第3章7話『この世は思い通りにいかないもの』


 しかし困った。このままウェンディスが怯えたままというのは見てていい気分ではない。

 


「うーん」


「どうしたのだ? 早く童をくだんの武器屋へと案内するがいい!」



「いや、ちょい待ってもらえます? 僕の妹もこんなに怯えてるままだし。というかもしかして魔王様を見たら村人ってこんな感じに怯えるのが普通なの?」



「当然だろう? 貴様がおかしいだけで、そこな娘の反応はむしろ正常といえよう。しかし、童も戦うつもりはないしな。これから貴様の村にある武器屋に行こうというのに会う村人全てに恐れられるのも不愉快だ。ならばこれでどうだ?」



 魔王様はそう言って指をパチンと鳴らし、その姿がちょっとした光で見えなくなる。

 すぐに光は収まり、姿を現す魔王様。しかし、その姿は少しばかり変わっていた。

 その背中にあった漆黒の翼は消えており、鋭かった爪も今では標準サイズだ。

 簡単な話、見た目が完全に人間っぽくなった。



「童が外見で人間と異なるのはこの翼と爪であるからな。元々、不必要なときには仕舞っているのだ。この姿ならば恐れられることもあるまい?」



「いや、今はウェンディスが怯えまくってるのが問題なのであってさぁ」





「兄さま! 兄さまはシスコンなのでは無かったのですか!? それなのになぜこのような賞味期限がとうに過ぎたおばさんに欲情などしているのですか!? 怒りますよ!?」



 えええええええええええええええええええええええ!?

 今までひどく怯えていたウェンディスはどこに行ったの!? さすがに変わり身が早すぎない!?

 そしてその怯えていた相手に失礼すぎるよ!? もう侮辱してるよねそれ!?



「賞味期限切れ……おばさん……」



 ほらぁ!! 魔王様傷ついて落ち込んじゃってるじゃないか!!

 魔王様はどこか遠い目で空を見上げていた。その目がうるんでいるように見えたけど気のせいだろうか。



「そもそも僕はシスコンなんかじゃ無い!!」



「それは嘘ですね」 

「それは嘘であろう?」



 あれぇ!? 間髪入れずシスコン認定受けたぞ!? なぜだ!?



「一体何の証拠があって……」



「おにいちゃん! ウェンディスね。おにいちゃんのことだーいすき!」



「そっか~~~。僕もウェンディスの事が大好きだよ~~~」



 ふぅ、やっぱり妹は最高だぜ!!



「「…………」」


「……ハッ」



 ふいに感じる冷めた2つの視線。

 なぜだろう? すごく冷めた目で見つめられている気がする。例えるならば電車の中で奇行に走るおじさんを見つめる乗客の目と同じようなものを感じる。



「こ、コホン。と、とにかく僕はシスコンじゃない! 僕はノーマルなんだ!!」



「そうなのですか? では私も先ほどのよな演技は止めるとしましょう。さすがに普段の私のキャラとは違いすぎて疲れてしまいます。兄さまがお好きだと思って頑張っていたのですがそうでないならやる意味も無いですね」


「僕はシスコンです!! なのでまたお願いします!!」


「変わり身早すぎじゃないですか兄さま!? そもそも演技だと分かっているのになんでそんなに必死なんですか!?」



 うるさい! 演技だろうが何だろうが構いやしない! ああいうお兄ちゃんっこな妹こそが僕の求める妹像だ! けっして兄に対してどこでもいつでも欲情する妹ではない! それは妹とは違うエイリアン的な何かなんだ!



「気のせいでしょうか? 兄さま。凄く失礼なことを考えていませんか?」



「気のせいだよ?」



 しかし、相変わらず鋭いなウェンディスは。




「三文芝居はそこまでにするがいい。ほれ、そこの娘ももう大丈夫だろう。これで問題はあるまい? さっさと童を件の武器屋へと案内するがいい」



「ああ、うん。そうだね。ウェンディスは大丈夫?」



「……まだ少し怖いという気持ちがありますけれど大丈夫です。兄さまと魔王様がじゃれあっているのを見て少し落ち着いたような気がします。ですので私も同行したいと思います」



「そう? なら良かった」



 女の子が怯えてばかりというのは見ててやはりいい気分にはならない。しかも、怯えてる対象の事も個人的に気に入りつつある現状では悪を滅してハイ解決とはいかないだろう。


「しかし、思い通りにいかないことばっかりだなぁ」



 元々僕がこういうRPGのような世界にあこがれた最大の理由は善悪がハッキリしているからだ。

 魔王が居て、世の中を混沌に陥れようとしていて、それを倒したらハイ、ハッピーエンド。

 とてもありきたりで単純な物語。つまらないと思う者も要るかもしれないが僕にとってはそういう物語にこそ憧れた。

 そういう世界で勇者となって旅の仲間と交友を深めて誰かと恋仲になったりして、その末に魔王を倒す。

 そんな展開が自分に訪れたらいいな、なんて思っていた。


 しかし、現実はどうだろう?

 異世界召喚されたと思ったらなんと役割は村人で、勇者ですらない。

 元の世界と比べて大幅に強くなってるとは言っても、召喚された先の村の住人はそろって全員、普通の村人とは思えないぐらいに強すぎる。

 そして諸悪の根源であると思われていた魔王はそんなに悪い相手に見えない。まだ少し話しただけだから心の内にとんでもない闇を抱えているのかもしれないが、少なくとも僕が思い描いていた魔王とは全然違う。



 本当に思い通りにいかない。その点に関しては元の世界と何も変わらないじゃないか。




「てい」


「いったぁ!?」



 え!? なに!? 何が起こったの!?

 突然走った背中の衝撃に僕は押されるように地面へと倒れそうになる。

 なんとか踏みとどまり、背後を振り返る。そこにはニヤニヤとこちらを見つめている魔王様の姿。

 それを見て魔王様に背中を叩かれたのだと理解する。



「いきなり何をするの!?」



 なんで叩かれたのか分からない! あれかな? さっさとしろってことかな!?



「そうだ。その調子こそが貴様にふさわしい」



「なんのはな――」


 何の話? と言おうとした僕の唇に魔王様はその人差し指を当てて黙らせる。

 そのまま僕の顔を這うように下がっていき、人差し指一本で軽くあごを上げさせられる。



「貴様はこの世に生まれ落ちて何年たった? せいぜい20年もいかない程度だろう? そんな若造が思い通りにいかないなどと笑わせてくれる。確かにこの世は思い通りにいかないことでいっぱいだ。だが、貴様はそうやって絶望するには若すぎる。まだまだ可能性があるではないか。若造ならば若造らしく希望を持ち、明るく振舞うがよい。辛気臭いのは童のような老人だけで充分だ。そうであろう?」



「は、はひ」

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