八百塚なごむの泡沫推理
抹茶塩
tale No.1 ダブルと、世界と、探偵もどき
PLOLOGE
探偵、起床
「……っぱり……、ドッ……ンガーが……って!」
その声を聴いて、僕の意識は微睡から浮上する。
ぼんやりと外界の様相を五感がとらえ始める。
うっすらと瞼を持ち上げると薄くぼやけた視界には二人の人型。
全く、いい気持ちでうたた寝をしていたというのに。なんて無粋な奴だろう!どこのどいつだ。小言の一つでも言ってやろうか。ふつふつと苛立ちが沸き上がってくる。僕の大事なルーチンワークを台無しにしおって。講義のない正午のこの時間帯は貴重な睡眠なのだ。PM2:00、この機を逃すと後が怖い。どうせあっちやこっちやに連れまわされへとへとになりながら布団に泥のように潜り込むのが目に見えているのだ。どうしてそんなことになっているかというと僕の師匠のせいで、その師匠というのは何というかいろいろと面倒な体質を持っている。街を歩けば事件に通り魔に会い、ショッピングをすれば強盗に遭遇し、かといって家にいると見知らぬ少女が駆けつけてかくまってくれと頼んだり、上げていけばきりがないが、なかなかどうして巻き込まれやすい、俗にいう事件誘発性体質なのだ。そんな我が愛しきお師匠様のおかげで僕は日の大体は彼女の腰巾着として振り回されている。気づけば睡眠時間は平均のそれを大幅に下回り、万年寝不足で果てどうしたものやらと思案していた時に見つけたのがこの空き教室だった。
僕の通う
学園高等部等最上階、最奥の、その中のさらに区切られた小さな部屋。
無人。
静寂。
それに何といっても日当たりがいい。西日の差すこの時間帯のこの部屋は、安らかな休息にうってつけなのだ。あたたかな日差しを浴びながら、窓の外を流れる薄雲をぼんやりと眺め、人目を気にせず意識を手放せる絶好のポイントだ。
そんな聖域を、こともあろうに侵犯してくるものがいるとは。おのれ、許すまじ。
やはりぼんやりと、まだ完全には覚醒しきらない脳髄で思考し、
そうして僕は、やはり一言言ってやろうと体を起こし、顔を上げた。
「あ、なーくん起きたん」
「お、なごっち起きたか」
見知った顔ぶれだった。
「……
僕は、それまで抱いていた苛立ちの行き場を失った。急激に意識は覚醒し、はっきりと世界をとらえ始める。え、なぜここに。そりゃ流石に鍵なんてかかってないし、出入りしようと思えばできるけれど。でも最奥だぞ!??! 生徒たちが【
流石に顔見知りがここに来ることは予想していない!誰にも知られない僕だけのスポットなのに。だというのに!
赤の他人どころか、クラスメートが来るなんて!
