第6話 神(自称)、紙袋を脱ぐ(ネタバレ)

「……なにしてるの、お前」




 気付けばそんな言葉が口に出ていた。


 こんな髪色をしていて、こんなことをしでかしそうな人物の心当たりが、残念ながら俺にはあったからだ。




 普通ならきっと有り得ないだろう。


そもそも神を名乗るやつなんて、いるほうがおかしい。




 だけど、残念だけど!すっげー嫌だけど!




 めっちゃあった。あってしまった。




「え、なにしてるって…ていうか、神にタメ口とか…」




「お前、神はねーだろ神は。何考えてるの?ていうか、どうやって家に入ったんだよ」




 髪と紙と神の奇跡のトリプルコラボレーションがここに成立したわけだが、もはやそんなことはどうでもいい。


 ここまで物的証拠が出揃って、誰がこいつを神だと信じるというのか。


 むしろ未だに神を名乗ってることが、俺には残念でならなかった。




「え、普通に合鍵使ってだけど…い、いやいや違くて!私は神なの!神様の話はちゃんと聞いて…」




「お前、花梨だろ」




「ギクゥッ!」




 指摘してやると、神(自称)はわかりやすいほどわかりやすいリアクションを返した。


 ギクゥッて。お前、わざわざ口に出すとか…漫画の犯人だってもっと粘るわ。


 バレバレってレベルじゃねーぞ!!




「やっぱそうか」




「ナ、ナンノコトカナー。ワタシ神ダヨー。超エラインダヨー。そんな美少女のことなんてシラナイヨー」




 今時そんな片言の怪しい中国人みたいな動揺するやつがあるか!


 つーか、まだしらばっくれるつもりなのか…幼馴染のあまりの図太さに戦慄すら覚えてしまう。


 マジでメンタル強いなこいつ…ある意味尊敬に値するぞ…




「じゃあ聞くけど、神様がなんでうちの制服着てるんスか」




「ホァッ!?そ、それは慌ててたから…ち、違う!これは、天界でも採用されている由緒正しい衣服なのだ!」




 いや、苦しすぎるだろそれは。高校の制服を採用する天界ってなんだ。


 天使もJKの制服着てるってのか。羽をどこにしまうんだ。


 そもそも神レベルなら歳だって相当いってるだろうし、普通にキツいだろ。


 ほとんどコスプレみたいなもんだし、絶対嫌がってるやついるはずだ。


なんなら羞恥心の果てに、集団ボイコットならぬ集団堕天してもおかしくない。


 天界がどんなとこかは知らんが、俗世にまみれたおっさんくらいしか喜ばないような世界はすげー嫌だぞ。


 不快な想像をしてしまい、無性に腹が立った俺は腹いせ紛れに神(自称)へと追い討ちをかけるべく、気になっていた点を更に指摘していく。




「はぁ…じゃあなんで紙袋被ってるので?」




「これは神のご尊顔を人如きが拝むなど烏滸がましいからだよ!あまりにも可愛すぎて目が潰れちゃうからね!べ、別に神様って言えばトウマちゃんもきっと言うことを聞いてくれるとか思って被ったわけじゃないんだから!勘違いしないでよね!でも聞いてくれたほうが嬉しいかなって!」




 ツンデレかよ。なら中途半端に本音だすな、属性に徹しろ。


 てか考え浅すぎるぞおい。神はまだ百歩譲っていいとしても、紙袋て。


 こんな怪しい変態ファッションで、俺が神だと信じると思っていたというのだろうか。


 俺のことを普段どんな目でみてるんだコイツ…ていうか…




「ねぇ、神様。ひとついいスか」




「ん?なに?」




「隙間から、髪の毛見えてるんスけど」




「…………あ」




 神(自称)、フリーズした。


 いや、気付いてなかったんかい。


 ますます持って残念な気持ちが加速していく。




「ちょ、ちょっと待って!今直すから!」




「あ、おま…」




 そう言って神(自称)は反対側を向くと、ガサゴソと紙袋を脱いでいた。


 膝にさっきまで被っていた紙袋を置いて、自分の髪を整え始めるのだが、言うまでもなく俺からはその後ろ姿は丸見えである。


 背中のラインにかかっていた長い髪を両手でかきあげているため、白い耳に細い首筋。更にはシミ一つない綺麗なうなじまで、その全てがハッキリと見えている形だ。


 それが嬉しいかと言われたら嬉しくない。というか、色んな意味で困惑している。




「んっしょ、んっしょ…あぁ、もう最悪だよぉ…」




 いきなり目の前でテーマーパークの着ぐるみが脱ぎだしたような気持ちというべきか。


 中に人がいるのは知ってるけど、その正体までは見たくなかったという、所謂シュレディンガーの猫ってやつだ。


 正体を指摘こそすれ、別にこんな形で明かして欲しいわけでは断じてなかった。




「え、えーと…とりあえず髪を巻いて、中に入れて…うぅ、まいったなぁ…」




 まいったのはこっちだ。お前、なにやってんの。


 そこにいるのはどうみても神の姿ではない。


 ただの人間であり見知った俺の幼馴染、神代花梨がそこにいた。




「じ、時間なかったから…ハーフアップにしとけば良かったよぅ…やっちゃった…」




「………………」




 独り言を呟きながら自分の世界に入っている幼馴染を見て、俺はすごく悲しい気持ちになっていた。


 長年一緒に育った幼馴染がここまで残念なやつだったと、この瞬間まざまざと見せ付けられているのだ。


 いくら可愛い妹分とはいえ、可愛さだけで誤魔化しきれないものがあるのだと、俺は初めて知ったのである。




(育て方を間違ったか…)




 俺はいたたまれなくなり、このポンコツな幼馴染から目をそらす。


 違う意味で、見てはいけないものを見てしまったという、謎の罪悪感に包まれながら。

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