魔王を退治して異世界から帰ってきた球児が甲子園を目指す話

みし

本編

 さて、俺が異世界から帰ってきたのは決勝試合当日の朝だった。異世界に居たのは1年ぐらいだが、戻ってきてみたら経過していたのはわずか2日だった。その2日の間に俺は勇者にならされ、魔王退治をやっていたのだが――時計を見て時間まで1時間無いことを確認すると異世界召喚時から愛用していた初期装備である《きのぼう》、《ぬののふく》、《ぬののぼうし》、《かわのぐらぶ》――これらに関しては特に説明しなくても良いだろう――と試合に必要な備品をボストンバッグに詰め込むと学校に向かう。


 試合会場に辿りつくとポニーテールのマネージャーが驚いた顔をしてやってくる。「怪我して安静している聞いたけどもう大丈夫なの?」


 ――俺が行方不明だった時間は、どうやらそういうことで処理されたらしい。


「ああ、もう完璧。大丈夫」


 愛想無い挨拶をするとそのまま試合会場に向かうバスに乗り込む。今の俺なら治療魔法でちょっとした怪我なら治すことは可能だ。もっともこっちの世界で治療魔法がそのまま使えるとは限らないのだが。


 試合を前にしてバスの中は緊張している思えば、割と気楽な感じだ。チームメイトも俺に話しかけてくる。ところがあいつらには2日前の出来事も俺にとっては1年以上前の話だ。記憶が曖昧なので少し戸惑いながら言葉を紡いでいた。


 ――ところで俺が所属する高校の野球部は運良く地方大会の決勝まで辿り着いた。後一勝で甲子園に届く訳だ。無論、周辺も盛り上がっている。特に盛り上がっているのは選手連中より学校の教師やOBの方だ。


 その間、俺は大変な思いをしていた。具体的には準決勝の後の練習中に異世界に召喚され、決勝の前に帰ってきたのである。もっともこのような話を他の連中に話しても練習中に頭を打って夢でも見ていたのだろうと言われること間違いないのでその話については黙っていることにした。


 球場に着くと試合前の軽い連中が始まる。俺らのチームはベンチに参加可能選手が定員以下しかいない。先発を除けば予備の選手は数えるほど、つまり選手に余裕がないのだ。しかし俺は怪我していた事になっている。練習で回復をアピールしたのであるが大事をみて最初はベンチスタートと監督に言い渡される。


 ――身も軽いし、絶好調なんだけどな……。何しろボールが止まった様に見えるし、軽くボール放ったつもりがバックネットまでボールが飛んでいってしまう。そのあたりは異世界で感覚が狂っている所為であろうからキャッチボールで修正していた。


 決勝試合は一進一退だった。8回までのスコアは以下の通り、


   1 2 3 4 5 6 7 8 9 合計

自軍 0 0 0 0 0 0 1 0   1

敵軍 0 0 1 0 2 0 0 0   3


 現在1-3。9回を抑えられればゲームセット。俺達の負けだ。だが、9回2死1、2塁。このタイミングで俺の出番が回ってくる。中堅を守っていた選手が突き指したと言う話だ。外野を守れる控えは俺しか居ないのでこの場面では俺が代打でる事になる。代打とその後の守備の両方用意できるほど控えが潤沢ではないので監督の判断はごく順当だ。


 さて俺は、バッターボックスに立つ。おおよそ地方としては大きいであろう一万五千人ぐらい収容できる球場は俺には小さく感じた。なぜならそれより広い戦場で何度も戦った記憶があるからだ。自軍のベンチを見ると選手とその上の観客席が俺を応援している。まぁ、これで三振すれば最後の選手になるのだから必死に応援するのも当然であろう。最低でもアウトにならず次の選手につなげることが俺の仕事になる。


 バッターボックスはとても狭い。この狭い空間で敵の兵器と相対しないと行けないわけだ。しかし、俺にはその場から一歩も動かず戦わないと行けない戦場も幾度となく経験している。その時は、後ろで振るえて居る子どもを守りながら敵の攻撃をすべて《きのぼう》で打ち返す必要があったが、今後ろに居るのは敵軍の捕手と球審だけだ。後ろを気にする必要は全く無い。随分お気楽な状況である。