「ほら、やっぱり起きたじゃん」
ふふんと得意げに胸を張る栢野さん。どうだ?と言いたげな顔は愛嬌があって、小動物を思わせる。つつまし気な体躯も相まって一層ミニマルな印象が強い。が、その可愛さはしたたかな性格を包み隠すものであるということを、僕は知っている。
いや、でもやっぱりかわいいな。……ってそうじゃない。
「あの、なにしてんの?」
素朴な疑問。
「なーくんが起きるかどうかで賭けをしてたんだよっ!」
はつらつにそう語る栢野さん。
個人を勝手に賭けの対象にすることの是非はともかくとして、勝手に寝顔を見られたことに対する羞恥心が今更のように襲ってくる。
あ、やーばい。思ったより恥ずかしいぞ。変な顔晒してなかったかな。
「……そんな心配しなくても、ばっちりかわいいご尊顔だったぜ」
にやりと、からかうように汀くんは言う。というか、実際からかわれてるな。これ。さわやかイケメンはこんな煽った顔でもさわやかなのか。ずるいなあ。それに、男に向かってかわいいはないと思う。せめて、どうせなら、かっこいいといわれたい。たとえ高望みだとしても。
「つーか、<<何してんの>>はこっちのセリフだよ。なにしてんの、なごっち」
からかう表情はそのまま苦笑へと変わっていく。まあ、気持ちはわからないでもない。こんな人の寄り付かないところでぐっすりと熟睡しているところを見れば、誰だってそう思うだろう。僕だって自分でなければそう思うし、何だったら引いている。自分でなければ。
「なにって、みりゃあわかるでしょ」
「そりゃ見りゃわかるけどよ」
「ならいいだろ。見たまんまをみた通りにそのまま解釈してよ。そこにはなんの不思議もないよ。ただ整然と事実があるだけだから」
「それっぽいこと言ってごまかさないでくれ。俺が聞きたかったのはどうしてこんなところで熟睡してんのかって言うことなんだよ」
「それについてはモノローグ参照してくれる?」
「は?」
汀くんは訳分からんというように困惑した顔で、栢野さんはそもそもきょとんとしている。
「ごめん、今のは僕が悪い」
本当に。
「……いや、うん、まぁ、別にいい。理由もなんかもういいや。多分そこまで重要そうでもないし」
「聞いといてそれ?」
「お前のふざけた返答で詳しく聞く気が失せたんだよ」
汀くんは呆れたように首を振りつつ、そこら辺に無造作に転がる椅子を立てて、ホコリを払い、それを栢野さんに渡し、座るように促す。栢野さんはありがと、と言いつつ腰をかけ、そうして僕の右ななめまえに位置し、汀くんは同じように椅子を立てて僕の左前に位置する。
そして僕らは3人、三角形を描くようにして向かい合った。
・・・なんだこれ。
どういう状況だ?
「ねえ」
「なんだ?、なごっち」
「なーに? なーくん」
「君ら何しに来たの?」
根本的な、そもそもの話。この二人は何のために僕に会いに来たのか。そもそも僕に会いに来たのか? この階、それともこの部屋に用があったのか?
「んにゃ、単純な話、おめーに会いに来たんだ。なごっち。おめーのことを探して、いろいろ校内探し回ってたんだよ」
なるほど。ひねった展開はないようだ。なら、ただ整然としてあるがままに受け止めよう。
「まさか、魔窟にいるなんて思わなかったけどねぇ」
栢野さんはあたりを見回して、ちょっとあきれたように笑う。
積み重なった段ボールと、乱雑に置き捨てられている何なのかわからない金属の部品。分厚い、重厚な装丁の、おそらくは学術的な価値のあるであろう本の山。それらは邪魔にならないよう、部屋の奥の方に縮こまったように追いやられている。
「それに、案外きれいで、日当たりもいいんだねぇ。魔窟っていうから、もっとこう、埃とごみでいっぱいの環境かと思ったよ。わりと整理されてて、確かにこれなら、寝るのには問題なさそうだよねえ」
ぱたぱたと足を揺らしながら、感心したように、栢野さんは言う。まあ、僕がそうしたのだが。快適な睡眠のために。
苦労したぜ。
「その苦労を惜しまないほど、寝るのが好きなんだねぇ。此処までするなんて、よっぽどだよ。なーくんはあれかな、前世は眠り姫なのかな?」
「別に眠り姫は好きで寝ていたわけじゃないぞ、
「あ、そーだっけ?」
「そうだ、寝るのが好きなのはラプンツェルだ」
