第3章8話『魔王を超える村娘』
しまった。緊張しすぎて変な声が出てしまった。
心臓の鼓動がうるさい。先ほどからバクバクとその音を速めている。
原因は分かっている。魔王様の触れられてドキドキした――というのも確かにあるのだがそれだけではない。
綺麗だった。
僕に問いかける魔王様の姿が――優しさに満ちたその小さな笑みがとても綺麗だった。その笑みを見た途端、全身に金縛りをかけられてしまったような錯覚に陥ってしまった。
本当に恋をしてしまったかも――
「くふふ、なんだその返事は。可愛いではないか。ほれほれ」
魔王様はそんな僕の反応が面白かったのか。人差し指を器用に動かし僕の顎の下をくすぐり始める。まるで猫をあやすように。
何の抵抗も出来ずにそのままされるがままでいる僕……というよりも抵抗しようという考えすら浮かばなかった。
「くふふふふふふふ。まこと、先ほどの貴様からは考えられぬくらいに可愛いではないか。なかなかに
意地の悪い笑みを浮かべながら魔王様は僕の顎の下をくすぐり続ける。
「いや、別に……体調とかは問題ないけど……」
気恥ずかしくて魔王様の方を向いていられない。視線を魔王様から外す。
「体調に問題なしか? ではなぜ顔が赤くなっているのだろうな? ほれほれ。逃げても無駄だ。視線を童から外すなど無礼であろうが。キチンと童の目を見て答えてみよ」
「ぐっ……」
おのれ魔王め!? なんていう魅了の魔術を使うんだ!? いいぞ、もっとやってください! お願いします!!
「
「「へ?」」
ふと声がした方向を見てみるとそこには無表情のままぶつぶつと魔法の詠唱を唱えているウェンディスの姿が。
「兄さまが取られる兄さまが取られる兄さまが取られる泥棒猫泥棒猫泥棒猫消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ」
……ぶつぶつと唱えていたのは魔法の詠唱じゃなく、呪詛的な何かだったようだ。
「の、のう? そこな娘よ。なにゆえ童をそんな感情の無い瞳で見つめるのだ? 正直少し怖いぞ?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい消えちゃえ消えちゃえきえちゃえ兄さまは私の物兄さまは私の物兄さまは私の物」
「ひぃっ!!」
ウェンディスのただ事ではない雰囲気に気圧されたのか魔王様が僕から距離を取る。というか僕は誰の物でもないと思うんだ。
「ほ、ほれ? 貴様の兄からは離れたぞ? だからほれ? その狂気に満ちた目で童を見るでない」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい消えちゃえ消えちゃえ消えちゃえ――万物昇天魔導砲ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ひいいいいいいいいいいい!!」
「どわぁ!?」
ウェンディスの右手から放たれるレーザー砲的な何か。
それは魔王様の居た方向へと向けられ、大気を震わせた。間一髪魔王様はその一撃を避け、翼を纏い天空へと舞い上がる。
さらにその姿を見れば爪も最初に見たときのように鋭く尖ったものになっていた。
「娘よ!! 何を血迷ったか知らんが魔王である童に」
「うるさい! 消えちゃえ泥棒猫ーーーーーーーーーーーーーーー!!《ブンッ》」
再び放たれるウェンディスの魔法(レーザー的な何か)。あ、技名とか無くていいんだね。
「甘いわ!! 先ほどは慌てて避けてしまったが村娘如きが操る魔法なんぞ童に通じると思うてか!? 魔術障壁展開!」
そもそも村娘は攻撃魔法なんて普通使えないと思う。
「兄さまは私だけの兄さまです! それを横取りする泥棒猫は消えちゃえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
僕は僕だけの物だと思う。
「いくら吠えようが貴様のような村娘ではこの障壁は(パリィン)割れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ウェンディスの魔法が魔王様の障壁に触れた途端、障壁は跡形もなく砕け散った。
まぁそりゃそうだろう。ウェンディスの魔力は3000近く。魔王様の600に対しておよそ5倍くらいの差だ。魔法対魔法の勝負でウェンディスが負けるわけがない。
「消えちゃえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そのまま直撃を喰らう魔王様。
いや、直撃ではない。さすがと言うべきか、障壁が割れた瞬間に身をよじって致命傷を避けていた。
それでも片翼を消滅させられ、地面へと降りてこざるを得なくなったけど。
「な、な、な、な、な」
口をパクパクとさせて魔王様はウェンディスを指さしていた。まぁ、言いたいことは分かる。「なんじゃありゃ!?」とか「本当に村人か!?」とかそんな感じの事を考えているのだろう。
「兄さまは私のです兄さまは私のです兄さまは私のです」
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!!」
ウェンディスの力を正しく認識した魔王様は地面を這うように逃げ、ウェンディスから隠れた。
――僕の背中に。
「いや、ちょっと!? もっと他のとこに隠れてよ!? これじゃあ僕まで巻き込まれるじゃないか!?」
「よいではないか! そもそもあれは貴様の妹であろう? ならば兄である貴様がなんとかするのが筋ではないか!?」
「それとこれとは話は別だ!! えぇい離せ! 僕を盾代わりにしようとするんじゃない!!」
僕を盾にしようとする魔王様から離れようとするがさすが魔王。凄い力だ。
拘束が緩みさえすれば素早さは僕の方が上だからスタコラサッサと逃げられるというのに!