 捕手がサインをかざして、投手が何度も確認すると足を振りかぶってこちらにボールを投げてきた。この投手は速球派として知られており、ドラフト候補とも言われている県内屈指の投手でもある。しかし、そのボールはまるで止まっているかの様に見えた。どうやら、かつて魔王軍相手に《きのぼう》一本で、ファイアーボールやライトニングボルトを打ち返してきた俺には時速145kmの白い球などその辺に転がっている石ころみたいなものの様に見えるようだ。


 慎重に《きのぼう》を構えると眼の前で停止しているボールに叩きつけた。《きのぼう》で打ち返す時は、コントロールが重要である。魔法を間違えて味方に打ち返したり、建物や森をぶっこわしたりして怒られたこともあるのだ。正確に敵に打ち返さないと行けないのだ。だが、今回打ち返す場所は敵の投手ではなく、外野のフェンスの外側のどこかに放り込むだけである。イージーモードと行ってもいいだろう。ところで《きのぼう》は殴る武器だと思われるが、それは不良の使い方だ。正しい使い方は打ち返すだ。敵の投げつけて来たものを打ち返しても良いし、ボールや石をトスしてぶっ飛ばしてもよい。《きのぼう》は近距離武器では無く、遠距離武器なのだ。


 《きのぼう》を振り切ると白い球が、そのまま場外に消えていく。少し力加減を間違えたらしい。若干飛ばしすぎたようである。審判の方を見ると腕を回している――そういえばこいつはホームランだった。ゆっくりダイアモンドを周回する。自軍に3点が加点され、4-3と逆転する。その後追加得点は入らず5-3のまま9回の裏の守備に入る。


 現在のスコアは以下の通り。


   1 2 3 4 5 6 7 8 9 合計

自軍 0 0 0 0 0 0 1 0 3 4

敵軍 0 0 1 0 2 0 0 0   3


 俺のポジションは中堅である。中堅は守備範囲が一番広いポジションで広い守備範囲と強肩が求められる。俺は装備を《きのぼう》から《かわのぐらぶ》に持ちかえる。《きのぼう》は両手持ち武器だから《かわのぐらぶ》と両用できないのが難点だ。そのため異世界時代は《きのぼう》は攻防一体、《かわのぐらぶ》は防御に専念するときに使うと言う使い分けをしていたのだ。


 それはともかく、現時点で9回裏、1死、2、3塁と言う状況だ。9回裏に至って投手のコントロールが定まらなくなり、四球2つと送りバントで今の状況になっている。ここで外野フライ一つで敵軍は同点に持ち込める。一方自軍は一気に追い詰められる。外野フライで同点に追いつかれれば、2死2塁もしく3塁の状況だ。ヒット一本でさよなら負けと言う局面に一気に追い込まれる。仮にそれを抑えたとしても延長戦になる。選手が少ない分、自軍に不利な局面と言える。


 次の打者はパワーヒッターとして知られて居る選手で、案の定外野を狙ってくる。その打球は鋭いライナー性のあたりで打球は中堅と右翼の中間を抜ける様に走って行く。しかし、所詮は止まったように見える打球だ。俺は一気に加速し、ボールを捕球。これでワンナウト。捕球したボールを振り向きざまに捕手に向かって一直線。三塁から本塁を狙っていた走手は三塁と捕手に挟まれタッチアウト。ボールを投げるのは石を投げるの比べたら圧倒的に楽だ。石は丸くなく真っ直ぐ飛んでくれない。それに比べれば捕手のミットの中に投げることなど簡単だ。ともかくダブルプレーが成立し、我が軍の勝利が確定する。


   1 2 3 4 5 6 7 8 9 合計

自軍 0 0 0 0 0 0 1 0 3 4

敵軍 0 0 1 0 2 0 0 0 0 3


「以前のお前とは思えないほどの好プレイだったな」


 監督が最後に激励していたが。そりゃ一年も魔王退治やっていればこれくらい出来るになるよなと思った。

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魔王を退治して異世界から帰ってきた球児が甲子園を目指す話 みし @mi-si

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