最終章22話『戻れない!? ホワイ!?』



「……お騒がせいたしました」



 人の目が多くある中、気のすむまで泣いてそのまま眠ったウェンディス。

 彼女が起きて最初に言ったセリフがそれだった。



「いやいや、ずっと背負ってきたものがやっと解消されたんだから仕方ないよ。それにウェンディスが泣くなんて姿、これから見られないと思うしね。それを思えば役得と思えなくも――」



「お黙りくださいバカ兄さま。犯しますよ?」



「あるえぇぇ!? 僕に対しての当たり方キツくなってない!?」



 げ、解せぬ……。



「まぁ主様が馬鹿なのは間違いないしのう」


「ですな」「だね」「はい」「だな」「うん」



「酷くないみんな!?」



 どうやらみんなは僕の事をとても低く見ているようだ。これは認識を改めさせないといけないだろう……いつの日か。


「っていうかさらっと混じっているあなたはどなた様ですか?」


 先ほどウェンディスが眠ってから起きるまでの間。セバスさんとエルジットと広河さんがどこかに出かけてしばらくしたら帰って来たのだが、そこに広河さんの姿は無く、見知らぬ女の子へとチェンジしていたのだ。

 長くつやのある黒髪を腰まで伸ばし、エメラルドグリーンの瞳でぼーっとこちらを見つめる女の子。無表情で何を考えているのか分からない。でも可愛いから許す!



「??」


 見知らぬ女の子は小首をかしげ。『何言ってんの?』とでも言いたげな顔で僕の事を見つめている。いや、そんな『きょとん』っていう擬音が出そうな顔で見つめられても僕の方が『きょとん』なんだけど……。



「えと……そんなジッと見つめないで……恥ずかしい……」



 頬を少し赤く染めて見知らぬ女の子は耐えられなくなったのか。僕から目を逸らす。ふむ。恥じらいがあるなんてすばらしい事だね。近くに居る女の子たちにこの子の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいくらいだ。



「おっと、これは失礼。では僕の方から自己紹介させていただきます。僕の名前は豊友洒水と申します。美しいあなたの名前を教えては頂けませんか?」



 演じるように僕は見知らぬ女の子に自己紹介をする。こういうのは第一印象が大事だ。正しく僕がジェントルメンである事を知ってもらうために多少の大仰さは許されるだろう。



「へ? 美しい? そ……そんな……ボクが美しいだなんて……」



 んん? あれ? おかしいな。この声どっかで聞いたことがあるような……。



「あ、改めまして……ボク、広河ひろかわ 子音しいんです。よろしくです」




 んんんんんんんんんん!?



「え? 広河さん? あ、あぁ、広河さんの妹かなにか?」


「? ボクに妹は居ないよ? ついでに姉も居ないよ?」



 おかしいな。何がおかしいって世界とかそういうのがおかしいな。

 そんなことを考えていたら広河さん??? の後ろからエルジットがひょこっと顔を出す。



「驚いたでしょユーシャ。さっき時間が出来たから広河さんをお風呂に連れて行ったんだけど「なぜ僕を誘わなかったんだ!!」」




 …………………………………………あ、口が勝手に………………。



「洒水さん?」


「ごめんなさいセバスさんジョークですイッツアアメリカンジョークですだからその握りしめた拳を降ろしてくださいこめかみに怒りマークを出さないで下さい謝りますなんだったら土下座でもなんでもしますんで許してくださいお願いします!!」




 口は災いの元と誰かが言っていたがまさにその通りだ。僕は悪くない。すべてはお茶目な僕の口が悪いんだ。そう、だから僕は悪くない。



「えー、でもユーシャって誘ったら誘ったでヘタレだから来ないでしょ? だったら別にいいじゃない。それより見てよユーシャ! 広河さん最近お風呂にも入らず髪の手入れもしてなかったみたいなの。女の子としてそれはどうなの? って思うでしょ? だからセバスにも軽く手伝ってもらって………………そうしたらジャーーーーン! こんなに可愛くキレイに仕上がりました~~~。あ、心配しなくてもセバスはお風呂場には入らせてないよ? もう凄いんだよユーシャ! 肌を洗うたびに汚れがどんどん落ちて髪も少し整えただけでこんなに綺麗になっちゃった! もうここまで行くと変身みたいだよね!?」 


「勝手にヘタレ認定された事には後で抗議するとしてそっか……あの広河さんか……」



 ボサボサだった黒髪が艶を取り戻し、後ろに束ねただけでこうまで変わるとは……女の子ってすごいと思わされるなぁ。



「あの……だからそんなに見ないで」


「あ、ごめん」



 しかも羞恥心まである。一人称が『ボク』である事さえ除けばこの場で一番女の子らしいんじゃないだろうか?



