第4章9話『暗躍する■■』
どこかで聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
それと同時に様子がおかしかったアクアルスさんの姿が消えた。
「へ?」
突然消えたアクアルスさん。彼女は一体どこに? 周りを見回してみても居るのはエルジットやウェンディス達のみ。アクアルスさんの姿はどこにもない。
「これ以上バグは増やしたくないのですがねえ。いやぁ、困った困った。この状況、神はどう対処為さるのでしょうか? 神は私に何を求めているのでしょうか? 洒水さん。あなたはどう考えますか?」
男の声が響く。聞いたことのある声だ。穏やかで優しさあふれる声。どこかで聞いたことがあるんだ。思い出せ――思い出せ――思い出せ――
「しかしさすがと言うべきか。
そうして男は現れた。
30~40歳くらいの男。
その顎からは黒いひげが規則正しい感じで真っすぐ伸びており、優しそうな雰囲気を醸し出している。
僕は、その男に会ったことがある。
彼は――
「神父さん」
そう――現れたのは神父さんだった。神父服を身に纏い、穏やかな笑みを浮かべながら僕たちの元へとゆっくり歩いてくる。
「ごきげんよう洒水さん。魔王は……おやおや、お休み中ですか。これは好都合。洒水さん。黙ってそちらの魔王さんを引き渡していただけませんか?」
「ユーシャ。あれ誰? 神父さんっぽいけど」
「いや、神父さんっぽいも何も神父さんなんだけど……」
エルジットの問いに答えたものの、自分でも引っかかりを覚える。
そもそもなぜ神父さんがここに居る? 彼は常に教会に居るのではないのか? そしてなぜカヤを渡せだなんて言ってくるんだ?
分からないことだらけだ。そうしている間にも神父さんはゆっくりとこちらに――カヤの元へと歩み寄っていく。
「止まってください」
これ以上神父さんをカヤへと近づかせてはいけない。そんな予感から僕は神父さんの前へと立ちふさがる。
しかし、僕の言葉を無視してそのまま真っすぐ歩いてくる神父さん。僕はその体を止めようと手を伸ばし、神父さんの肩を抑える。
しかし、
「行かせな……え?」
すり抜けていた。
僕は神父さんの肩を抑えたと思った次の瞬間には神父さんは僕を素通りしようとしていた。確かに肩を抑えた感触があったにも関わらずだ。
「このっ」
素通りしようとする神父さんの肩を強く掴む。行かせてはならない。不思議とそんな思いがどんどんと強くなる。
しかし――
「そんなっ――」
またもやすり抜ける。いや、正しくは確実に肩を掴んだはずなのに手は空を掴んでいると言ったほうが良いだろうか?
僕の妨害を物ともせず、カヤへの歩みを止めない神父さん。止めなければという想いが先行するが、まったく対処法が思い浮かばない。ただただカヤに神父さんを近づかせてはならないという焦燥感だけが積もっていく。
「逃げます!!」
そんな時だった。ウェンディスが倒れていたカヤの肩を担ぎ、叫ぶ。
「ここは逃げましょう兄さま。ここで私たちが取るべき選択肢は逃走することだけです。このままでは全てが台無しです」
滅多に聞くことのないウェンディスの必死な声。いや、ここまで切羽詰まった様子のウェンディスを見たのは初めて見たかもしれない。
だからこそ、少しだけ僕は冷静さを取り戻せた気がした。
なぜだか分からないが僕の妨害を物ともしない神父さん。彼はなぜか眠るカヤを狙っている。神父さんの目的は謎。なぜ僕の妨害を受け付けないのかも謎。そして何より、今のカヤは気を失っていて自衛の手段が無い。連れ去られても抵抗が出来ない。
となれば――
「みんな、逃げるよ!!」
ウェンディスの言う通り、ここは逃げたほうが良さそうだ。神父さんの目的も力も分からないこともそうだが、何より狙われているカヤが動けない状況であるというのが怖い。
「分かった。そういう事だから逃げるよセバス! 私は足遅いからよろしくね!」
「畏まりましたお嬢様! それで洒水さん。どちらへ行くのですかな?」
エルジットをお姫様抱っこしながら尋ねてくるセバスさん。これじゃあセバスさんが勇者みたいだけど……今はそれをどうこう言っている場合じゃないっ!
「こっち、とにかく村から離れよう!」
僕は適当な方向を
「ありがとうございます。兄さま」
ウェンディスが担いでいたカヤを受け取り、セバスさんと同じお姫様抱っこの形で持つ。
(うわ、軽っ)
予想より軽いカヤの体重に驚きつつも僕はその場を後にする。それに続くようにセバスさんとエルジットが走り、それにウェンディスが飛翔の魔法を使って飛ぶ。
神父さんは未だカヤ――つまりはカヤを抱っこしている僕の元へと向かってきているがその歩みは遅い。少なくとも今のままのスピードなら余裕で逃げ切れるだろう。
そのまま特に神父さんはスピードを上げることもなく、僕たち五人は無事に村から脱出することができた。
★ ★ ★
「やれやれ、逃げられてしまいましたか」
標的に逃げられた神父は洒水達が逃げた方向を見て佇む。その顔には悔恨の影はなく、いつもの穏やかな笑みが張り付けられていた。
「さてさて、私はこれからどうすべきでしょうねぇ? 追ったところで無駄になる可能性は高いですし……まぁこれ以上影響を広げさせずに済んだと考えるべきなのでしょうか? 今の彼が村に居続けることはもう許容できませんしねえ。既にバグが発生している状態だというのにこれ以上荒らされたら目も当てられません」
神父はため息を吐くとそのまま回れ右をして、
「願わくば洒水さん、そして魔王――あなた方に死が訪れますように」
そんな不吉な祈りの言葉を残し、神父は教会へと帰っていった。
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