第16話 恋愛クソザコお嬢様は告られたい

 私、黒乃姫奈は幼馴染の黛一夜が大好きなの。それは幼馴染としての好きという気持ちではなく、異性への想いだと確信を持って言えるわ。この想いに気づいたのはいつだったか、そんなことも覚えていないくらいいつの間にか私は好きになっていたのよ。だって、私にとって彼は救世主のような人だったから……


 今でこそ、みんなの前に出たりするのには馴れたが昔の私は引っ込み思案な上に人見知りだったの。フランスにいた時だって友人は少なかったし、目立つようなタイプではなかった。


 だから、遠い異国の日本で、その上もうグループができているであろうクラスに転校するとなると私は憂鬱だったの覚えている。だから日本の学校になんて行きたくないと我儘を父に言っていたら「いい考えがあるんだ」とつれてきたのが彼との出会いだった。



 父曰く同世代の友人がいれば学校に行くのも楽しくなるだろうという事らしい。初対面の、しかも異性の同級生という事で緊張をした私だったけれど、彼は素敵な少年だった。私が緊張しながら話すのをしっかりと聞いてくれて、しかも、盛り上がるように質問もしてくれるのよ。

 そして何よりも、彼とは色々なテンポがあうこともあり、すごい楽しかったの。だから、彼と一緒に過ごした一日はあっという間に終わってしまった。寂しかったので、父に「また彼はきてくれるの?」と聞くと安心したように笑って「もちろんだとも」と言ってくれて嬉しかったのを覚えている。



 彼との再会はあっという間だったわ。なんと彼もまた私と同じ小学校に私と同じクラスに転校してきたのだったの。そんなことをされたら流石の私だって父の仕業だと気づく。だから、放課後に私は彼と二人っきりになった時に聞いたのだった。



「一夜君は私のせいで学校に転校させられていやじゃないの? 友達と離れ離れになっちゃたんだよ?」



 すると彼は一瞬驚いたような顔をした後に満面の笑みでこういってくれたのだ。



「別に嫌じゃないよ、それにさ、転校したってことは新しい友達ができるってことだよ。現に俺は姫奈ちゃんと友達になれたじゃん。俺はそれがすっごい嬉しいんだよ」




 その言葉を聞いたときに私の胸がポカポカとしたのを覚えているわ、ごめんなさい。先ほど恋したタイミングがわからないというのは嘘よ。この時の彼のやさしさと私にはないポジティブな思考に惹かれたの。



 私にとって彼は、おとぎ話に出る王子様の様だった。そして彼のかっこいいところはそれだけではなかった。引っ込み思案な私をグループの輪に入れてくれたり、フランスの血があり金髪であり男子にからかわれていた私を庇ってくれたのだ。この頃から私は彼をより意識することになったの。



 そして、私が大きく変わるきっかけは小学校高学年になった時の話だったわ。彼のおかげで多少は人見知りもよくなったけれども、いまだ人の前に立ったりすることは苦手だった私は、父からは「黒乃家の令嬢として、皆を引っ張る人間になりなさい」と言われていたけれど、とてもじゃないが無理よって思っていたの。



 ある日の事、廊下を歩いていると同じクラスの大して話したことのない女の子達が話しているのが聞こえたの。




「黛君って可哀そうだよね、親の命令でしかたなく、あの子の面倒をみせられているんでしょう?」

「だよねー、黒乃さんって確かに綺麗だけど、あんまり喋らないし、遊んだりしないわよね……実家がお金持ちだし内心は私達を馬鹿にしているんじゃないの? そんな子の面倒を見せられて、黛君もかわいそうだよね」



 今思えばそれは嫉妬や妬みもあったのかもしれないし、一夜と一緒にいる私がきにいらなかったのかもしれないわ。だけど、その時に父が言っていたことを理解したのよ。良くも悪くも大企業の社長令嬢として生まれた私は目立つし、妬まれる。だから妬まれる気持ちを返すくらいに立派な人間にならねばならないの。そして、何よりも、一夜がかわいそうなどと言われるのが我慢ならなかった。



 だから私は努力をすることにしたの。元々勉強はできていたけれど、今まで以上にがんばったのよ。苦手な運動だって、父に頼んでトレーナーをつけてもらうことにしたの。そして、パーティーなどの人前に出る機会も増やしてもらって人見知りも無くす度胸と社交術を身に着ける事を心掛けたの。



 そして、最後にクラスの学級委員長に立候補もしたの。そんな私を見て彼はなにも言わなかったけど、彼も学級委員長に立候補をしてくれたのはすごい嬉しかった。でも、疑問に思ったので聞いてみると彼は少し照れくさそう笑って言った。




「なんで、一夜君も学級委員長に立候補したの?」

「そうだね、姫奈ちゃんががんばってるから俺もなんかがんばりたいなって思ったんだよ。嫌かな?」

「ううん、嫌じゃないわ。それで……一夜君は私がなんでいきなり変わろうとして変だなって思わないの?」

「そりゃあ、気になるけど言いたくないんでしょ? だったら聞かないよ。でも助けるくらいはいいよね。俺は姫奈ちゃんの味方だからさ」



 ああ、この人は本当にずるいと思う。色々とがんばっている私を見て陰口を言っていたクラスメイト達が、最近調子に乗っていると言っていたのを私は知っていたの。そいつらのことはどうでもよかったけど一夜君にもそう思われていたら嫌だなって悩んでいたから胸がすっとしとしたの。その日の夜に私は一人でベットで「しゅきぃぃぃ」と言いながら枕に顔をうずめて悶えることになった。



 そして、私は色々な挫折と成功を味わったけれど、中学にもなるころには自他認める才色兼備なリーダーシップを持つ一流のお嬢様となったの。もちろんそうなっても努力を怠りはしないわ。私は今まで以上に頑張るようになった。だけど二つほど問題がおきてしまった。


 一つは一夜が私の執事になってしまったことだ。いやいや、お父様労働基準法って知ってます? と思ったが、彼が私と一緒の屋敷に住むと聞いて意見を180度変えた。グッジョブです、お父様!! 


 ちなみに敬語を使われたのが悲しかったので半泣きで二人っきりの時はいつも通りに接してよと言ったら一夜は苦笑をしながら「王牙おじさんには内緒だよ、まあ、俺もちょっと距離を感じて寂しかったから、嬉しいんだけどね」と言ったのを聞いて同じ気持ちだったことが嬉しくてその日はニヤニヤとして寝れなかった。


 二つ目の問題は、私が恋愛面では相も変わらずへっぽこだという事だ。ここまでくればわかる。私にはそこまで特別な才能は無い。努力でおぎなっているだけだ。だけど恋愛は努力のしようがないのだ。そりゃあ外見には気を遣っている。お洒落も勉強して肌のお手入れだって欠かしていない。


 でも、彼を惚れさせるなんてどうすればっていいのよ? だって、親しい異性何て彼しかいないし、彼以外に色目を使うなんて絶対嫌だもの。


 そんな風に悩んている私のバイブルは『お嬢様は告られたい』というラブコメだ。執事とお嬢様の身分違いの恋のラブコメで、煮え切らない執事に対して、マッサージをお願いしたり、ちょっとエッチな恰好をして、彼の部屋に行ったりとお嬢様があらゆるアプローチをして、告白させようというラブコメである。とてもじゃないがこんなアプローチはできないけれど、私は彼女と自分を重ねて読んでいたの。特に婚約者から執事がお嬢様を取り返そうとするシーンなんて最高だった。



「私もこんな風に想われたいな」



 そんなことをおもいながらにやにやとする日が続く。そして、私と一夜の関係は表向きはお嬢様と執事、二人の時は親しい幼馴染の友人という関係のまま、変わらずに高校二年生にまでなってしまった。


 私ってそんなに魅力がないのかしら? そりゃあさ、皆といるときは偉そうかもしれないけど、二人の時は素の自分を見せているし、甘えたりもしているのよ。


 私はクラスメイトの仲の良い子達や部活の子達にこんな風に悩んでいる友人がいるのだけれど……と前置きをして、相談をしてみたが、アプローチが足りないんじゃないの? と言われたので頑張ってみることにした。文芸部の友人たちがなぜか私と一夜を二人っきりにさせようとしたのもその頃からだったわね。



 部室で甘えて見たり、彼の部屋に行ったりなどだ。引かれないかなとか、はしたないかなとか思ったけれど、私だって彼に好きって言ってもらいたいの。そのかいがあってか、彼は顔を真っ赤にして照れているようだった。よかった、おとうさんに内緒でデザイナーさんにお願いしたルームウェアは無駄じゃなかったんだ。ちょっと谷間が強調されていてすっごい恥ずかしかったけど、勇気を出した甲斐があったなとほっとしたのよ。



 そして、彼から大事な話があると連絡が来た。私はその連絡を聞いて胸が熱くなるのを感じた。やっと私の気持ちに気づいてくれたんだろうか? もう、遅いのよ、バカ……。あなたと付き合えたらやりたいなって思ったことはたくさんあるのよ。中学の頃の調理実習の事を覚えているかしら? あなたは私が作った失敗作の焦げたハンバーグを「頑張ったね」って言って食べてくれたわよね? 家事なんてやってこなかったけれど、できるかなって思って見事失敗したハンバーグを……「あんた確かハンバーグ好きだったわよね。特別につくってあげるわ」って恥ずかしさをごまかすようにして偉そうに言って作って見事失敗したあのハンバーグを……



 私ね、あんたが食べてくれて嬉しかったけどそれ以上に悔しかったのよ、あんたは覚えていないかもしれないけど、その前日に中庭で一緒にみているカップルを見て「ああ、彼女の手作り弁当っていいなぁ」ってぼそっと呟いていたのを私はちゃんと聞いてたんだから、今だって覚えているんだから。


 調理実習の次の日から私ね、シェフに頼んで料理を習う事にしたのよ。もちろんあんたには内緒でね……最初はひどいものだったわ。指を怪我した私を見てあんたは心配してくれたわよね? 誤魔化した私を見て不思議そうな顔をしてたけどそういう事だったのよ。だって、あんたを驚かせたかったんだもの。



 あんたの彼女は才色兼備で料理だってできる最高の彼女なんだって教えてあげるからね。もちろん料理だけじゃない、掃除を筆頭に他の家事だってちゃんと習っているんだから。クッキーとかを作り始めたのだって、友達にあげるのもそうだけど、あんたに食べてほしいから頑張ったのよ。私知ってるのよ、あんたが暇なときに余った紅茶をのみながら甘いものを食べるのが好きだって。その時のリラックスした雰囲気と笑顔を浮かべる瞬間を見るのが私は大好きなのよ。



 私は妄想と回想を終えて部屋に神妙な顔をして入ってきた彼を見つめながら、紅茶に口をつける。この紅茶はね、私のお気に入りなの、中々手に入らないから特別な日にだけ飲むようにしているの。告白が終わったら、あんたにも淹れてあげるからね? 私ね、紅茶を淹れる練習もしているんだからね。もしも付き合ったらね、二人で交互に淹れあうのとかちょっとお洒落じゃないかしら? 私は手を震わせているのが彼に気づかれないように祈りながら彼の言葉を待つ。



 どんなふうに告白してくれるかな? 『好き」っていうシンプルな言葉かしら? それとも好きになったきっかけとかを教えてくれるのかな? ああ、私の好きな所を言ってくれるのかしら。どうしよう、そんなこと言われたら私は泣いちゃうかも。だって、ずっと好きだったのよ、そんな人に告白をされるなんて夢見たいでしょう?



「悪い姫奈……俺は屋敷を止めることにしたよ。今ままでありがとう」



 は? 今なんて? え、ちょっとごめんなさい、聞き間違いかしら? 私は自分の目の前が比喩でなく真っ暗になるのを感じた。


 その後、私はなんて答えたか覚えていない。だけど、彼が引っ越しの準備をするので学校を休むって聞いて一人で登校することになった時にそれが現実という事を理解するのであった。


 よほどひどい顔をしていたのだろう、七海にすごい心配をされながら学校についた私だったが、授業何て一切頭に入らなかった。その様子がよほど心配になったのだろう、仲の良いクラスメイトや文芸部の友人たちが集まって話を聞いてくれた。



「そのね……別にたいしたことじゃないんだけど、一夜が屋敷を止めるらしいの。まあ、彼には彼の考えがあるんだし……」

「それは死人みたいな顔をしても仕方ないですよ、大好きな一夜君と一緒にいる時間がへっちゃうもんね」



 文芸部の友人の言葉に私は驚いた。いや、だって私の気持ちはだれにもいったことはないわけで……



「その……私は別に一夜の事を……」

「いやいや、馬鹿でもわかりますよ。だって、一夜君を見る目だけあきらかに違いますよ。文系部のみんなはみんな知っています。でも、一夜君も絶対姫奈ちゃんの事を好きだと思ったんですが……」

「そうだね、僕らクラスメイトも、姫ちゃんが執事君の事を大好きっていう事はみんな察していたよ。姫ちゃんはいつ幸せそうに彼の事を話すからね。いつ付き合うかっていうのをみんな楽しみにしていたんだよ」



 文芸部の友人と誠ちゃんのセリフで私は顔が熱くなる。え、私の気持ちってバレバレだったの、なのになんで一夜には伝わっていないのよ。おかしいじゃない。



「でも、姫奈ちゃんはこのままでいいの? 話を聞いている限り、一夜君も姫奈ちゃんの事を好きとだ思うよ。彼はまじめそうだからね、自分の立場とかをかんがえているんじゃないかな?」

「そんなのどうでもいいのに……」

「でも、彼にその事を言ったことはある? そんな気にしていないよってちゃんと言葉にしたかな?」

「……してないわね」


 誠ちゃんの言葉で私はハッとする。確かに私は態度には出したつもりだったけど、彼への好意を言葉にしたことはなかったわね、だけど、仕方ないじゃない。その言葉をいえば私と彼の関係は壊れてしまいそうだったから……

 ううん、違うわよ、姫奈!! 甘えるんじゃないの!! 私は怖かっただけよ、彼に拒絶されるのが……彼に好きじゃないって言われるのが……



「姫ちゃん……よかったら僕たちが手伝おうか?」

「でも……そんな悪いわよ……あなたたちにそこまでしてもらうのは……」

「姫ちゃん……僕たちはね、いつも率先して嫌なことをやってくれている君に感謝しているし、皆を助けてくれている君の事が大好きなんだよ。この前だってセクハラをしている用務員に困っている子を助けてくれだだろ、僕たちはそんな素敵な友人の力になりたいんだ、それじゃ理由にならないかな?」

「ありがとう……でも、どうすればいいのかしら?」

「安心して!! 実は私姫奈様と一夜君でラブコメを書いていたの!! 脚本ならあるよ。一夜君の好きなシチュレーションもたくさん聞いてるから、これで誘惑しちゃえば効果は抜群ですよ!! 誠ちゃんにも力を借りてもいいかな?」

「もちろん、僕らの姫ちゃんのためだ、たやすいよ。演劇部のエースの力を見せる時が来たね」



 あっという間に話が進んでいく。強引な流れだったけど不思議と嫌な感じはしない、それはみんなが本当に好意でやってくれているとわかっているからだ。そして元々私は天才ではない、ましてや恋愛なんて、初心者も同然だ。だからこそ死ぬ気で一生懸命やってようやくなのだ。



「みんなありがとう、私は何をすればいいかしら?」

「そうですね、姫奈様はお父様に協力をお願いしておいて、かなり強引な手を使ういますから」


 そして私は父に説得をするのだった。ああ、そうだ、みんな私のためにがんばってくれている。だったら私も一生懸命頑張るべきだろう。非常時は奥の手を使うしかないわね。

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