第3章2話『もうやだ! 付き合ってられない!!』

「はぁっ、はぁっ。兄さま~、待ってください~~」


 そんな事を考えていたらウェンディスの声が聞こえてきた。追いかけてきていたのか。


「はぁっ、はぁっ。兄さま。速すぎます。朝も夜も早すぎです」


「そうか……洒水は早いのか……今度対応する薬でも入荷しておくか?」


「だぁれが朝も夜も早いってぇ!? 適当なこと言わないでよウェンディス!! それにキングさんもそんな変な気遣い要らないよ!?」


 不名誉な事この上ない。



「?? 朝起きるのも、夜寝るのも早すぎですという事だったのですが?」


「気遣い? だが1日起きていられる薬は結構人気なのだぞ? 貴様からの要望が無くても近々入荷しようと思っていたのだ」


 へ? そういう意味?


「な、なんだ、そういう意味だったのか……僕はてっきり」


「兄さま……考えていたことはなんとなく分かりましたが朝っぱらから何を考えているのですか、万年兄さまの頭の中はお猿さんですか?」


「ああ、そういう意味に捉えていたのか。このマセ餓鬼め」


「一日中頭の中ピンク色のウェンディスにお猿さんと言われる筋合いは無いんじゃないかなぁ!?」


 少なくともウェンディスよりはエロくないつもりだ。


「ふふ、兄さま、そんなに興奮してしまって……私が静めましょうか?」


「……コンドーム……使うか?」


「要らないよ!?」


 妹相手にそんなことするつもりはなぁい! そもそもこの世界で僕はそう言うことが出来ないみたいだしねえ!!



「つまりなま――」


「黙れビッチ妹ぉぉ!!」


「むぐっ」


 僕はこれ以上喋っていてもらちが明かないのでウェンディスの口を手で封じる。

 殴って黙らせようにもウェンディスの体力は低すぎて僕が殴ったらまた死んで棺桶状態になるかもしれないからこうするしかない。


 まぁ、これでキングさんとゆっくり話が出来る。キングさんにクレームなんか叩きこもうものなら一瞬で灰になってしまうかもしれないが、水を安くするよう値段交渉したりなんで高いままにするのかを聞くくらいは良いだろう。


「キングさんぉぉぉ!!?」


「? どうした洒水?」



 どうしたもこうしたもない!

 ウェ、ウェンディスが……ウェンディスが……、

 




「ぺろ、んん……くちゃ、れろ……うむっ」



 口を塞いでる僕の手を舐め回してるーーーーーー!?



「何をやってるんだね君はーーーーーーーー!!!」


「きゃっ、ああ、私の兄さまが!?」


「私の兄さまがじゃないよ!? なにやってんの!?」


「兄さまを味わっていただけですが?」


「味わっていただけですが? じゃない! 自分の行動に何も疑問を抱かないの?」


「自分の行動にですか……」



 ウェンディスは胸に手を当てて何やら考えだす。

 数秒もしないうちにその目をカッと開き、



「申し訳ありません兄さま! 私はどうかしてました!」


「やっと自分の過ちに気が付いた?」


「はい! 私一人だけ気持ちよくなってしまって申し訳ありませんでした! さあ! 一緒に高みへと昇りましょう!!」


「勝手に一人でどこまでも昇って行けやああああああああああ」



 衝動のままに僕はウェンディスを真上へと放り投げる。



「こっ、これは高い高いですね! 兄さま~もっとも……っど!」



 しかし、ここはキングさんの雑貨屋である。当然、真上へと放り投げれば木材で出来ている天井に突き刺さるのは当然である。

 結果、ウェンディスは首だけ雑貨屋の天井を貫通し、肩から下だけ宙ぶらりんの状態になった。



「ふぅ、これで静かになった……」


「こらぁ! 洒水! 貴様、この俺の店を傷つけるとは何様のつもりだぁ!!」


「うるさい!! 僕よりも先に、派手に破壊したあんたには言われる筋合いはない!! 最悪、後で直すよ! ウェンディスが!」



「ならば良い! 許す!」



「許すの!?」



 自分で言っといてなんだけどもっと怒るなりなんなりするべきじゃないの!?

 まぁいい、邪魔者は居なくなった。じゃあ要件をとっとと済まそう。


「ん? あれ? そもそも僕は何しにきたんだっけ?」


 妨害が多すぎて当初の目的を忘れてしまった。

 次に何をするつもりだったか忘れちゃうことってよくあるよね?



