第17話 王妃様

「……暑い……」

 体感で言うと、40℃ぐらいあるんじゃないかと思ってしまう真夏の日の昼下がり、私は自室の床に寝そべっていた。


「やばいな……。床の冷たさは殺人的だ……」

 でも、こんなところを王妃様とかに見つかったら、晒し者もいいところだよ……。やめないと……。でも、やめられない〜!


 ふと、思った。剣術がしたい。なんせ結婚してからというもの、昔は毎日やっていた剣術はおろか、運動すらさせてくれない。


きっと、動きやすい服装などで外に出ようものなら、王妃様に『やっぱり、皇太子の妻など、貴女には向いていないわ! 王国の恥晒し!!』とか言われそうだしなあ〜。


 夏になると思い出す。ラールド団長の掛け声に合わせて素振りをしたこと、暑すぎてクラクラしていたら、イザベラさんが氷水を持ってきてくれて、カムレアと早飲み競争をしたこと……。

 懐かしい〜! ああ! 騎士団のみんなに会いたい! ……少しぐらいならバレないかな……。


 いやいやいや! だめよ私! バレたらただじゃ……。




 直射日光が肌に当たってジリジリする土の修練場。そこで、相変わらず騎士達は練習をしている。

 き、来てしまった……。

 何してるの私! だめだよ! 帰らないと……。


 ……でも、折角カムレアの目までも欺いて来たのに、こんなところで帰れないっ!!


 すると、直ぐにラールド団長と目があった。

「リーンじゃねぇか! 久しぶりだな!」

 ラールド団長はすぐにこちらにやってきて、私の頭をワシャワシャする。

「久しぶりです、だんちょ〜」

「どうした! 何かあったのか?」

「あ〜、いや、それが……。」



「なるほどな……。たしかに、王妃様はキツイ性格してるよな」

「ラールド団長、会ったことあるのですか?」

「ああ、伊達に20年、騎士団長をやってるんだからな。王様とかにも会ったことあるぞ!」

「へぇ……」


 すると、騎士達も私に気づいたようだ。

「リーン!」

「久しぶりだぁ〜!」

「元気にしてたか?」

 みんなも寄ってきた。

「みなさん!」



***




 結構たくさん話してしまった。

「そういえば今日は練習していくのか?」

 一人の騎士が聞いた。

「あ〜。それが、運動すると、『はしたないっ!』って怒られちゃうので、今日はやめておこうかと……」

「そうか〜、王族は大変だなぁ」

「はい〜」

「そういえば、カムレアはどうだった?」

 ラールド団長と騎士たちはニヤニヤしている。


「っ! そうです! 私、大変なんですよ!?」

 カムレアと会うと辛いし。

「もしかして、団長たちが仕組んだことなんですか!?」

 私は言う。

「大変? 何がだ? あいつ、普通に礼儀とかは俺らが叩き込んだから、迷惑はかけていないと思うぞ」

 一人が言う。

「もし、迷惑かけているようなら、強制送還させて代役を送るが……」

 急に真面目な顔をしたラールド団長。

 辛いけど、カムレアがいなくなるのはちょっと……。


「くっ……。べ、別に、なんでもない、です」

 また、ニヤニヤしだした。くそ! 殴りたい……!


「まあなんでもいいが……」

「おい!」

ラールド団長、何でもいいって言った!

「はは……まあ、お前も自分の気持ちに嘘はつくなよ」

急に真面目な顔をする。

「……は、はい……」

 自分の気持ちなんて、知らない……。


 あれ、さっき団長、『お前も』って言ってた? もしかして団長も……


 何でもない普通の日、私も、少しは自分に正直に生きようと思った。







 その後、王と王妃が暗殺されたということを知った。その暗殺者は隣の国、サルバドール国の者であり、彼と彼女の死んでいる場所や、逃亡に使われた馬車がこの国でしか買えない、高価なものだったため、暗殺の手助けをした、この国の高貴な者がいたのではないかとなっており、最近、この国の空気はピリピリしている。


 そして、ルーク様は15歳にして王様になった。


「さ、冠位式ですよ、王妃様〜」

 カムレアは言う。


「……そう、ですね」

こんなに重そうな服を着るのかぁ。

「頑張ってくださいね〜」

カムレアは笑顔だ。こっちは辛いって言うのに!!

「は、はい……」






 冠位式が終わった後、ルーク様に呼び出された。

「どうされました?」


彼は、慎重な面持ちでこちらを向く。

「戦争を、しようと思うのです」

 戦争!?

「せ、戦争!? なぜですか?!」

「お父様とお母様が殺された以上、戦争をしないと民衆が暴動を起こす可能性があるからです」

ルーク様は淡々と話す。

「そんな……」


 たしかに、前王も前王妃も表面だけはいいから、国民の人気は高かったな。このまま、何もしないものなら、城の前で紛争とか起こりそうだな……。


「……ルーク様に従います」

私はお辞儀をする。

「そうですね、ならばやはり……」


 彼はその後、護衛達をつけて民衆の前に出た。

 民衆は道の周りにはけて土下座している。

 これじゃあ話している王様の顔も見れないだろうに……。

 私はきちんとした正装を着た。隣にはカムレアがいる。



「お父様とお母様が暗殺された! 暗殺した者は、サルバドール国の者だ! つまり我らは、敵国、サルバドールに奇襲を仕掛ける!」


 土下座をしていた彼らは片手を上げて、

「うおぉぉぉぉお!」

 と、歓喜の声を出した。


「……ん?」

 民衆の中に、一人だけおかしな者がいた。黒いフード付きのローブを目深かに被っている男だ。なにか、ぶつぶつと呟いているように見える。

 すると、その男の立っている場所に魔法陣が描かれた。

 魔法使いか……!?


 私は走ってその男の方に行く。

「やめろ!」

「ちっ……」

 その男を取り押さえる。

「貴様、何者だ!」

 って……。やってしまったぁぁあ! また、『王妃としての自覚を持たない奴が!』とか、怒られる!! ……ああ、そういえばもう、王妃はいないんだった。


「はは! もう、貴様は逃れられない……! 決してな。たとえ、彼女のヒールを使おうともな! はははは!」


 ! こいつ、なぜヒールを知っているの……?


「ははは!」

 男は懐から注射器を取り出して、自分の首に刺した。


「っ! 待ちなさ……」


 すると、その男は息絶えた。

 な、ぜ……? ヒールを知っているのは少人数。しかも、信頼できる人々のはずなのに……。というか、『貴様は、もう逃げられない!』ってどういう意味? ルーク様……?


 私はルーク様の方を見る。すると、彼はうずくまっていた。

「っ、ルーク様!!」

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