「兄さま? 何か失礼なことを考えていませんか?」


「いや、全然全くこれっぽっちも」



 ウェンディス……いつも通り鋭いね。正直引いてしまうほどだよ。



「こらユーシャ! これ以上ヒロイン増やそうったってそうはいかないよ! ほら、さっさと帰るよ!」


「ぐへぇっ。ちょっまっ。エルジ……締まっ首……苦しっ」



 後ろからエルジットに襟元を引っ張られる。いや、締まる! 落ちる! 落ちちゃうぅぅ!!



「ほら広河さん! 私たちを元の世界に返して! もう色々片付いたんだから十分でしょ!?」



「えと……ごめん。無理」



 …………なぬ? 


「無理ってなんでよーーーーーーーー!!」



「あわわわわ。お、落ち着いて聞いて」



「すぅーーーーー。はぁーーーーー。あー、空気がうまい」



 エルジットの拘束が説かれた僕は深呼吸して美味しい空気を堪能する。

 どうやらエルジットの標的は僕から広河さんに変わったようだ。一応広河さんの方が年上だったはずだが、エルジットはそんな事お構いなしに広河さんの肩を掴んで全力で揺さぶっている。あれじゃあ質問に答えようにも答えられないだろう。



「まぁまぁ、エルジット、とにかく話を聞いてみようよ」


 そう言うとエルジットはピタッと動きを止め、信じられない物を見るような目でこちらを見つめ、


「そ、そんな……ユーシャが『話を聞こう』ですって? ま、まさかユーシャに諭されるだなんて……ごめんなさい広河さん。すごーく取り乱しちゃってたみたい」


 どういう意味だろう? 少なくとも褒められていない事だけは分かる。



「うう、目が回る……。か、簡単に説明するとね? 今まで余所よそから来てた人は魔王を倒したら自動的に帰れるようにしていたんだよ。でも、洒水君たちはもう魔王を倒す気なんてないよね? それ以外にどうやったら帰れるかなんてボクにも分からないんだよ」



 ……わーお、なんて無責任。



「ちょっとーーーー! あなた神様でしょーーーーー! なんとかしてよーーーーー!」



「わわっ。そんなに揺らさな……うぷっ。きもち……わるっ」



 再び広河さんを揺さぶるエルジット。神様だからなんとかしてよっていう言い分にはまぁ同意するけどその神様に対してあまりにも失礼なんじゃないかな? 広河さんもあんまりガクガクと揺さぶられるもんだから気分が悪そうだ。例えるならば今にも吐きそうな顔……うん、これ例えっていうかそのままだね。



「まぁまぁエルジット。そのくらいにして少し落ち着こうよ」



「嫌だよ! こんな魔境に居たらまたユーシャが女の子に手を出しちゃうじゃない!!」



 一体エルジットは僕をどんな目で見ているんだろうか? もしかして下半身でしか物を考えられない淫獣みたいに思われているのかな? ちょっと本気で気になってきた。


 まぁそれはともかくとしてエルジットによる広河さんへの揺さぶり攻撃? を中断させる。広河さんの為でもあるけど、それ以上に広河さんが吐く姿を僕が見たくないからだ。女の子が吐く姿……うん、やはり見たくない。



「うぅ。気持ち悪い……。ありがと。洒水君」


「いえいえ、どういたしまして」



 とにかく最悪の事態はなんとか免れたようだ。



「……ふぅ。少し落ち着いたよ。さて、話の続きなんだけど洒水君、君にお願いがあるんだけどいいかな?」


「なんぞや?」



「な、なんだいその変な口調は……。まぁいいさ。お願いっていうのはね、洒水君。洒水君にはこの世界を旅して欲しいんだ。ただ旅をするだけじゃなくて多くの人に触れて欲しい。別に肉体的接触をしてって言ってるんじゃないよ? 多くの人と言葉を交わし、影響を与えて欲しいんだよ」

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