「兄さま~、上をご覧ください」



「?」



 くぐもっとウェンディスの声が聞こえてきたので上を見る。そこには当然宙ぶらりん状態のウェンディスが、



「今日は下に何も履いていないのですが……萌えますか?」



「萌えるどころか引くよ!! ドン引きだよ!!」




 どんな状態にあってもこのビッチ妹は僕の邪魔がしたいらしい。



「ふむ、絶景だな」



「ちょっとぉ!? キングさん!? あんたそんなキャラだったの!?」



 無表情で宙ぶらりん状態のウェンディスを見つめるキングさん。一体どうしたっていうの!? あなたはそういうのが似合うキャラじゃないよ!?



「まあ落ち着け。俺は幼女で性的興奮を覚えるようなクズではない。それはお前もだろう?」



「……ソ、ソウデスネ」



「何故目を逸らす?」



「イ、イエベツニ」



 なんだか分からないけど罪悪感で胸がいっぱいだ。



「それに言葉遣いが固いぞ……まぁいいか。俺が絶景と言った理由は別にある」



 ほう、何か理由があるのか。とりあえず目線で先を促してみる。



「まぁ簡単な話だ。ウェンディスがあのまま下着を着けないままぶら下がっていれば……客が集まりやすいとは思わんか? 見物料を取るのも面白いかもしれんな」



「どんなゲスな集客方法!?」


 そんなので客が集まって嬉しいのだろうか?


「安心しろ」


「何を!?」


 何も安心できる要素なんてないんだけど!?


「見物料の2割はくれてやる。ありがたく思うがいい」


「ありがたくないよ! というかなんで身を張ってるのがウェンディスなのにたった2割なの!? 割に会わないにも程があるでしょ!?」



 ただカウンターでぬぼーっと立っているキングさんが見物料の8割を持っていくのはどう考えてもおかしいと思う。



「愚かだな、洒水。人の話は最後まで聞くがいい」



「分かりました。それじゃあ僕はこれで失礼します」



「待て」



「はい?」



「俺は人の話を最後まで聞けと言ったのだぞ?」



「ちゃんと聞いたよ? 僕もその通りだと思う」



「ならばなぜ立ち去ろうとする?」


 

 なぜかと聞かれればこう答えるしかない。



「人の話なら僕だってきちんと最後まで聞きますけど……化け物の話だったらそもそも聞かなくていいですよね?」



 もちろん、この場合の化け物はキングさんを指す。



「化け物?」


 首を傾げるキングさんに向かって僕は指を指し、


「ばけも「ふんっ」ぎゃああああああああああああああ!!」



 キングさんは軽く僕の指を掴み、あらぬ方向へと向けた……本来曲がってはいけない方向へと。

 

「雑魚め、もっと鍛えるがいい」


「そりゃ筋肉怪物のキングさんに比べれば僕は雑魚でしょうよ!? ご自分が化け物だって自覚してます!?」


「ふぅん、なんだか体を動かしたくなってきたなぁ……ぬぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「ひぃっ」


 全身に力を入れているだけなのか。はたまたそれ以外の何かをしているのかは知らないがキングさんの体からバキバキと何かが折れまくる音が響き、それと同時にキングさんの筋肉がビクビクと脈動を速めている。



「………………キングさん」



「なんだ?」



「なんか色々とすいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 僕は頭を床へと擦り付け、全力の謝罪を行う。

 そう、これぞ日本における最高の謝罪の気持ちを表す最終奥義――DO☆GE☆ZAだぁ!


「ふむ、なんの事かは知らんが頭を上げるがいい。それで洒水よ。俺の話の続きを聞くか?」



「はっ、是非聞かせて頂きたいです」


「うむ、苦しゅうない」


 いったいどこの主人と下僕の会話だろうと思わなくもないが、背に腹は代えられない。というよりこんなつまらない事で僕は命を散らせたくない。仮にこの世界なら死んでも生き返ることが出来るとしてもだ。



「見物料はお前に2割支払うといったのだ。ちゃんとウェンディスの取り分は他にある」


「なるほど、さすがキングさんです。我が妹の事を考えていて下さったのですね?」


「ふぅん、当然だ」



 なんなんだ……この茶番は……。



「私が肌を見せたいのは兄さまにだけです! 例えどれだけのお金を詰まれようとも見物なんてはしたない真似させませんよ!?」



「そうなのか? ふぅん。残念だ。報酬として洒水を1日自由にできる権利をやろうと思ったのだが」



「その話……受けさせていただきます!」



「よし、交渉成立だな」



「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 僕は全力で身を起こし、抗議するぞ!



