ドッペルゲンガーについての考察 2
さすがに絶句しているようで、開いた口はそのまま歪んでいく。
「なん、だよそれ。ふざけてんのか?」
興奮の色に支配された視線を受けながら、僕は続ける。
「ふざけてない。大真面目だよ。僕は。……それに、いま僕が言ったことは、全部推理だ。間違っている可能性だって十分にある。ありそうな可能性で、一番いいものを言ってるに過ぎないから」
「それでも、得意げじゃないか」
「そうだね、それは認める。なんていうか、
自分の口から洩れたそんな言葉に、内心僕は侮蔑を吐きたくなった。
もどきの癖に、何を大層なことを言っているのか。
本当に、度し難い。
自己嫌悪している場合ではないので、無理やり脳の回路を切り替える。
「とにかく、今言っているのは推理で、ある意味妄想でしかない。証拠を出せればいいけど、あいにく……ほとんど無いしね」
「だから落ち着けってか。……わかったよ、かっとなるのはあたしの
ぎゅっと眉間にしわを寄せて、深い呼吸を一つ。
「すまん、続けてくれ」
彼女なりのメンタルコントロールの方法か。
「うん、ありがとう。それで、ドッペルちゃんとみほちゃんが入れ替わったわけじゃないって話だけど……これは単純で、ドッペルちゃんの不可解な行動に理由をつけるとしたら、その可能性が一番高いからだ」
もちろん、現実には人間の行動は突発的なものがあって、すべてが論理的に説明できるようにはなっていない。
ふとした衝動で異なる道を歩きたくなる瞬間は、誰にでもある。
だからこれは、理由があるとしたら、の話だ。
もしものもしも。
仮定の仮定。
「そして、入れ替わっていないとして、でも入れ替わっているように見えたのは、みほちゃんが消えたタイミングと、ドッペルちゃんが学園にいたタイミングが重なっていたからだ。茶野ちゃんは、みほちゃんが部屋からいなくなったのを発見して、それから学園でドッペルちゃんを見てる。恐怖と不安に苛まれていた親友が突如として消え、学園にその姿を現して、いつも通りに生活しているのを見ている。こうしてみると、一見、やはりみほちゃんがそのまま学園へ向かったように見えるよね。その途中でドッペルちゃんになり替われて、みほちゃんはその後何かがあって記憶喪失になって、僕のお姉ちゃんに保護された……みたいな」
「まあ、筋は通ってるよね~」
イヤミな傍聴人のように栢野さんが横槍を入れる。
まじで嫌な立ち回りしてくるなあ。そんで楽しそう。
「でも~そういう言い方をするってことは~、なーくんの結論は違うんだよね~? さっきも言ってたけどさ~」
にやにやと、もうその悪趣味な笑みを隠そうともしない。
ああくそ、邪悪さと可愛さって、両立すんのかよ。厄介すぎるだろ。こんな人種と一緒にいる汀くんって……。と彼を見ると、呆れたような、なんというか「しょうがねーなあ」みたいな顔をしていた。もうダメだこのイケメン。髄までずぶずぶだ。基本が傍観なのは別にいいんだけど、こういう時は手綱を握っててくれると助かるんだけどな。
彼女のこの態度って、君が甘やかしてるからなんじゃないのか。
んで茶野ちゃんは若干……どころでなく引いている、がそれは顔に出していない。ギリギリのところでこらえている。いやそりゃ引くよ、ドン引きだよ。なんか本気で可哀想になってきた。こんなしっちゃかめっちゃかな状況に巻き込まれて、こんな風に振り回されているというのに、そういうところでは全く動じてないのは、やはりなんというか、彼女はは芯のところで強いのだろうな、そう思う。
しまった。まーたズレる。
「ま、まあそうだよ。最初は結構そう思ってたんだけどね」
「どうして? なんでその推理は捨てるって結論に達したの?」
ぐいぐい来る……こわ……。
好奇心は猫を殺すって言葉知らないのかな。そんなに猛進されると、君が今回の事件にかんでるんじゃないかって思っちゃうよ。
「え~! もしそうなら流石にこんなに露骨にはしないよ~!」
いや、まじで。
ていうか。
「……さりげなく心読まないでくれる?」
最近超能力者の実在について、少し考えることがあったからか、そんな言葉が口をついてでた。
「読んでないよ! 私そんな超能力者じゃないし~。何となくわかるだけだよ」
「安心しろ……って言っていいのかわかんねぇけど、そいつは少なくとも超能力者ではねーよ。ただ抜群に勘が鋭いだけだ」
そのなんとなくわかる、抜群に勘がいいっていうのが超能力なんじゃないすかね……。
でも確かに、心が読める、いわゆるテレパシーって奴なのだったなら、僕の推理も丸わかりなわけで、そうだとしたらこんなに攻めてくる必要はない……のか?
