攻略対象は自分ルートの悪役令嬢に振り回される

高萩

王太子編

前編

私の名はテオフィル・フォン・ファルケンホルスト。

ファルケン王国の第一王子で王太子だ。

私には幼い頃より決められた婚約者がいる。

名前をアリーナ・フォン・メレンドルフという。

アリーナは小さい頃から口煩く、なにかあるとすぐ王族としての自覚が足りないと叱ってきた。加えて王太子である私を敬うどころが振り回す人間だ。

私達の結婚は政略的なもの。

私のことを見て欲しいと頼めないし、正直彼女のような人に分かっても欲しくなかった。


どういう風の吹き回しなのか十五歳になり学園に入学するとアリーナは口煩く言ってこなくなった。

最初は単なる気まぐれかと思っていたのに。気がつけば彼女と会う回数すら減っていた。


「どういう事だ…」


アリーナに会わなくなった代わりに頻繁に会うようになっていたのはアメリーという平民の少女。

彼女はアリーナみたいに我儘は言わない。私の話を楽しそうに聞いてくれる。

最初は心地良かった。

それなのに今は苛々している。


「アリーナに会いたいな」


ぽろっと口から出た言葉に驚いた。しかし嘘偽りのない本音だ。

あの小煩い声が聞きたい。

きつく吊り上がった瞳を緩めて笑いかけて欲しい。

会わなくなった途端にそう思うようになっていった。


「あの、テオ様…」


私とお茶をしていたアメリーも驚いた顔をする。

それにしても上品とは言えない飲み方だな。

いくら平民と言っても紅茶の飲み方くらいは学園の授業で習う事なのに。

それに比べてアリーナは見惚れるほど優雅に紅茶を口にする。間違っても音を立てないし、背筋も曲げない。そして紅茶に対して敬意を払うように楽しんで飲んでいた。


「テオ様…?」


最後にアリーナからテオと呼んでもらったのはいつだっただろうか。私が覚えている限りでは学園に入学する前だ。

呼んで欲しいな。


「ねぇってば!」


アリーナはこんな風に声を荒げた事はなかった。

彼女は常に淑女として、次期王太子として完璧な女性だった。

口煩かったがそれがどうした?

彼女は私の、王太子の婚約者なのだ。

私が王太子としてやっていけるように叱ってくれていただけではないか?

そもそも彼女に王太子の婚約者という足枷を付けたのは私達王族だ。彼女はそれに応えようと努力を惜しまない人だった。


「テオ…」

「私をその呼び方で呼ぶな」


アメリーに私をテオと呼ぶ許可をした覚えはなかったのに。どうして呼んでいる。

その名で呼ぶ事を私から許したのはアリーナだけだ。

初めて会った彼女に私が呼んで欲しいとお願いをしたのだ。

それでも呼ぶのを躊躇う彼女に呼ぶよう命令したのは私だった。


「帰る。君もさっさと帰りなさい」


私は中庭を後にした。

どうしてもアリーナに会いたかった。

会って今までの態度を謝りたかった。


「何故いない!」


学園中を歩き回ったが彼女は見つからない。

何人か目撃者がいるのに彼女自身は見つからないのだ。


「避けられている?」


あり得ない話ではない。

最近、私に関する噂は悪いものばかりだった。


平民の女に入れ込んでいる。

婚約者を蔑ろにしている。

生徒会の仕事を疎かにしている。


全て間違っている。

しかし私の取っていた行動は間違いなくそう勘違いされてもおかしくないようなものばかりだ。


きっとアリーナの耳にも噂は届いているはず。

だが、アリーナは噂に流されるような人間ではない。いや、私がそう思いたいだけか。

私の行動を彼女自身も知っているのだから。


「馬鹿か、私は…」


短く呟いた言葉は消えそうなものだった。

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