青空に溶けゆく旋律8
「すごいじゃん!さっきとは全然違うし、すごい良かったよ」
「ありがとう...ございます」
少し照れたせいで言葉に詰まってしまう。
「でも急になんで?」
「んー。―――なんででしょうね」
理由は分かっていたが僕はあえて口にはしなかった。多分、夏樹さんの演奏が少し変わったのと同じことで技術的な部分(それも技術の1つかもしれないが)ではないところによる変化が影響してるんだと思う。
だけどその変化の理由が理由なだけに僕はあえて知らない振りを選んだ。
他の人がどう思うかは分からないが僕はこれでいい。このままこれは胸の宝箱に仕舞っておく。これからもまだ少し思い出して気分が沈んだりすることもあるかもしれないけどその時はこの曲に頼ろうかな。雲が流れていき快晴になっていく青空を見上げながら聴くのも悪くないのかもしれない。
それからは夏樹さんの別の演奏を聴かせてもらったり連弾してみたりと昔のようにピアノを楽しんだ。その後に夏樹さんの予想以上に多かった荷物の運び出しを手伝い(結局多過ぎてバイクでは運べなかった為、夏樹さんが母に車を借りて一緒に郵便局へ)、その時を迎えた。
「それじゃあまたね。大きくなったまさ君に会えて良かった」
「僕も久しぶりに夏樹さんと会えて良かったです」
「ちゃんんと勉強も部活も頑張るんだぞ。あっ、あと恋愛もね」
夏樹さんは最後に小声で「何かあったら相談に乗るよ」と付け足した。僕は少し複雑な気持ちになったがもちろんそれを言うつもりはない。
「努力はします」
「頑張ってね。もちろんほどほどにだけど。――それじゃあそろそろ行くよ。私はもう少ししたら県外に行っちゃうけど、機会があったらまた会おうね」
県外に行っちゃうのか。それは初めて知った。でももしかしたら結婚報告の後に言ってたのかも。僕は全く聞こえてなかったけど。
「うん。また」
僕の返事を聞くと夏樹さんはヘルメットを被りバイクに跨った。エンジンのかかる音が鳴り響く。
「夏樹さん」
エンジン音の中、彼女の名前を呼ぶと顔がこちらを向きシールドが上がった。
1度だけ整えるように呼吸を挟む。
「―――お幸せに」
「ありがとう」
片手を上げながら目がニッコリと笑った。そして再びシールドを下げると夏樹さんはバイクの音共に走り去っていった。
これで夏樹さんとは2度目のお別れ。だけど前回と違い今回は連絡先の交換もしたし、何より変化があった。大きな変化が。
もしかしたら僕はあの瞬間からずっと演奏を続けていたのかもしれない。タイトルも知らずにずっと。でもそれをやっと弾き終えた。タイトルを確認し、どんな曲かも知って、やっと最後の旋律を弾き終えたのかも。ならもう鍵盤蓋は下ろし屋根は閉め舞台を下りてしまおう。
次演奏する曲はもっと明るいものだと良いな。
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