第六話 〜月〜

僕たちが出会ったのは、太陽そらが両親を亡くして直ぐの頃だった

そんな二人の出会いはとても不思議なものだった事を覚えている


両親を亡くした太陽そらはその死を身近に感じる機会が多くあった

夜寝る時も、朝起きる時も、昼間の時間でさえ

太陽そらにはその時間、胸の中にあった〝何か〟が抜け落ちた、そんな喪失感を抱えていた

それでも一緒に暮らした家に思い出があるからか、太陽そらはその家を出ることは出来なかった

ただ両親を亡くして直ぐだから、あまり家にいると両親の事を思い出してしまい悲しくなるようだ

結局、家から離れる機会が多くなっていた


そんな太陽そらは当初八歳だったから、家から出てもあまり遠くに行くことは考えていなかった

もともと田舎だから行く所もあまりないし、仕方なく学生がよく使う古びた通学路まで散歩していた

そんな古びた通学路には神社が一つあって、周りは林が生い茂っている

太陽そらはその神社で何をするでもなく、心に空いた喪失感を埋めるようにそこに座っていた




そんなある日のこと


「ニァ〜」


と何処からか猫のなく声が聞こえる

神社のやしろに座っていた太陽そらは、そのまま声のする方に振り返った

そこには黒く汚れた猫が一匹だけ座っている

黒猫と見間違えるほどに汚れていたが、その毛の中には何本か綺麗な白い毛がある


「猫ちゃん、ここでなにしてるの」


太陽そらはその猫に聞いてみるが、猫は完全に無視して毛づくろいをし始めた

無視された事に太陽そらはムッとした表情を浮かべるが〝猫なんてもともと気まぐれな生き物だ〟と直ぐに諦めたのか表情を元に戻した

ただ太陽そらがその猫から目を離すと決まって


「ニァ〜」


とやる気のない様な声で鳴いた

振り返るとやっぱりこちらを完全に無視して毛づくろいをしている

そんなやり取りを二、三回ぐらい繰り返した


「ニャ〜」


と今度は今まで以上にやる気のない声で鳴いている

それに太陽そら


「なにさ、うるさいな」


と言いながら振り返ると、さっきまで無視していた筈の猫と目があった

その猫は太陽そらが〝じっとこちらを見ている〟事に気づくとゆっくりと起き上がり歩き始める

それを目で追いながら少しすると、猫は振り返りまた太陽そらと目を合わせた

どうやら猫は太陽そらに〝ついてこい〟と言っているみたいだった

何もすることがなかった太陽そらは、何となくそんな猫についていく事にした


「猫ちゃん何処に行くの?」


太陽そらは猫に問いかけてみたが相手は猫である

当たり前だが返事は返ってこない

そんな猫は神社を出て大きな草木が生えた道に入っていく

草木があってわかりずらかったが、よく目を凝らしてみると〝うっすらとだが道がある〟みたいだ

猫はその道をスタスタと歩いていく

太陽そらもそんな猫を追ってその道を歩いていく

しばらくすると周りは林になっていた

そんな林の中を猫はまだ進んでいく

太陽そらも猫の後を追って進んでいく・・・




どれだけ経っただろう

そんな林ばかりが続いていた景色が開いて、その場所はいきなり現れた

そこには林の木を使って作られた立派なウッドハウスと、大きな岩山があちこちにあった

その光景を見た第一印象はまるで〝世界から切り離された幻の空間〟の様だった

その不思議な光景に魅入られていた太陽そらに、一番大きな岩山の上から声をかける


「お前、こんな所で何してるの」


その声のする方へと太陽そらは目を向けるとさっきの猫を撫でながら青年が座っているのが見えた

太陽そらが初めてその姿を見た時は、目を奪われて声を失っていた

〝あまりの儚く綺麗な姿〟で子どもだった太陽そらからは〝絵本から飛び出してきた天使〟の様にも見えたからだろう

そんな姿に目を奪われていた太陽そら


「聞こえていないのか」


と言う一言で我に返った

無視されたと思って、少し不機嫌な様子を浮かべているのに気がついたのか太陽そらはとっさに


「ご、ごめんなさい、あなたの姿が天使みたいで少し目を奪われていました

・・・もしかして本物の天使?」


と正直に答えながら困惑しているのを見て、表情が少し和らぐのを感じた

そしてすぐに


「こちらこそすまない、確かにいきなり声をかけられては困惑するよな」


というと岩山から天使の様に舞い降りて、太陽そらの目の前までゆっくりと歩み寄ると


「さっきの質問だが、残念ながら天使ではない

僕の名前はうみと言う〝月〟と書いて〝うみ〟って読むんだ

ここは僕の秘密基地で、僕しか知らない場所なんだ」


と自己紹介をした

それを聞いて太陽そらもすぐに


「こんにちは、僕は空道くどう太陽そらって言います

太陽そらは〝太陽〟と書いて〝そら〟って読みます

そこにいる猫について来たら、ここに辿り着きました」


と名乗る

それを聞いて少し驚いた様子を見せながらも


「そうか、こいつが君を呼んだのか…」


と〝何か含むような表情〟で猫を見ながら呟く

それを見ていた太陽そらは大人びた態度よりも、そこにいる猫が〝この秘密基地〟に連れてきた事の方が不思議な様だった事に〝なんとなく変わっている〟そう感じた

そんな太陽そらに猫から視線を外して向き直し


「そう言うことなら、これからこの秘密基地は僕と君の二人の秘密基地だね」


と笑いかけながら答える

そんな感じに太陽そらは、こうしてこの〝秘密基地〟で〝うみ〟と出会ったのだった




それからと言うもの、太陽そらは毎日のようにここに来る様になった

最初はあまり話さずに一緒にいるだけだったが、少しずつ興味が出てきて、太陽そらと話をする様になっていった

今となっては〝太陽そら〟にとっての幼馴染のポジションにいるようだ

『そういえばうみの姿は出会った当初からあまり変わった様子がないような?

こうして改めて見てみると不思議な感じだよな』

太陽そらがそんなことを考えていると


「あのー、太陽そらくん

そう見つめられると僕困るのだけど…」


と少し困ったように言うと太陽そらは見過ぎていた事に気づく


「あぁ、ごめんごめん、そういえばうみってあんまり変わらないなーと思って、つい見過ぎてた」


と少し照れくさそうに謝罪をする

それを見て〝そうなんだ〟と言う風に納得した様子を見せて


「まぁ僕は若いからね〜、逆に太陽そらは老けたんじゃない」


と冗談まじりの笑顔で答える

太陽そらはそれに


「そんなことないよ」


と頬を膨らませて答えると、しばらく沈黙の後に二人で吹き出して笑いあった

笑い終えるといつものように太陽そらは木の上にあるウッドハウスに上がる

ふと岩山に太陽そらが目線を動かすと、眠くなってきたのか岩山の上で横になって、木々の隙間から差し込める日差しを浴びながら、気持ちよさそうに眠り始めるのだった

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