君。しっかりするんだ」
老教師が、武田を落ち着かせようとした。
だが武田は、ここはどこだ?と繰り返すばかりだった。
さらに厄介なことに。
そう言い出したのは、武田だけではなかった。
他の生徒も、次々に席を立った。
そして同じことを言い始めた。
「分からない」
「僕もだ」
「ここはどこ?」
「あなたは誰です?」
立ち上がった9人の生徒も同じだった。
そして次々とダンスを踊り始めた
「落ち着いて!皆。落ち着きなさい」
もう。授業どころじゃない。
騒ぎを聞いて、他の教師もやって来た。
その中には保健の女教師もいた。
「一体、どうしたんです?」
老教師が状況を説明した。
「生徒達が突然、ここはどこだと言い始めて。その…どうも集団で記憶障害が起こってしまったようなんです」
教師たちはざわついた。
「取り敢えず、生徒達を別の場所に移しましょう」
「…でもこの人数だと、保健室はいっぱいだわ。そうね。音楽室にしましょう」と保健の女教師が言った。
10人は、上の階の音楽室に移された。
僕らはしばらく、自習するように言われた。
残った生徒たちが騒ぎ始めた。
「あいつら。いったいどうしちゃったんだ?」
「何も覚えてないみたいだったぞ」
「やだ。怖いわ。私達も、ああなるのかしら」
皆の声を聞いて優も不安がった。
「光君…。私、怖い」
「大丈夫だよ」と僕は言った。
何か根拠があったわけじゃない。
それでも。そう言わずにはいられなかった。
優を少しでも。安心させてやりたかった。
3年1組は、完全に隔離された。
記憶が混乱する恐れがあるので、今は多くの情報を入れない方がいい、ということだった。
それでスマホは取り上げられた。
外部との連絡用に、ガラケーを渡された。
事態は10人だけでは収まらなかった。
およそ5~10分ごとに。生徒たちが1人また1人と席を立った。
そして最後にダンスを踊った。
皆のダンスを見ていると。
それはまるで。
最後の記憶をリプレイしているようだった。
記憶を亡くした生徒たちは皆、音楽室へと移された。
僕はその度に渡されたガラケーで、教師に連絡しなければならなかった。
僕の前に座っていた山内も席を立った。
山内は僕の親友だった。
僕は山内を座らせようとした。
だが駄目だった。
山内はこれまでのクラスメイトと同じように。
一心不乱に、コロブチカを踊りだした。
そしてダンスが終わると、山内 は記憶を失っていた。
とうとう。
男は僕と大山。
女は優と零。
この4人だけになった。
零は髪の長い、色が白く痩せていてキレイな女の子だ。
零とも小学校の時から、ずっと同じだった。
小学校の頃3人でよく遊んでいた。
家が近所で仲が良かった。
だが中学に入って。
僕と優が付き合いだしてから、少し距離が出来ていた。
それも仕方ないと、僕は考えていた。
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