青空に溶けゆく旋律3
夏休みが始まったばかりのとある真夏日。あちらこちらで蝉が自分勝手に鳴き叫ぶ中、僕は容赦ない陽光とアスファルト熱に挟まれホットサンドの具状態になりながらも道を歩いていた。
このまま溶けてしまうんじゃないかって思う程に噴き出る汗。
特に予定は無かったのにも関わらず外に出ていた僕はあまりの暑さにもう帰宅を検討していた。
足を止め少し睨むように青空を見上げる。雲の一切ないどこまでも続く澄み切った夏の青空。確かに綺麗だが雲が無いせいで活力に満ちギラギラと輝く夏の太陽が僕を容赦なく照らす。しかも意地悪して僕だけを狙い撃つかのように。
そんな空を眺めているとどこからか軽やかな旋律が聞こえてきた。柔らかで涼しいそよ風のようなピアノの音。
僕は耳を澄ませそれがどこから聞こえてくるのか探った――右側。そう思った僕は顔をそちらへ向ける。だがそこには見上げる程の塀があった。しかし丁度、顔の高さに穴―顔出しパネルのように丸いが模様が付いた穴―が開いていた。聴いてるだけで風を感じる音色。まるで花に誘惑される蝶のように誘われた僕は穴を覗く。
そこからは緑色の草が敷き詰められた小庭と閉まった大窓が見えた。その窓の向こう側には口を開け大きく艶のある黒いグランドピアノとそれを演奏するお姉さんの姿。黒いスキニーとTシャツを着たお姉さんは後ろで長い髪を結っている。
そしてリズムを取っているのか微かに体は揺れそれに合わせるように閉め切った窓から旋律が漏れる。僕は暑いのも忘れ夢中になりながら音を聞きお姉さんの姿を見ていた。
すると不意にお姉さんがこちらを向き目と目が合う。ドキッと心臓が飛び跳ねるのを感じた時にはピアノは沈黙していた。ほんの2~3秒だったが僕にとってそれ以上の時間――お姉さんと僕は世界が止まったように互いを見つめ合う。いや、その間も蝉は鳴き続けていたから仮に止まってたとしてもそれは僕とお姉さんだけだったのかもしれない。
そして再び時間が針を進め始めるとお姉さんは立ち上がり窓を開けた。僕はもしかしたら怒られるかもしれないと内心ビクつきながらも、足が溶け地面と一体化してしまったように動けずにいた。
「暑くないの?良かったらおいで」
だけどそんな心配を払うような優しい声が僕の耳には届いた。そのおかげでついさっきまであった不安は汗と共に流れ足も元通り。
僕は返事をするのを忘れ足を動かすと門まで向かった。
* * * * *
「まさ君?何してんの?」
夏樹さんの声で僕は記憶の世界からどうしようもない現実へと戻った。
「今行きます」
そう返事をしあの日と同じように鉄の軋む音を聞きながら門を通る。夏樹さんは門からドアまでの通路にバイクを止めていた。そんな彼女から視線を逸らし小庭へ目をやる。
あの日、門を通った僕がドアではなく真っすぐ向かった場所へ。
* * * * *
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