アンドロイドがやってきた日

蓮見庸

アンドロイドがやってきた日

「おおっ…!」

 男は思わず感嘆の声を上げた。

 箱の中にうずくまるようにして入っていたのは、プチプチに包まれた1体の…否、ひとりの美少女だった。発送元は地球。

「それにしても、重っ……」

 抱きかかえるようにして箱から出そうとするが、びくともしない。重すぎる。

「あの宅配業者よくこんなの持ってきたな。いや、褒めてるんだけど…」

 そんなひとりごとを言いながらも、これからどうしたものかと額に汗をうっすらと浮かべていたが、ふと、蓋の裏側の『GET STARTED』の文字と人形のイラストが目に入ってきた。

 『1.CHARGE』

「なんだ、先に言ってくれよ」

 ふうとため息をつき、腰から伸びているコードを引っ張り出してコンセントに繋ぐと、かすかにブーンという音がした。背中に乾電池のような絵が浮かび上がり『13%』の文字が添えられていた。

 ひとまず腹ごしらえにカップラーメンを食べ、ゲームに夢中になりクエストを3つクリアし、もういい頃かと箱を覗き込んだ。

「まだ、23パーセントとかありえないでしょ…」

 試しに腰の起動ボタンを押してみるが、まったく反応はない。

「あれ…ひょっとして不良品??」

 またもや額に汗しながら、販売サイトの説明を見ていると、電源が切れた状態からはフル充電しないと起動しないとある。

 コメント欄には『マジありえない』『これも儀式のうち』『夜中に充電すればおk』『むしろ昼間でしょ』などと書き込みされているが、とにかく100%まで充電しないと動かないようだ。

 半日充電し、日付が変わる頃にやっと98%になったが、ここからが長かった。気が付くと男は寝落ちしていて、朝になっていた。

 いそいそと少女の背中を見るが、表示は『99%』で止まっている。

 やっぱり不良品かと思いかけた時、ふいに彼女は立ち上がり、ぱっちりと目を開けた。ほがらかな笑顔。

「はじめまして。お迎えいただき嬉しいです」

 明るく張りのある声。少し値が張ったが、音声オプションを追加しておいてよかった。

「名前を教えてください」

 名前は3週間前からすでに決めてある。少し細身の彼女にピッタリの名前。

「カ、レ、ン」

 最初が肝心。男はどぎまぎしながらも、ゆっくりと、そしてはっきりと呼びかけた。

「…この名前はすでに登録されています。別の名前にしてください」

「え?」

 男の額から汗がにじみ、今度は背中がひやっとした。

 『世界にひとつだけ、あなたの好きな名前で呼びかけよう!』という売り文句だったはず。見間違えだったのか? いや、そんなはずはない。発音が悪かっただけだろうと、もう一度呼びかけた。

「カ、レ、ン」

「…この名前はすでに登録されています。別の名前にしてください。または次の名前から選んでください。カレンゼロイチゼロ、カロリーナヨンイチ、………」

 どうやらやはり誰かに使われている名前は登録できないらしい。

 『返品』のふた文字が頭に浮かんだが、ほほえむ彼女を見るとそんな選択肢は消えてなくなり、一番まともそうな名前を選んだ。

「カレンゼロイチゼロ」

「“カレンゼロイチゼロ”、でよろしいですか? イエスかノーでお答えください」

 ゼロイチゼロって何だよとツッコミを入れたいが、まあ名前なんてそのうち慣れるだろう。

「イエス」

 さて、次は何の設定だろう。

「わたしのニックネームを教えてください」

「ニックネーム?」

「“ニックネーム”、でよろしいですか? イエスかノーで…」

「ノー!」

「…ニックネームを教えてください」

 好きな名前で呼びかけようという謳い文句は、そうか、そういうことか。

「カレン」

「“カレン”、でよろしいですか? イエ…」

「イエス!」

 となると、さっきのは…。

「カレンゼロイチゼロさん、はじめまして。カレンです」

 やっぱりそういうことか…。

 男は今度はリセットの方法を探した。コメント欄には『オレもやったわ』『落ち着けw』『誰もが通る道』などの書き込み。リセットの方法は案外簡単だった。

 そして彼女の2度目の目覚め。

「はじめまして。お迎えいただき嬉しいです」

 今度は間違えなかった。

「とりあえずこんなところか。電源を落とすのは面倒だから、スリープモードにしておこう…えーっと。カレン、おやすみ。よい夢を」

「はい、よいお眠りを。43800時間後にまたお会いしましょう」

「よんまん?? え、ちょっと待って…」

 彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。

 販売サイトには、スリープモードに入ると安全のため途中で起動することも、電源を落とすこともできないとある。

「『キスしても起きません』ってジョークのつもりなのか…」

 初期設定は惑星間航行の5年間短期モード。『今も隣で眠ってるw』『あと3年…』何件か書き込みがあった。

「これじゃ単なる金属の塊じゃないか…」

 けれど幸せそうに眠る彼女の顔を見ると、それ以上文句は出てこなかった。

「もう1体買うか…」

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アンドロイドがやってきた日 蓮見庸 @hasumiyoh

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