それも違うが。映画見てないのかな? 二人のやり取り(惚気か?)をみせられて、少し緊張がほぐれる。ちなみに僕はあの会社の作品は全く見たことがない。
だがいちいちそれを指摘するのも面倒なので、僕は何も言わず、質問に移ることにした。
「ま、僕がここで寝ていることについてはひとまず置いておいて。結局、僕になんの用?」
理由の理由。
僕を探していた二人。
こんなところにまでとたどり着くってことは、軽い用事ってことではないんだろう。僕が起きるのを待っていたようだし、それなりに大事なことであろうことは予想できるが、さて。
「うん、あのね」
切り出したのは、栢野さんだった。
「なーくん、ドッペルゲンガーって知ってる?」
ドッペルゲンガー。
詳しいことはよく知らないが、自分自身の姿を見る一種の幻覚症状とか、第2の自我とか、生霊だとか、魂の分身だとか、そんな現象のことを言うんじゃなかったか?用は、自分自身の分身を目撃する現象のことだったと思う。
「よくある都市伝説の一つでしょ。なに?いまさらそんな怪異が流行ってんの?」
「流行ってるっていうか、SNS上で与太話が出回ってるんだよね。なーくん、SNSって…」
「めったにやらない。アカウントは持ってるけど、ほとんど使ってないな」
いろんなことが正誤も真偽も関係なく、濁流のように流れていくあの画面は、僕は好きではない。意味のあるなしもお構いなしに垂れ流されるのを見ていると、正直嫌悪感が湧いてきてしまう。気味が悪いとさえ、想う。
便利であることは、わかるんだけどな。
「そっか、じゃあ、知らないか」
そういって、スマホの画面を僕の目の前に見せてくる。そこに映っていたのは、中規模SNS、XLinks《クロスリンクス》の地域別のトピックがまとめられたページだった。そこには多くの有名人のあれやこれや、あの国とその国の関係がどうとか、猫の短編動画集がどうとか、そんなとりとめのない話題たちの中に、小さく、<<××市におけるドッペルゲンガー現象の怪!?>>という文字列がある。その上下には、<<神童が起こした最悪の事件?少年Mとは?>>や、
<<
そんな文字列に顔をしかめそうになるが、二人の手前、我慢我慢。
栢野さんの言葉からして、このドッペルゲンガーの怪ってやつが問題の記事なのかな?
そう思って、僕が、これ?とその記事のリンクが表示されているところを指さすと、うん、と頷く。ちょっとごめん、とスマホを受け取ってそのリンクをタップする。
すると次のようなタイトルが目に入った。
【ドッペルゲンガーにあった少女。衆人の中に見た幻覚か?それとも?】
うーーーん。この胡乱なタイトル。師匠が見たら、令和になってこんなアーバンロアなゴシップがインターネットに生き残っていることに驚くんじゃなかろうか。
内心呆れつつ、スワイプしていく。
内容としては、××市において若者の噂になっている(らしい)ドッペルゲンガーの怪。それを調査していたライターが、実際にドッペルゲンガーに行き合った(らしい)少女と連絡が取れたので、インタビューをし、情報を手に入れた。という、もうこの手の記事にはありがちの手垢まみれで異臭すら放ちそうな展開だった。
インタビュー内容も載っており、やはりそこには予定調和らしく、要約すると、街中で自身の姿を見て、驚いて声を上げたところ、見失った。そんなことが何回も続いたので、今後自分がどうなってしまうのか怖くて仕方がない……といった、ものだった。
「なんていうか、こんな記事を見る奴がまだいるってことがすごいな。怪しすぎて、なんかもう逆に感心すら覚えたくなるよ」
「怪しすぎるってのには同意だね……」
「で、この記事と僕への用事がどんな関係にあるんだ?」
栢野さんは、ちらと汀くんのほうをみて、伺うようにする。汀くんはそんな彼女にま、大丈夫だろ。といった。
「なーくんさ、探偵、やってるんだよね」
「ああ、うん」
そう。僕は探偵をやっている。
「依頼を、したいんだよね」
すこし神妙な顔つきで、栢野さんは言う。
「捕まえてくれないかな」
何を、といいそうになるが、わかりやすすぎるほどに思い当たった。
「ドッペルゲンガー」
それが彼らの、ひいては、栢野さんの、僕への用事だった。
なるほど。
これは寝てはいられなさそうだ。
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