って、ああもう。ほんとに寄り道が酷いな。全く。
「で、で? どうしてどうして? どういう推理になったのかな」
そんで自分勝手に本題に引き戻すのか……。ほんとに厄介すぎる。
まあ、いい。そういう災害だと思おう。
「えーとなんだっけ。そうだ、入れ替わりについてか。まあ、なんというか、やっぱり——無理があるよなって」
「無理があるって……そうかな? そこまで不自然じゃないと思うんだけど」
そう、むしろこれは、ある種最適解ではある。この一連の奇妙さに、一様の理由を当てはめることができる。細部は虫食いだが。
誰もが思いつく一般解。
しかし。
「無理があるよ。だって、そんな中途半端なタイミングで入れ替わったら、さっきも言ったけど、確実に茶野ちゃんは怪しむだろ?」
茶野ちゃんはこくりと、口をつぐんでうなづく。
「事実、茶野ちゃんはひどく混乱して、学園に乗り込んでる」
「乗り込んでるって、あたしをそんな不良みたいに言うなよ」
不服そうに腕を組む茶野ちゃん。
外見は完全にそれなんだけどな。
「そんなリスクを冒してまで入れ替わる必要はないと思う。そのタイミングしかなかった、っていう可能性も考えられるけど、これも……どうかな。その必要はたぶんなかったんじゃないかな」
「なんでだ?」
「んー、これはドッペルちゃんの正体にもかかわってくると僕は踏んでるんだけど……」
「正体?」
「うん、正体。茶野ちゃんもみたでしょ?」
「なにをだ」
「ドッペルちゃんの瞬間移動」
「…………やっぱり、幻覚じゃなかったか」
「お、あんたもみたんだな、アレ。まあ俺は直接は観てないんだけど。てか、聞いた限りだと俺は空間転移系の異能力だと思うんだが……」
その話を掘り下げるとまた話しがややこしくなりそうなので、無視。
「アレを空間転移って言っていいのかどうかはおいといて、そんな力があるんだったら、もっといいタイミングはいくらでもあったと思うんだよね。わざわざ茶野ちゃんの前からいなくなったタイミングで入れ替わって、茶野ちゃんに疑念を与えるリスクは避けると思う。僕がもしドッペルゲンガーで、自分と入れ替わるのだったらそうするね」
「うーん、リスクを得てまで、そのタイミングで入れ替わったっていう可能性も、あると思うんだけど?」
栢野さんが針の隙間を縫うような指摘を繰り出してくる。
ちょっと反撃してみるか。
「その場合ってどんな可能性?」
その言葉に、栢野さんは人差し指を顎に当て、目線を天井へと向ける。
「え、そうだなあ~。……例えば、自分は瞬間移動できるけど、他人にそうすることができないから、対象が外出していてくれた方が良かった、とか? そうなると部屋に入ってるときは、みほちゃんの方を移動させるのが難しかったから……」
おお、思いのほか良い想像をするな。
「……いや、それはクリアできるんじゃないか」
意外なことに、それを否定したのは汀くんだった。
「もし他人にはそうできなかったとしても、物だったら一緒にもっていけるんじゃねーの? そうしないと服とか大変なことになるだろ」
「たしかに。さっきだって、荷物もってたし」
と、茶野ちゃんも同意。
「あーそっか、身に着けているものならいいのかな。んじゃあべつに、寝てるところをこっそり、とかでもいいわけだ。ものとして運ばれるならいいなら、確かにクリアできるねえ」
「起きちまう心配とかも、俺にやったやつみたいにすればいいもんな」
思い返して、汀くんは苦虫をつぶしたような顔をする。
よほど屈辱だったらしい。
最初の邂逅の時、彼に起こったことも、実に不可解だった。
