第40話  吊り橋効果でドギマギ作戦!

「あれも最近公開されたばかりなんだって。友達がいってたけど、かなり怖かったらしいよ。トウマちゃんも観ているうちに涙目になっちゃったり…」




「まてまてまて。ちょっと待て」




 解説を始めた花梨に、俺は慌てて待ったをかける。




「ん?なに、トウマちゃん。やっぱりホラーを観るのは怖いのかなー?」




「違わい。お前、今日はデートだって言ったよな。なんでホラーチョイスしてんだよ」




 俺は思った疑問を口にした。


 というか、疑問を感じて当然だと思う。


 なにが悲しくてデートでホラーを観ないといかんのだ。


 友達出かけた先で、やることのない暇つぶしに適当に選んだというならまだわかるが、高校生のデートでホラーを一緒に観たなんぞ俺は聞いたことがない。


 変化球とか渋いチョイスとか、それ以前の問題だろう。いつも通り劇場アニメを観たほうがよっぽどマシだ。


 この疑念をスルーして、ニッコリ笑ってじゃたそれを観てみようかなんて大人の対応、俺には到底できなかった。




「ふ、よくぞ聞いてくれたねトウマちゃん。ズバリ、これは作戦なのだよ」




「は?作戦?」




 理解できずに聞き返すも、チッチッチッと指を振り、何故か得意げな顔をしだした花梨。


 なんかデジャヴを感じるんだが。


おい、嫌な予感がしてきたぞ。




「そう。その名も『吊り橋効果でドギマギ作戦!』ホラー映画を観て怖くなったトウマちゃんに私が優しくしてあげて、そのまま吊り橋効果で私のことを意識させて好きにさせちゃおうという、超頭のいい作戦なのだよトウマちゃん!」




 不安的中。


色んな意味でとんでもないことを、目の前のポンコツ幼馴染はのたまった。




「吊り橋効果…?」




「え、知らないのトウマちゃん?プークスクス!じゃあ無知なトウマちゃんに教えてあげるね!吊り橋効果っていうのはね、怖かったり驚いたりする場面で隣に頼りになる人がいると、その人のことが好きになっちゃったんじゃないかって勘違いしちゃうことを言うんだよ!」




 いや、知っとるわそんくらい。


 ドサクサにまぎれてなにマウント取ろうとしてるんだコラ。


 俺がつい聞き返しちまったのは、自分から作戦名から内容までネタばらしどころかぶちまけたうえに、何故か自画自賛までし始めたお前の思考がまるで理解できなかったからだぞ。


 まさかそんな理由で初デートで初手ホラーキメるとか、お釈迦様でもわかるまいよ。




「トウマちゃんは素直になれないツンデレさんだからね。怖がってるトウマちゃんの隣で、私が震えるその手をギュッと握りながら、『大丈夫、怖くなんてないよ。私がついてあげるから…』って囁いてあげれば、もう一発でメロメロって寸法なの!」




 呆れる俺をよそに、花梨は脳内妄想に花を咲かせているようだった。


 しかもどこまでも花梨にだけ都合のいい、思わずツッコミを入れたくなるやつ。


 聞いてるこっちのほうがびびるまである。




「自分にとって必要な存在が誰なのか、そこでようやくトウマちゃんは気付くんだ。『あ、俺には花梨が必要なんだ』って。『花梨がいないともうダメなんだ、大切な存在がこんなにも近くにいたことに気付かなかったなんて、俺はなんて馬鹿だったんだ』って…!自分の本当の気持ちに気付いたトウマちゃんは、私の手を取ってプロポーズ!そして私はそれをしょうがないなぁトウマちゃんは。私がいないとダメだもんねって、優しく受け入れてあげる…我ながら、完璧なシナリオだよ!そう思わないトウマちゃん!」




 ああ、そうだな。馬鹿だな。


 下手なホラーよりよっぽど怖いシナリオだよ。才能あると思うぞお前。


 欲望全開の願望を、平気な顔して本人の前で口に出せるあたりが特に。




 しかもプロポーズ相手に同意まで求めてくるんだから、花梨の脳内に存在している俺と、こうして真顔で突っ立っている俺は、きっと全くの別人なんだろう。


 シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの俺ってとこだろうか。


 人と人が分かり合うことは永遠にないのだろう。そんな悟りを、つい開きそうになってしまった。




「そうだな、完璧だな」




「でしょ!」




「ああ。で、その完璧なシナリオを本人に聞かせたわけだが、これからどうするつもりなんだ?」




「…………あ」




 やっちゃった。


 言わなくてわかる。目は口ほどにものを言うらしいが、大きく口を開けた今の花梨は顔でものを言っていた。




「言っておくが、俺はそのシナリオに沿うつもりはないぞ。アドリブ全開でいかせてもらうからそのつもりでな」




「きゃ、脚本の修正を聞き入れてくれたりとか…」




「絶対嫌だ」




「うぐぅ…」




 全力で拒否権を行使すると、花梨はぐったりと項垂れた。

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