「どうした洒水、何が不満なのだ?」


「そうですよ兄さま! キングさんにはいつもお世話になっているのですからここで恩を返すべきです! そして私と結ばれるべきです。 ふ、ふふふ」


「結ばれないよ! というかなんでキングさんが僕を自由にできる権利をウェンディスに与えてるの!? 僕の体は僕の物だよ!?」


「一理あるかもしれんな」


「一理あるかもとかじゃなくて当たり前なんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 はぁ、疲れる。



「ところで今日は何用なのだ?」


「何用って……何の用だったっけ?」


 ホント、僕はここに何をしに来たんだったっけ……あ、


「思い出した! そろそろ水が無くなりそうだってウェンディスに聞いて」


「ほう、水が要るのか。500mlで5000Gだ」


「なんでそんなに高いの? って話だよ!!」


 たかが水がなんで500mlで5000Gなんだよ! 地図が100Gに比べていくらなんでも高すぎやしないかな!?


「ふぅん、いいか、洒水よ。社会には需要と供給という物があってだな」


「キングさんもその話を持ち出すの!? いくら需要があるからって足元見すぎでしょ!? ちなみに仕入れ価格はいくらなの!?」



「10Gだが?」


「ぼったくりすぎぃ!!」


 1つ売るだけで儲けが4990Gとは、なかなか楽な商売もあったものだ。



「売れるからってそんな値段設定するなんて酷いと思わないの!?」



「思わんな。この値段でも売れるから売っている」


 ひどい店主も居たものである。



「それで? 聖水が欲しいのであろう? 5000Gだぞ? 買わんのか?」


「へ? 聖水? いや、普通の水でいいんだけど」



 なんで悪魔祓いとかに使えそうな聖水をわざわざ飲み水として買わなければいけないのか。



「普通の水だと? そんなもの売っていないぞ?」


「は? なんで?」


「なんでと言われてもな。売っていないものは売っていないのだ」


「それじゃあこの村の人たちは喉が渇いたり水が必要なときはどうしてるの? ここでみんな買ってるんじゃないの?」


「さっきからおかしな奴だな。だからみなここで聖水を買っているのだろうが」



 ……まさか、



「もしかしてみんな自分が飲んだりするためにこの店に聖水を買いに来てるの?」


「それ以外に何がある?」


「聖水である意味ねえええええええええええええええええええええええ!!」


 もうそれ普通の水でいいじゃん!? みんな普通の水が無いから仕方なく聖水買ってるだけじゃん!?


「それで? 買うのか?」



「いや、持ち合わせがちょっと無くて……」



「ふぅん、冷やかしなら帰れ……と普通ならば言うところなのだがまぁそうだろうな。近頃貴様は素材の買い取りに来ていなかったし金も無いだろうと予想はしていたわぁ!!」



「じゃあなんでそんなにキレてるの!?」



 予想していたのならキレないで欲しい。



「まぁ金がないのならば魔物を狩りに行ったらどうだ? 貴様の腕ならばいくらでも狩れるだろう? ウェンディスも居るしな」



「よいしょっと」



 そうやってキングさんと話し合っている間にウェンディスはどうやってかは知らないが宙ぶらりんの状態から脱して僕の背後へと降り立っていた。ふと上を見上げればウェンディスがはまっていた穴もふさがっている。いつの間にか魔法か何かで修復したのだろうか?



「そんな兄さま……ハマっていたとか穴だとか破廉恥です……」



「僕の思考にまで横やり入れないでくれるかなぁ!!??」



 真面目な事を考えていたのにそれを下ネタにつなげられたよ!?

 思考を読まれたことも驚きだけどさぁ!!



「全く……貴様は万年発情中の猿か? いや、すまない」



「そうだよね。ここで僕をスケベ扱いするなんてどう考えてもおかし」



「ああ、すまん。さすがに猿に失礼だった」




「それは僕が猿以下って意味!?」



 いくらなんでも酷くないかなぁ!?




「それじゃあ兄さま、さっさと魔物を狩ってキングさんに買い取りしてもらいましょう? 私も手伝いますから」



「なんか色々納得いかないけど……まぁ分かったよ」



「さっさと働くがいい。貧乏人」



「なんでそこまで言われなきゃいけないのかなぁ!?」



 一応僕もウェンディスも客だよね!? 客に対してちょっと暴言が多すぎるんじゃないかな!?



「ほらほら兄さま、早くしないと日が暮れちゃいますよ」



 そう言ってウェンディスが僕の手を引っ張り店の外へと連れ出そうとする。そんな引っ張らなくても僕は逃げない……はず。



「わ、分かったよ。それじゃあまた後でよろしくです。キングさん」



「うむ。精々せいぜい馬車馬ばしゃうまのように働くがいいわぁ!」



「何を仰っているのですか!? 兄さまはこれから種馬のように腰振るのです!」



「もうやだ! 付き合ってられない!!」



 僕はその頭のおかしい2人を置いて、ウェンディスの手を振り払って村の外へと向かった。もう限界なんだ! こんな変人たちに囲まれていたらどうにかなってしまう!!



「ああ!? 兄さま~。待ってください~」



「ふぅん。全く、騒がしい奴らだ」



 そうして僕は村の外れへと駆けていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る