顔所のセリフをそのまま受け取るなら、意識を飛ばしたのだろうが、手も触れずにどうやってそんなことをしたんだろう。
「で、それがどう正体に結び付くんだよ」
「それはまたあとで……。もちろん。それで、最初は僕も、今言った可能性を考えてて、栢野さんと同じようにリスクをとった理由を考えてたんだけど……どうしても考えがまとまらなくて。だから、別の方向から考えることにした」
「それが、入れ替わってないって可能性か」
「うん。そのタイミングで入れ替われないなら、そもそも入れ替わってないんじゃないかって」
根本から疑う。それもまた、推理の基礎の一つではある。
「みほちゃんがドッペルちゃんを演じてるんじゃないか……そう思った。記憶喪失も、それを誤魔化すための演技なのじゃないか……ってね」
「……結局、狂言説に戻るってわけ? けど探偵、あんたは狂言であることを否定したんじゃなかった?」
「確かに否定したよ、でもそうじゃない。狂言のようだけど、とてもつたない作り話のようだけど、でも彼女にとっては狂言じゃないんだ」
「彼女って……」
「もちろんみほちゃんさ」
「あ~私、なんとなくわかっちゃったかも……」
栢野さんが微妙な、「えーでもそんなんあり?」とでも言いたそうな顔をする。
「入れ替わっているように見えて、でも入れ替わってなくて、それでもドッペルゲンガーとみほちゃんは別人みたいで、片方が記憶喪失で、そして二人は決して同時に現れていない。ここで重要になるのは、この同時に現れることはないっていうところだ」
全員の顔を見る。
栢野さんは僕の推理にたどり着いているようで、しかし納得いかなそうに顔を傾けている。
汀くんは、分かっているのか居ないのか、どっちでもよさそうな顔だ。
茶野ちゃんは、少し怯えている。
「これは、同時に現れてしまったら、自分の存在がばれてしまうから……と考えてみたけど、そもそもいままでの彼女の行動からして、そんな気遣いをしているそぶりは全くなかった。みほちゃんが茶野ちゃんのもとから消えた時だって、探してくださいといわんばかりの適当さだ」
最初にあったときも、高らかに宣言していたしな。
「じゃあ、どうして同時に現れないのか。それは、そうすることができないからだ。では、なぜできないのかというと……」
「二人は、一人だったからだよ」
全員の視線が栢野さんに集まる。
言ってしまってから、「しまった」という風に目をきょろきょろさせる。
「はあ~~、言っちゃったよ。こんなべたべたな言葉をさ~。ひどいことするね、なーくんも」
不本意だ、とでも言いたげに、机に突っ伏す栢野さん。
「こんなの三流推理ものだよ~こてこての古典だよ。ありふれたミステリー初心者のシナリオだよ~~~~。は~~、だから必要なかった、なんて言ったのか。でもこれはさあ~~」
よほど気に入らないらしく、うー、と腕を振って遺憾の意を示していた。
まあ、それはちょっとわかる。
僕もこの可能性に気づいたとき、え、いいのかそれ。って思っちゃったもん。
でも思いついちゃったしなあ。
「そう、同時に現れることがなかったのは、栢野さんが言った通り、二人は一人だったから。つまり——」
「そこまで言えば、あたしでもわかるぞ」
さすがにな、と笑わずに笑顔を作りながら茶野ちゃんは言う。
「多重人格ってやつか」
とてもありふれた、使い古された、埃のかぶった四字熟語。
みほちゃんの、いうなれば裏の人格。
それが、ドッペルちゃんの正体。
それが、僕の推理。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます