ああ、ロズヴィータの素晴らしき青春よ!

カネヨシ

第1話 都への出立


 春の日差しが穏やかな午前九時。

 私は引っ越し用の大きなカバンを持って乗合いの蒸気バスに乗り込んだ。


 遠く離れた都へも日の中に着ける「馬なしの馬車」は、稀に見かけてはいたものの初めて乗るものだった。




 定員15名のバスには私の他にも大きな荷物を抱えた人たちが乗っていた。


 皆、私と同じように都上りするのだろう。

 都で就職すると思われる十代から二十代半ばくらいの人たちが乗客のほとんどを占めていた。馬車ではなく蒸気自動車を利用するだけあって身なりの良い人たちばかりだ。



 しかし、若者の多い乗客の中で、一人だけ浮いている五十歳ほどの女性がいた。彼女はそんなに大きくもない手提げカバンひとつという身軽さだった。


 彼女は私を認めると隣の席にまで移動して、にこにことした笑顔で私に話しかけてきた。



「アルティヒさんのところのお嬢ちゃんだね?」

「はい、そうです」

「噂で聞いたわよ。国立高校に入学するんだってねえ。おめでとう」

「ありがとうございます」



 私の生まれ育った町はそれなりに大きいが、私の元に届いた国立高校合格の通知はわずか二日で町民全員が知るところになった。

 おかげで多くの人に祝いの言葉をもらい、そして見知らぬ人に話しかけられることにも慣れた。



 女性は変わらず笑みを浮かべながら私に語った。



「実は、私の息子も国立高校出身でねえ。これから息子の家に移り住むところなんだよ」

「それはすごい! えっと、それなら息子さんは今何をしていらっしゃるんですか?」

「自慢じゃないけれど、立派に医者をしているそうよ。

 それでね、研修が終わって収入も増えたから母さんも一緒に住もうって誘ってくれたの。本当、自慢の子供だわ」



 私は彼女の話に関心を持った。高等学校どころか中等学校に進む人ですら多くは無い中で、私と同じように国立高校に入学し、卒業した人物の話には素直に興味があった。


 それから都に着くまでの数時間、私は彼女――ヘッケンさんとずっと会話していた。



 彼女は聡明だった。尋ねれば答え、さらに必要だろうことも添えてくれた。少々親ばからしいところがあったが、それさえ微笑ましいと思えた。




 日が傾き始めたころ、都に到着してバスから降りた私たちは別れることになった。


「それじゃあ、ロズヴィータちゃん。学校がんばってね。応援してるわ」

「はい! ありがとうございます!」


 ヘッケンさんは最後までにこにことして手を振っていた。とても良い人だった。

 私は彼女との別れを惜しみながらも、目的の学校がある学術研究区を目指して歩いた。




 都には故郷の町と全く異なる風景が広がっていた。


 高く大きな造りの建物が立ち並び、くまなく舗装された大きな道の真ん中を蒸気自動車が走っている。

 人々はシンプルかつエレガントな今風の服を着て、なまりの無い滑らかな発音で話をする。

 吹き抜ける風にさえ花開いた文明がある気がしてくる。



 嗚呼、ここが。

 ここが世界を牽引する近代化の象徴、首都リーリエか!



 夢にまで見た場所、リーリエ。

 かつて姉が目標としていた国立高校のある都。




 ついに私はこの都の一員として、あの学校に入学する。


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