第35話 幼馴染以上妹未満
「えー、なんで止めるのさトウマちゃん。私達、もう恋人同士なんだから報告するくらい別にいいじゃん」
なんとかおばさんへの連絡を阻止したのはいいものの、花梨は不機嫌になっていた。
「だからそれが間違いだっていってるだろーが」
「ぶー…そんなに違うなんて言わなくてもさ…」
俺が否定すると、花梨はますます頬を膨らませる。
いや、そんな顔をされてもな。
そもそも彼女と言ったこと自体がその場のでまかせなんだから、恋人もクソもない。
「あれはナンパ野郎どもへの牽制だったんだよ。ああ言うのが最適な行動だと思ったんだ。そもそも、俺の気持ちを変えるための今日のデートだったんだろ?いきなり心変わりしているほうが変だろうが」
我ながらひどいことを言ってる自覚はある。
なんせ俺を落としてみろと言ってるようなもんだしな。
本来なら立場が逆だし、俺が花梨を振り向かせようと努力するのが普通のデートであるはずだ。
そう考えると、つくづく俺と花梨の関係性は特殊だといえるだろう。
俺が花梨に今抱いている感情は、せいぜい幼馴染以上妹未満といったところだ。
大切であることには変わりはないが、そこに親愛以上の情はない。
決して恋愛感情のそれではないんだ。その状態で恋人扱いされても困る。
さっきのあれだって、ナンパしてくるようなやつらに花梨を渡すのは癪に障るっていう、兄貴風を吹かせたい心理が働いたに違いないからな。
うん、シスコン的な感情からだ。間違いなくそうだ。
「言ったもん。トウマちゃん、私が彼女だって言ったもん…」
そんな俺の切実な思いとは裏腹に、花梨はまるで納得してくれていなかった。
今度はあからさまにいじけ始め、しゃがみこんで地面にのの字を書き始める始末である。
「おいおい…」
別に場所を選んでやれとは言わないが、あまり褒められた行動じゃないぞ。
あまりにも子供っぽいいじけ方に、逆になんと声をかければいいかわからなくなってしまう。
そうして立ち尽くす俺としゃがみこむ花梨の絵ヅラが出来上がるわけだが、さらに人気が増した広場に置いて、俺たちのところだけ空間がポッカリ空いた形になっているのがなんとも居た堪らない。
さっきのやり取りで元々視線を集めていたのは感じていたが、今度はナンパとはまた違う意味で注目され始めたように思えるのは、はたして気のせいで済ませていいものだろうか。
(いやぁ、よくないよなぁ)
経験上、花梨が一度こうなると長引くことは知っている。
喜怒哀楽がハッキリしているヤツなので、沈む時はとことん沈むところがあるのだ。
ただ、メンタルの強さもあってか切り替えもやたら早いため、きっかけさえあればさっさと立ち直る不屈の精神の持ち主でもある。
今の様子から察するに、自分から切り替えることに期待するのは正直期待薄だろう。
となれば、やはり俺がどうにかするしかない、か。
(デートが始まってすらいないのに、どうしてこうなるやら…)
まぁ愚痴ったところで仕方ない。
とりあえず何かしら会話のとっかかりでも掴もうと、俺は何気なく花梨を見るのだが、そこでふと気付いたことがあった。
「今日の服、なんかやたら気合入ってんな」
今日の花梨の装いは、肩の見える白のフリルブラウスに、チェックの入った青のプリーツスカートだ。
髪も青いリボンで止めており、全体的に清楚な印象でまとまっているが、そのどれもが初めて見た衣類である。
少なくとも俺と遊びに行くときに着てきたことはないと思う。
なら、今日のために卸したばかりということか。
よく見れば確かに真新しい感じがするし、デートのために用意したと考えるのが妥当なような気がする。
「…………トウマちゃんとの初めてのデートだから。可愛いって思ってもらいたかったんだもん」
俺の考えを肯定するように、花梨が呟く。
相変わらず下を向いて指で地面に文字を書きっぱなしだが、声色には僅かになにかを期待しているような含みがあったのは気のせいではないだろう。
(ほんとにコイツは…)
良くも悪くも憎めないというか素直というか。
こういうところが、つい面倒見てしまう理由なんだよな。
思わず苦笑しかけたが、花梨に見つかるとまた機嫌を損ないそうだったので、咄嗟に口元を引き締める。
少なくとも見た目は真面目にしておくべきだろうしな。
「なぁ花梨」
俺は地面にしゃがみこむと、花梨の肩に手を置いた。
「……なに?」
「その服、似合ってるぞ。どんな服も着こなせるもんな。お前はやっぱり可愛いよ」
そうしてこちらを向いた花梨と目線を合わせ、俺は素直な気持ちを口にした。
柄にもないこと言ってるなぁと、ちょっと恥ずかしくなりながら。
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