「よいではないか! 貴様、先ほど童に
「イヤだ!! 僕は自分の身が惜しいんだ! というか魔王様なんだから村娘くらいなんとかしてよ! 童に村人が勝てる訳ないみたいなこと言ってたじゃないか!」
「たわけ! あんな村娘など想定していないのだ! というか貴様も何なのだ!? 童が本気で力を入れているのにそれと互角だと!? 本当に今回の世界はどうなっているのだ!?」
「そうやって心躍りそうな厨二病ワードで僕が耳を傾けて力を緩めると思ったら大間違いだ! 僕は生きる! 生き残って見せる!」
「ええい! 何を訳の分からぬことを! そもそも貴様ら村人は仮に死んでも生き返るであろうが! 童は死んだらそれまでなのだから守ってくれてもよいではないか!」
「命に重いも軽いも無い! 全ての命は平等であるべきなんだ! だから僕は生きる!」
「良い事を言っておるつもりかもしれぬがただ自分が生き残りたいだけにしか聞こえぬぞ!?」
そうやって魔王様と言い合っていると、
「ニ・イ・サ・マ?」
底冷えするようなウェンディスの声。
その瞳は僕を見つめているんだけど……ハイライトが消えた感情が何も籠もっていないその瞳はとっても怖いからやめてくれないかな?
「な、なんでしょう?」
「兄さま。早くその女狐から離れてください。じゃないと」
「じゃないと?」
「浮気と断定して兄さまにも罰を与えます」
その罰が死刑なのかそうじゃないのか。とても気になるところだ。
「ほらぁ! このままじゃ僕も巻き添えを喰らっちゃうでしょうが!! 僕にウェンディスを止める力なんてないんだよ! だから早く離れるんだ魔王様! 勝手に1人で逃げてください!!」
「つれないのう、
「浮気確定ですね」
ええええええええええええええええええええええええええ!?
なんなのこの魔王様!? 本格的に怒りを僕に向けさせ始めたぞ!?
これが魔王……。なんて恐ろしい策略を練るんだ!?
「気づいてウェンディス!? これは魔王の策略だよ!? ウェンディスの怒りを僕に向けさせようという魔王の作戦だよ!? というか今までの僕と魔王の会話を冷静に聞いていたらかしこいウェンディスなら分かると思うんだ!!」
「作戦とはひどいではないか。童がお
「ニイサマ、ウワキ、ウェンディス、カナシイ」
「正気に戻ってウェンディス!! 僕と魔王様はさっきここで会ったばかりなんだよ!? それなのにあの夜とか嘘に決まってるじゃないか!?」
「ひどいぞ主様!! 童にはもう主様しか居ないというのに!!」
「オンナノテキ、ニイサマ、ユルスマジ」
「ちっくしょお!! もう説得なんて無理だ!!!」
どっかの魔王様のせいでウェンディスの怒りのボルテージは上がる一方だ! その怒りの方向も魔王様から僕の方へと逸れつつある。さすが魔王! 言葉巧みに仲間割れを誘うなんて卑怯だぞ!! 恥を知れ!!
「ニイサマ、カグゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
「「どわあああああああああああ!!」」
再び放たれるウェンディスの魔法。それを僕と魔王様は間一髪で避ける。
「オンナノテキ、ニガサナイィィィィィィィィィ!」
ウェンディスの怒りに呼応し、再び放たれる魔法。なんなの!? 何発でもそのレーザー的なものは打てるの!? お願いだから回数制限つけてよ! ゲームバランスが崩れちゃうじゃないか!!
ウェンディスの魔法は正確に目標を狙い続ける――僕へと目標を定めて。
「理不尽だああああああああああ!!」
僕が何をしたって言うんだ!? というかなんでこんなことになってるんだよ!? 分かるけど分からないよ! 世界は不思議に満ちているね! 滅んでしまえよそんな世界!!
「ふぅ、なんと恐ろしい娘だ」
「なぁにが”ふぅ、なんと恐ろしい娘だ”ですかぁ!? あんた魔王でしょ!? 魔王なら魔王らしく真正面から立ち向かってよ!? なんでこっちに矛先を向けるかなぁ!?」
魔王様は狙われているのが僕だと分かった途端に僕の体から離れて第三者になろうとしていた。卑怯者め!
「イヤだ。童だって死にたくないのだ。あんな恐ろしい娘に立ち向かうなど出来る訳なかろう?」
「あんた数分前の自分のセリフを振り返ってみろぉぉ!!」
とても”村人ごとき”とか言ってた人と同じ人物だとは思えない。
「ニイサマ、ヨソミ、スルナァァァァァァァァァ!」
「ひいいいいいいいいいいいいい!!」
そして、ウェンディスの怒りが収まるまでこの鬼ごっこ? は続いた……。
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